第五話 聖女の共同生活

 婚約者の話はとりあえず置いておいて、皇太子殿下もテーブルに着いて私達はこれからの事のお話をした。殿下はあの通り内気で説明なんて出来なかったので、殿下の後に立った近衛騎士であり側近であるガルヤードが代わりに話をしてくれた。もちろん美男子のガルヤードと話が出来た方が嬉しいので、私達はむしろ喜んだ。


 ガルヤードは私達に不手際を詫び、皇太子殿下との婚約は一時保留にさせて欲しいと言った。まぁ、私以外の三人はこの時点で私に皇太子殿下を押し付けたつもりでいたんだけどね。


 聖女がまさか四人も同時に出現するなんて、皇帝陛下としても予想外だったらしい。聖女出現の情報は錯綜していたので、まさか複数の聖女が現れたなんて実際に集まってみるまで信じられなかったのだそうだ。


「皆様が聖女である事は神殿の者が何度も確認致しましたので疑いありません。ですので、皆様にはこの帝宮にて暮らして頂ければという事でございます」


 これは後で聞いたのだけど、聖女の力はあまりに重要性が高いので、貴族領主に預けておく訳にはいかないらしい。なので領主様の反対を押し切って私達を帝都に招いたのだそうだ。なので、皇太子殿下との結婚話はともかく私達を故郷に戻すわけにはいかないという話だった。


「暮らすって、ここで?」


 シルリートが干し草色の髪を振りながら首を傾げた。ガルヤードが微笑みながら頷く。


「そうです。帝宮の中にある離宮に入って頂きます」


 離宮というのは帝宮の広大な敷地内に建っている幾つもあるお屋敷の事だそうだ。そう言えば帝都に来た日に帝宮内を馬車で走っている時に見たわね。


「離宮の一つに、皆様四人で入って頂きます」


 ……は? 私達聖女は顔を見合わせた。どういうこと?


「一つの離宮に四人で入って頂き、そこで共同生活を送って頂く予定です。もちろん、大きな屋敷ですので、一人頭の居住空間は十分に確保させて頂きます」


 これは、一人の聖女に一つの離宮を与えると、警備その他が非常に大変になるからだろう。帝宮には膨大な人が働いているけど、何しろ聖女を住まわせるのだから仕える人間は誰でも良いというわけにはいかない。


 しかし……。


「えー! 私嫌よ! こんな娘たちと一緒に暮らすなんて!」


 案の定、真っ先に不満を表明したのはアルミーナだった。勝ち気な視線を私達に向けて言う。


「せっかく帝都にまで来たんだもの! 楽しく暮らしたいわ! こんな辛気くさい顔の娘達なんかと暮らしたら息が詰まっちゃう!」


「ふん! こっちこそ願い下げだ。貴様などが近くにいたら煩くてたまらぬ」


 ウィルミーが毒付いた。私もアルミーナを睨んだ。


「それなら貴女は一人で庭園に小屋でも建てたら? 南部の田舎娘にはそれがお似合いでしょう?」


 私は自分が北部のイモ娘である事を棚に上げてアルミーナを嘲った。アルミーナは面白いように激昂した。揶揄い甲斐のある性格をしているのだ。この娘は。


「何ですって! もう一度言ってご覧なさいよ!」


「何度でも言ったげるわよ! この南部のド田舎娘!」


「何をー!」


「やるかー!」


 私達がガーッと吠えてお互いに掴み掛かろうとした瞬間、私とアルミーナはガチッと頭を掴まれた。


 見ればガルヤードが長い腕を伸ばして、私とアルミーナの頭を抑えていたのだった。ガルヤードは微笑んでこそいたものの、少なからず呆れた表情を浮かべていた。


「落ち着いて下さいお二人とも」


「そうよ。はしたない。野蛮ねぇ。そう思いませんこと? モイルゲン卿?」


 シルリートが素知らぬ顔でオホホホとガルヤードに笑い掛けた。この商人の娘はこの四人の中ではまだしも礼儀作法に明るい方だったのだ。他の三人は礼儀作法のレの字も知らない。


 既に憧れ始めていたガルヤードの前で無作法な平民丸出しで喧嘩を始めようとしてしまった私とアルミーナは急に恥ずかしくなり、大人しく席に戻った。「あんたのせいよ!」「なによ!」と毒づきながらではあったけど。


