第九話 聖女と神殿
こうしていろいろありながら、私が帝都に来て丸一年が過ぎた。私は十五歳である。
丸一年も教育を受けていれば、文字の読み書きや計算にはかなり習熟し、お作法もかなり身に付いたわね。ついでに、私は身長も伸び、胸も出てかなり女っぽくなった。まだウィルミーの方が色っぽいけどね。アルミーナには身長で追い付いた。
こうして成長してお作法も身に付いてくると、外を走りまわったり泥んこになって遊ぶことも減ってきた。ちょっとずつ普通のお貴族様に近付いているという事で良いのかしらね? 相変わらず花壇の世話はしていたけど。
四人の聖女は相変わらず仲は良かったわよ。たまには大げんかもしたけどね。それでもすぐ仲直りしてワイワイ楽しくやっていた。何しろ私達は故郷を遠く離れて帝都に来ているんだもの。他に頼る人もいない状態だ。だから似た境遇であり同じく聖女と言われているお互いに対する依存は強かった。普通の姉妹よりも強固に結び付いた関係だったと思うわよ。
ある程度お作法が身に付いてくると、私達は少しずつ人前に出されるようになった。
最初は、主宮殿にお招きされて皇帝陛下に拝謁し、その後懇談会で皇族の方と同席させられた。皇族というのは帝室ご一家と公爵家の方の事で、公爵家は現在二家しかないから、そのご当と主夫人、次期当主の方と夫人を全員集めても八人しかいない。帝室の皇帝陛下、皇妃様、皇太子殿下を含めても十一人だから小規模な会になる。私達の社交デビューには丁度良いと思われたのだろう。
それでも、貴族と会ったことなど皇帝陛下ご一家の他はほぼないのだから、緊張したわよ。教わったお作法が早速生きたわね。全然知らなかった頃なら傍若無人な振る舞いをして公爵家の皆様に顰蹙を買っていたに違いない。そんな事になれば私達の扱いが非常に面倒な事になっただろう。
私達はドレスを着てお化粧もさせられ、澄ました顔で皇族の皆様にご挨拶をして当たり障りのない事をおほほほっと笑ってお話をした。疲れたけどね。私達の評価は上々だったようだ。皇太子殿下や護衛で付いていたガルヤードも何かとフォローしてくれた。
皇太子殿下も十二歳になり、少し背も伸びてぽっちゃりしたところもなくなってきた。立ち振る舞いは流石に優雅だし、笑顔も魅力的。この頃には私達は皇太子殿下の事に惹かれ始めていて、離宮においでになった時は争って一緒に遊ぼうとするようになっていたわね。前は私が独占出来たのに。
殿下は来年には成人で、そうすれば本格的にお妃様選びが始まる事になる。聖女は皇妃になる伝統があるので、私達四人の誰かがアーロルド様のお嫁さんになる可能性が高いのだけど、話はそう簡単ではないらしい。
聖女とは言え平民出身の私達を皇妃にするなんて、という意見も根強く、有力貴族のご令嬢の中には「自分こそ皇太子妃に相応しい!」とアーロルド様に猛アタックを加えている方もいらっしゃるとか。皇太子殿下は素敵な人だからね。
そういう意味で私達が皇族の皆様から好意的に受け入れられ、貴族令嬢として及第点のお作法を身に付けていると見做されたのは好材料だった。この懇親会に続いて私達は徐々に主宮殿にお呼ばれして、園遊会や大茶会、観劇会や舞踏会などに参加する機会が増えることになる。
そしてもう一つ。この頃から私達は帝都大神殿に招待されるようになった。
帝都大神殿は帝都の真ん中にある、てっぺんが見えない程高い鐘楼を持つ大きな神殿だった。大女神フォルモガーナ様と全ての神様に捧げられた神殿で、帝国各地にある(町には必ずある)神殿の総元締めみたいな事をしている所だそうだ。
私達は行けば必ず大歓迎を受けたわね。それは、聖女だからね。聖女の力は神々のご加護によるものだ。つまり神々の実在の証明でもある。私もそうだったけど、一応は神様には祈っているけど、神様の実在を信じてなどいないという人が、一般信者のほとんどだと思うのよ。そういう信者に「神々は本当におられるのだ!」という証明することが出来る聖女の存在というのが、神殿にとってどれほど重要であるかは分かるわよね。
神官服を着た私達が広大で荘厳な大神殿の中に入ると、神殿を既に埋め尽くしていた神官や信者の人々が、一斉に跪いて私達に口々に祈りの言葉を捧げた。ちょっと引いたわよね。異様な迫力のある光景だったから。中には聖女を目にした光栄で涙を流している人もいる。
