第十四話 聖女の実力
「神殿」は大女神ファルモガーナ様以下、七十四柱もいらっしゃる神様達にお仕えする神官の集まりだ。
神官は神々に無私の忠誠を近い、祈りと神々についての探究に全てを捧げる者たちだけど、そこは人間がたくさん集まる場所の常。自然と序列が生まれ、組織が生まれた。
神殿の組織は帝都大神殿を頂点として、大きな地方都市にある神殿が直属としてあり、そこから枝分かれして私の故郷の町にあったような小さな神殿まで繋がっている。
成人の儀式を見れば分かるように神殿組織は平民達ともしっかりとした関係を形作っている。神々への信仰は帝国の臣民はまず間違いなく全員持っているしね。神殿に関わりなく暮らしている人なんていないのだ。
そういう信者達からの寄付、寄進は帝国全体の事を考えると物凄い額になると思うのよ。つまり神殿には財力もあるのだ。
帝国臣民に対する圧倒的な影響力と財力を持つ神殿は、帝国の頂点である皇帝陛下でも無視は出来ない。
というか、皇帝陛下の権威はその血筋が聖人の子孫であり、初代皇帝陛下はファルモガーナ神に帝国の統治を命じられた、という事に源を発している。神殿との協力関係は皇帝陛下にとって自らの権威を守るためには重要な事だったのだ。
なので帝国の歴代の皇帝は神殿との協調を図り、数百年の歴史の中、皇帝と神殿が対立してしまう場面がなかったわけではないものの、概ね上手く関係を築いてきたのだった。
その関係の潤滑油になったのが、聖女が皇妃になるという慣例だった。
というのは、聖女は神殿が認定する。その聖女を身分の上下を問わず皇妃にすることで、皇帝は神殿の権威を認めるのである。同時に、帝室は神殿が崇める聖女を取り込む事で神殿の上に立つのだ。
私たち四聖女を認定しているのももちろん神殿だ。そして神殿は私たちの誰かが皇妃になる事を歓迎している筈だった。
その神殿が私とアーロルド様の婚姻に待ったを掛けるとはどういう事なのか。私は戸惑ったのだが。大神殿に出向いて神官達に話を聞いてみると、これが非常に馬鹿馬鹿しい話なのであった。
神殿は全ての神々にお仕えする神官が集まっている組織だ。大体の神官は全ての神々に、特に大女神ファルモガーナ様にお仕えしている。
ところが、神官はそれ以外にも、特定の神々を特に崇めている場合があるのだという。つまり特に「推し」の神様がいる訳だ。その対象は七十四いる神々全てであり、どんなマイナーな神様にも仕える教団があるというから驚きだ。
ただ、やはり人気の神様とそうでない神様がいる。大地の女神アスタナージャ様はやはり大人気な神様だそうだ。
そして火神、水神、風神、土神にももちろん教団がある。結構人気らしい。まぁ、かなり上位の神々だからね。この四柱の神様は。この四つの教団は、自分たちの推し神から加護を賜った聖女の出現に沸きに沸いたらしい。
ただ、これが面倒の元だったのだ。
つまり四聖女の内、土の女神の聖女である私が皇太子妃に決まりそうな雲行きになると、他の三女神の教団から異論が出たのだ。なぜ我が女神の聖女ではないのかと。
悪いことに、土の女神ビルロード様の教団は、四女神の中では最も勢力の弱い教団だったようだ。
聖女が一人しかいないならともかく、四人もいるのだから、最も聖なるお力が強い聖女が皇妃になるべきではないか、などと土以外の女神の教団が文句を言い出したらしい。難癖だ。
ただ、神殿としても火と水と風の教団は人数も多く、それだけ神殿内部での影響力も高く、無視は出来かねたらしい。
それで皇帝陛下に相談してきたらしいのだけど、そこでこれを聞いて狂喜したのが皇妃様だった。
「そうです! 四人も聖女がいるのですもの! 一番神のご加護の強い者を皇太子妃に選ぶべきではありませんか!」
皇妃様は私を嫌っているし、私が女性社交界を席巻してしまったせいで自らの派閥の勢力が弱まってしまって、その事でも私を恨んでいるらしい。
しかし、私と皇太子様は相思相愛と見られていた。しかも私は聖女であるだけでなく、女性社交界制圧で証明したように政治力もある。次期皇妃に相応しいという声は高まる一方だった。
このままでは皇妃様の意向を押し切って、私と皇太子殿下が結婚することは確実だった。皇妃様は歯噛みして悔しがっていたらしい。
そこにこの神殿からのクレームである。ここに最後の勝機を見つけ出した皇妃様は皇帝陛下に極めて熱心に「聖女の能力を測るべきだ」と進言したらしい。
神殿と皇妃様の意向が一致すれば、皇帝陛下も無視は出来ない。意見を聞かれた皇太子殿下は激怒したけど、皇妃様の意見はともかく神殿の意向を無視するのは得策ではないとアーロルド様も考えたようだ。