 ガルヤードが言うには、全員に何人かずつ侍女も付けるし、お屋敷も十分広く、お部屋の内装などは全て私達の希望に応ずるとの事だった。また礼儀作法や神学などの教育を受ける事も出来るとの事。希望すればペットを飼うとか、庭園を造営するなども許されるらしい。


 まぁ、この頃の私達は完璧に田舎者の平民の少女だったから、お部屋の内装なんて分からないし、教育ってなんだろうね? くらいの感じだったし、ペットの意味も分からない。庭園で何かをしていいなら畑でも造ろうかなぁ、くらいのものだった。随分土をいじっていないせいで、私は畑仕事が恋しくなってきていたのだ。


 故郷に帰れる訳じゃないなら別に異存はない。というか皇帝陛下のご命令なら断る余地がない。共同生活と言ったって同部屋で雑魚寝するわけじゃないのだから構わないのではないか? というのが私の本音だった。


 他の三人も似たような事を考えたようだった。それと半月以上、既に帝宮に滞在していた私と違って、他の三人は帝都に到着して間がない。一人では不安だから、似た境遇の四人で共同生活するのは悪くないとも考えたらしい。私だって一人で退屈だったから、内心では同輩が出来るのは心強いと思っていたわよ。


 ということで、聖女四人の共同生活が決定したのだった。そうなると、一緒に生活する相手についての興味も湧いてくる。私はアルミーナに声を掛けた。なんだかんだ言ってこの娘が一番声が掛けやすかったので。


「ねぇ、火の聖女ってどんな奇跡が起こせるの?」


 私の問い掛けにアルミーナは一瞬キョトンとなり、そしてニンマリ微笑んだ。


「ふふん、知りたい」


「ええ」


「そうね、じゃ、貴方も土の聖女の奇跡を見せなさい。というか、全員で奇跡を見せ合いっこしない?」


 私は目を丸くしたけど、考えてみれば悪い提案ではなかった。これから一緒に暮らす以上、お互いの能力を知るのは大事だ。全員が聖女なのだから、各々が奇跡で行えることを知っておけば色々役に立つこともあるだろう。


「奇跡は見せびらかすようなものではないのだがな」


 ウィルミーは言ったが反対はしなかった。シルリートもニコニコしながら同意する。


「じゃ、見せてあげるわ!」


 とアルミーナは言って、侍女に火のついていない蝋燭を用意させた。


 そして両手を胸の前で組み、目を閉じて真剣に祈り始める。


「偉大なる火の女神フリールよ! 我が祈りに応えてお力を示したまえ!」


 すると、アルミーナの額の前に小さな黄色い光が生まれ、それがスーッと動いて蝋燭に吸い込まれる。


 次の瞬間、蝋燭にボッと火が灯ったのである。周囲から「おお」と声が漏れた。


 アルミーナは目を開けて、額に少し汗を浮かべ、少し息を切らしつつ言った。


「ふ、ふふん、ど、どう?」


 結構消耗したようで、彼女付きの侍女が背中を支えて水を飲ましたりしている。それを見て。私はちょっと驚いた。


 ……え? これだけ?


 それは、無から火を生み出すのは凄い事だと思うのだけど、それにしても全力で蝋燭に火を付けるだけ、というのは……。


「では、次は私の番だな」


 ウィルミーが少し得意そうな顔で祈り始める。


「偉大なる水の女神ワーレイヤよ! お力をお貸しください!」


 ウィルミーの祈りに応えて青い光が生まれる。すると、彼女の前にあったガラスのコップに光が入った瞬間、コップに水が満たされた。


 ……それだけで疲労を隠しきれないような状態になっているウィルミーを見て、私は額に冷や汗をかいてしまう。え? 本当に?