私達はそんな大勢の人々の前で奇跡の実演をさせられた。私達も成長して使える奇跡はかなり強くなっている。アルミーナは今では大きな焚き火くらいなら熾せるようになっていたわね。神殿の中だから十本くらいの蝋燭に一斉にアルミーナが火を付けて、それをシルリートが起こした風が吹き消すというような実演をすると、信者の人たちの驚きと興奮はもう凄いことになった。
私も成長して色々お力で出来る事は増えていた。前はお力で無差別に草花を生長させるだけだったのが、今では任意の植物だけを育成させる事が出来るようになっている。花壇で花だけは育てて雑草は育てないなんて事が出来るので大変便利になった。庭師にそれを知られたら、かなり喜んで帝宮の庭園でお力を使ってくれるように頼まれる事が増えたのよね。
神殿で披露する時には鉢植えの花を咲かせるとか、蔓草を伸びさせるとかそういう奇跡を披露することが多かった。まぁ、こんなの手品とか大道芸の部類よね。私としては本当は、故郷でやっていたように荒れ地に行ってその土地を癒やすような事をした方が役に立てるんじゃないと思っていたんだけど。
神殿では大神官とか司祭様とかそういう人とお話することもあった。一番多かった質問は、聖女なった理由に心当たりはないか、だったけど、私達は全員これについては何度も考えて、思い出してみたんだけど、全員一致して「何の心当たりもない」という話になったわね。
それは全員、お祈りくらいはしていたんだけど、そんなのしていない人の方が少数派でしょう? 神殿とか礼拝堂にちゃんと行ってお祈りする事は私達だって少なかった。特に定住せずに旅をする事が多かったシルリートなんかは神殿に行ったのは生まれた時と成人の儀式の時だけだったと言っていたからね。
この時に、私は自分がご加護を頂いたのはアスタナージャ神だというお話をした。すると、神殿の人は怪訝な顔をした。
「土の女神はビルロード神ですよ。アスタナージャ神は大地の女神様です」
私が故郷で教えられた事は間違いではなかったらしい。ちなみに、アスタナージャ神は大女神ファルモガーナ神の長女だそうで、大女神様に命じられて大地と命を創り上げた凄い神様なのだそうだ。
で、その眷属神として火、水、風、土の神様がいらっしゃる。アスタナージャ神が生み出して世界を創るのに尽力した神様でこちらも大変偉い神様だ。その大神様の下にも色んな神様がいて大変複雑な構成になっているのが神様の世界なのだ。
アスタナージャ神には妹弟がいらっしゃって、太陽の神アルオニエス様、月の女神セイレンティア様、星の女神様ウィッティリア様はこの世界とは別の世界を生み出した神様なのだ。太陽と月と星の世界はこの大地の世界と影響を与えながら別個に存在しているのだそうだけど、そこまでいくと私達の知識と想像力ではイマイチピンとこない。その違う世界の力を呼び出して使うのが魔術なんだとか言われても何の事やら分からないわよね。
それは兎も角、私はビルロード神にお祈りしても奇跡が起こせた。ちょっとお力は弱くなったけど、効力も植物を生長させる事だったから「じゃぁ、私の加護神はビルロード神だったのかな?」という事になった。アスタナージャ神はビルロード神の上位神なので、それで間接的にビルロード神にまで願いが届いたのだろうか? と考えたのだった。
いやいや、そんな筈がない。それなら他の三人もアスタナージャ神に祈って自分の加護神に祈りが届くの? ということになる。この時試してみればそんな事があるわけがないという事が分かっただろう。上位の神様の加護を受けた聖女が眷属神に祈っても祈りは通じるけど、その逆なんてあり得ない。
ちなみに土の女神様の奇跡は正確には「土を変質させること」で土を様々な種類に変化させる事が出来るのだ。土の女神に「植物を生長させて下さい」と祈ると「植物の生育に適した土」に土が変化して植物が生育しやすくなる。逆に砂にしたり岩にしたりも出来るんだけどね。