困った殿下は私に相談をしにきた。私にすまないとしょんぼりしてしまったアーロルド様を見て、私は腹を立てた。
靴を顔にぶつけられたくらいでしつこく私を嫌う皇妃様にもだけど、神殿のぐだぐださ加減にもだ。聖女達を崇め支えるべき神殿が、聖女の選択の妨害をするとは何事なのか。
しかしながら、これはどうも聖女同士で神のお力の強さを比べなければならないような雲行きだ。そうしないと神殿の各教団も皇妃様も納得せず、私とアーロルド様が結婚しても禍根が残り、アーロルド様の治世に影響が出てしまうかもしれない。
私はみんなに夕食の時間に相談をしてみることにした。
食後のお茶の時間、私は生クリームを入れたコーヒーを飲みクッキーをつまみながら、聖女達に事の顛末を伝えた。そして、神のお力の強さを比べる事を提案した。
みんなは少し考えたけど、すぐに頷いてくれたわよ。
「よかろう。それで丸く収まるのなら私にも依存ない」
ウィルミーが言った。シルリートも頷く。
「まぁ。これでレーナが最優秀になれば全ての問題が片付くのでしょう。良いんじゃない?」
私は少しホッとした。聖女にとって神のお力は大事な神聖なものだ。それを他の聖女と比べるなんてと反対されてもおかしくないと思ったのである。
しかしアルミーナがこう言った事で事態はおかしな方向に転がり始める。
「仕方がないわね。ここはレーナに花を持たせなければならないものね。手加減してあげるわ」
は?
「そうだな。万が一レーナが負けたら大変だ。さりとて八百長がバレても面倒だ。上手く調節しなければいけないな」
「そうね。事前にどのくらいのお力を使うかを話し合っておいた方が良いんじゃない」
ウィルミーとシルリートも笑いながら言う。ちょ、ちょっと待って?
「わ、私が手加減されなきゃ勝てないっていうの?」
「気にすることないわよ。レーナ。最近貴女は社交に忙しかったものね」
シルリートが自信ありげに言った。この半年くらい、私が社交界を掌握すべく暗躍している間に、三人は神殿でお祈りに励んでご加護の力を大幅に増したのだそうだ。それで随分とみんな自信をつけたようだ。
それと私はみんなと一緒に大神殿で人々に奇跡を披露する時、アスタナージャ神ではなくビルロード神に祈ってお力を使って奇跡を起こしていた。私の本来の守護女神ではないビルロード神に祈った時の奇跡は、アスタナージャ神に祈った時よりも弱くなる。それを見たみんなが私を侮ったものらしい。
私は立腹した、
「何言ってるの! 手加減なんていらないわよ! 私は実力でみんなに勝ってみせるから!」
私が叫ぶと、今度はみんなの額にピキッと血管が浮かんだ。
「へー、大した自信じゃない。じゃあ、なに? もしも負けたら皇太子殿下の婚約者の地位も降りるってこと?」
アルミーナが挑発的に言う。私も彼女を睨んで言い返した。
「いいわよ! 私が負けるわけないんだから!」
「そんな事を言ってもいいのか? 我々の奇跡はかなりのものになっているぞ? 古の聖女にかなり近付いている」
古の聖女と言えば、嵐を止めたり帝都の大火事を一瞬で消したりと結構凄い伝説が伝わっていた筈だ。それに近い事が出来ると言うのである。え? 私は内心で冷や汗を流した。最近神殿に行かずに、みんなの奇跡の力を見ていなかったのは事実だったからだ。
もしかして、私が知らないうちに革命的な奇跡の強化が起こって、私が想像も付かないような奇跡をみんなが起こせるようになっている可能性も無いとは言えない。
出会った頃に、みんなの奇跡のあまりのしょぼさに驚いた記憶があるものだから、楽勝であると思い込んでいたのだけど、これはちょっと早まったかも……。
しかし私もここで後に引く性格ではない。
「わ、わかったわ! 皇太子殿下の婚約者の座、賭けてあげようじゃないの! もちろん、私が勝つけどね!」
◇◇◇
という事で数日後、四聖女は大神殿を訪れた。
会場とした神殿の大庭園に行ってみればどういうことか、神官だけでなく一般の信者までもが集まって黒山の人だかりである。どうやら、聖女が奇跡比べをやるという話が漏れてしまい、帝都中から人が集まったらしい。暇ねみんなも。
追い出せと言って追い出せる雰囲気でもない。火、水、風、土の神様を推している神官や信者達はそれぞれの聖女に大声援を送っていた。もちろん、私にも土の女神の信者が熱心な声援を送ってくれているのだけど、なるほど、その声援は四女神信者の中で一番小さい。
立会人として皇帝陛下、そして皇妃様と皇太子殿下が来ていた。皇妃様的には私と殿下の婚約を阻止する最後のチャンスと見ているだろうから、何らかの妨害を加えてくる可能性もあるわね。
「では、始めて頂こうか。言っておくがこの催しは聖女のお力を比べるわけではなく、その力の素晴らしさを再確認するためである」
皇帝陛下が仰った。神の御技である聖女の奇跡を比較して論評しようなんて、神への冒涜である。なので皇帝陛下あえてそうではないと強調したのだ。
陛下のお言葉に応じて、黄色い神官服を着たアルミーナが颯爽と前に出た。大庭園の広い所に出ると、桃色の髪を振りつつ叫んだ。
「いと麗しき火の女神フリールよ。そのお力を我が前に示せ。我は聖女アルミーナなり!」
そして右手をザッと振ると、突然何もない空中に炎が走った。見守る信者達が驚きの声をあげる。
アルミーナが手をグルグルと回すと、炎はどんどん大きくなり、熱波が離れた所に立つ私たちの所にまで吹き付けてきた。というか、炎はアルミーナをほとんど飲み込んでいたのだけど、彼女は嫣然と微笑んで何の痛痒も感じていないようだ。
そしてアルミーナが手を挙げて、パチン、と指を鳴らすと、炎はそれが幻だったかのように消え失せた。でも熱の名残が空中を漂っていたので、幻ではなかった事は分かる。
「以上になります」
アルミーナが神官服の裾を掴んで優雅に礼をすると、一瞬の間があって、それから熱狂的な大歓声が神殿の敷地に響き渡った。
なるほど、これは凄い。帝都に来たばかりだった頃は蝋燭に火を付けるのがやっとだったとは思えないほどの成長だ。そしてまだ余裕がありそうよね。
「素晴らしい! これぞ聖女の力! 流石火の聖女ですわね!」
と皇妃様が私を下げる目的でしきりにアルミーナを讃えているけど、私も本気で彼女に拍手を送ったわよ。彼女の努力と信仰がこの力の成長を生んだのだ。友人として非常に誇らしかったわね。
続けてウィルミーが登場した。祈りの言葉と同時にいきなり豪雨が降ってきた。
「きゃー!」「うわー!」
信者も私たちもあっという間にずぶ濡れだ。何という事をしてくれるのか。しかし、ウィルミーはニヤニヤ笑いながら、豪雨の範囲を広げたり、縮めたり、雨を強くしたり弱くしたりした。
そして最後に彼女がパチンと指を鳴らすと、いきなり雨は止んで、同時に私たちを濡らしていた水まで乾いてしまう。
……なんか、騙されたかのような経験だったわね。幻ではない証拠に、地面は濡れているのだ。
「ふふん、どうだレーナ。水の女神様の奇跡は」
「凄い! 凄いわね!」
「そうだろう、そうだろう」
ウィルミーは私の賞賛にご満悦だった。彼女も努力家だし、力を使って実家の周りの海を鎮められるようになりたいと言っていたものね。そのために頑張ったのだろう。今の彼女ならかなりその域に近付いているだろう。
「私の番ね。みんな覚悟してね」
と、やや不穏な事を言ってシルリートが進み出た。そして祈りの言葉を捧げると、なんだか悪戯っぽい笑みをうかべて、私たちに向けて人差し指を伸ばした。
そしてちょいっと、指で上を示す。
すると、私の足元に風が吹き抜けて、同時に私の身体がフワッと浮いた。え? 何これ。
浮いたのは私だけではない、アルミーナ、ウィルミーも浮いていたし、皇帝陛下、皇妃様、アーロルド様。それどころか、集まった信者神官のことごとくがふんわりと宙に浮かんでいたのだ。
みんな驚いて暴れるけど、手足は宙を掻くだけでどうにもならない。人の腰の高さぐらいに浮いたまま呆然とするしかない。
シルリートは笑みを深め、私を見ると、指を動かした。
途端、私の身体はビューンと急上昇した。えー? 続けて急降下。耳がキーンと鳴る。今度は横へ、一回転、目がまわる!
私を散々弄んだ挙句、シルリートは私を元の場所に戻した。
そしてシルリートが指をパチンと鳴らすと、浮いていた人々は地面に落下した。上手く着地した人もいるけど、ほとんどの人ばボテっと転倒したわよね。皇妃様も見事に転倒してぬかるんだ地面に顔を突っ込んでいたわ。
「どうかしら?」
干し草色の髪を優雅に払うシルリートは、実に風の女神に相応しい風格を纏っていたわね。
集まった人々は凄まじい奇跡を起こした三人の聖女に大歓声を送り、讃えた。そして最後の一人、土の女神の聖女に向けて、期待に満ちた眼差しを送ったのだった。
……物凄く期待されているみたいなんだけど、さて、どうしたものか……。
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