ところがアスタナージャ神に祈った時は、大地の全てを変質させて、植物どころかこの世界に生きる生き物全体を活性化する事が出来るのだ。何しろこの世界を生み出した神様なのだから。私は大地を癒やし植物を生長させる事しかやったことがなかったから気が付かなかったけど、本当は私の奇跡の力はそれだけではなかったのである。
しかし誰もそんな事には気が付かず、私は「土の女神ビルロード神の聖女」という事になってしまった。私は「慣れているし奇跡の効力がなんか大きいから」という理由で相変わらずアスタナージャ神に祈ってたんだけどね。
そういう風に神殿に行って沢山の崇められていると、田舎娘の私達にも段々と聖女の自覚が生まれてくる。なんかこう、崇められているのにお返し出来るような何かがしたくなってくるのだ。
それには頂いているご加護の力をもっと強くして、出来る事を増やして、奇跡を使ってみんなの役に立てるようになるべきよね。それで私達は神学の授業を真面目に受けて、神殿に行って自分にご加護を下さった神々に真剣に祈り、過去の聖女の事績を調べて自分に何が出来るかを考えた。
火の女神様の聖女は、火に関係する奇跡を幾つか起こせる事が分かった。長雨を止ませるとか、酷暑を和らげるとか、大きな火事を一瞬で消すとか、そいう奇跡を使った事例が幾つか残されていた。それを聞いてアルミーナは喜ぶと共に、自分の今出来る能力とのあまりの違いに「も、もっとお祈りして練習しなきゃ!」って言ってたわね。
ウィルミーの水の神様の力も、嵐を止ませるとか、洪水を鎮める事などが出来るらしく、それを聞いたウィルミーは「故郷では嵐で何日も船が出せない日などがあったからな。役に立てる」と喜んでいた。
シルリートも風の神様は気温を調整したり、流行病を鎮めたり出来るらしいと聞いて随分喜んでいたわね。「風を出せるだけじゃつまらないと思っていた」そうだ。ただ、疫病と風に何の関係があるんだろうね? と悩んでいた。病は風が運ぶかららしいけど、どういう理屈なのかはよく分からない。
私はまぁ、故郷でやっていたような土地の癒やしがもっと強力に出来れば良いかな? という感じに思っていた。土の女神の聖女は実は土を操って大きな城壁を一日で造ったり、道路をあっという間に固く舗装する事が出来たみたいなんだけど、それより私は農地を癒やす方が楽しそうだと思っていたのだった。
こうして私達は少しずつ人前に出て、社交をしたり奇跡を披露したりして知名度を広めていった。色んな人と会うようになるのは刺激があって面白かったけどね。
ただ、そうやって人間関係を広めていくと、全員が全員良い人だというわけには行かなくなるのが社会の常だ。それまでは狭い離宮の中で保護され、親身に世話をしてくれる侍女や先生にだけ囲まれて過ごしていた私達だったが、社交にでも出れば私達に悪意を持つ方々とも会わないわけにはいかなくなるのだった。
なにしろ私達は平民で、ど田舎出身で、それなのに一足飛びにあらゆる貴族よりも偉い聖女になって皇太子殿下と結婚して帝国の頂点に出ようとしているんだからね。それは妬む人も納得がいかない方も出ようというものだ。
それだけでなく、私達を利用しようと考える人も沢山いた。私達に取り入り、聖女の力を我が物にしたいと考える連中がいたのだ。そういう者達がまず考えたのが、聖女は四人いるという事だった。つまり、皇太子妃は一人しかいないのだから、その他の三人はどこかの貴族と結婚しなければならない。もしも聖女を嫁に迎えられれば、聖女の力と発言力がその家のモノとなるのだ。
聖女を入手出来れば神殿と信者を味方に出来る。そうなれば他の貴族に抜きん出て、皇族に匹敵するほどの発言力を手に入れられるだろう。そういう企みだ。そう考えた貴族達はまず私達に贈り物攻勢を仕掛けてきた。なにやら大変な贅沢品が離宮の玄関ホールに山と積まれだして、私達は目が点になったわよね。
そして出された社交では私達に何人もの貴公子が付き纏うようになったのだった。そしてそういう貴公子と共に私達に嫉妬するご令嬢達も沢山やってくることになり、私達に取り入ろうとする大人の大貴族様も含めて、私達は貴族社会のカオスでドロドロした社交界の闇の部分に放り込まれる事になったのだった。
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