「偉大なる風の女神イルーシュク様! 我が声に応えてお力を示したまえ!」


 シルリートが祈ると、緑の光が生まれ、それが弾けるとテーブルの上に一瞬つむじ風がビュッと吹いた。……それだけである。テーブルに飾ってあった花が吹き飛ぶような事もなかった。


 ……正直、拍子抜けもいいところだった。確かに奇跡は奇跡だけど、全力でこの程度なの? 私が一番最初にアスタナージャ神のお力を借りた時ですら、半径百歩の土地を癒すことが出来たのだ。


 全力で祈って疲労困憊になった時には、見渡す限りの土地を草原に変えたものだ。それと比較すると、私以外の聖女の奇跡はあまりにもしょっぱいというか、小規模というか。


 私の番が来てしまったので、私も奇跡を披露しないわけにはいかない。えーっと。うーんと。私は考え、祈りの言葉を唱えた。


「偉大なる大地の女神アスタナージャ様。我が祈りに応えてお力をお示し下さい」


 私はアスタナージャ神のお力は、故郷でたくさん使ったので使い方には結構習熟している。要するに力を込めて祈れば祈るほど奇跡の規模は大きくなるのだ。


 なので私はこの時、念をなるべく込めないようにして軽ーく祈った。そして生まれた赤い光をそっと薔薇の生垣に送り出す。


 薔薇の中に光が吸い込まれて少しすると、蕾だった薔薇の花がいくつかポンポン、と咲いた。どうやら手加減は成功したようだ。普通に祈ったら、薔薇は三倍くらいにニョロニョロ伸びて、花は五倍くらい咲いてしまっただろう。


 私がホッとしていると、アルミーナがクスリと笑った。


「なに? 花を咲かせるだけなの? ショボイわね」


 むむ! 私はカチンと来てアルミーナを睨んだ。あんた達に恥をかかせないために手加減したというのに! なによその態度は! 人の気も知らないで!


「土の奇跡なら地面にモグラ塚みたいのが出来るのかと思ったのに。ま、それでもしょぼいけどね」


 アルミーナが更に言った。私は頭に血が上り、怒りに任せて叫んだ。


「言わせておけば! あんな蝋燭に火をつけるだけの奇跡が何の役に立つのよ!」


 アルミーナの顔色が蒼白になる。私の指摘はアルミーナの痛いところを突いたらしい。本人もちょっと私の奇跡しょぼくない? とは思っていたのだろう。


「な、何を言うのよ! 今はこれだけだけど、成長すればもっと凄い炎を出すことが出来るだろうって神官様は言ってたもん!」


 アルミーナは涙目で立ち上がりながら叫んだ。


「今は出来ないんでしょ! 今は全然役に立たないってことじゃないの! それで私によくも偉そうな事が言えたものね!」


「なにおー! この花さか女め!」


「やるかー!」


 今度はガルヤードの制止は間に合わなかった。どうも私たちの起こした奇跡に気を奪われていたかららしい。私はアルミーナに飛び掛かり、彼女の髪を掴んで引っ張った。


 アルミーナも負けてはおらず、私よりも大きな体格を利して私を押し倒そうとする。しかし私には畑仕事で鍛えた足腰があるからね。逆に足を引っ掛けてアルミーナを転ばせると上からのし掛かった。


「お止め下さい!」「きゃー!」「ちょっと、止めなさい!」


 殴ったりほっぺたや髪を引っ張ったり、引っ掻き合ったりした私とアルミーナだったけど、すぐにケライネやガルヤードに引き剥がされた。でも、殴った回数は私の方が多かったから私の勝ちね!


 ケライネは私の首根っこを掴んで掴まえながら、呆れたように言った。


「子犬ですか貴女は。もう成人してるんでしょうに。


 確かに、ちょっと大人の振る舞いではなかったかもしれないけど、人間関係舐められたら負けなのだ。


 髪が引っ張られてモサモサになり、頬が殴られたり引っ張られたりして赤くなってしまった(多分私も似たような状態だろう)アルミーナは涙目で叫んだ。


「あ、あんたと一緒に住むなんて願い下げよ! 絶対に嫌!」


「いーだ! 私だってあんたとなんて仲良くしたくないからいいですよーだ!」


 引き剥がされてなお口喧嘩を続ける私たちを見ながら、ウィルミーとシルリートは笑い転げ、皇太子殿下とガルヤードは呆然とし、ケライネたち侍女は溜息を吐いたのだった。


  ◇◇◇


 とまぁ、大揉めに揉めた聖女達の初対面だったんだけど。


 結局私たちはすぐに仲良くなったのよね。


 私たちは帝宮敷地内にある立派なお屋敷、離宮を頂いた。そこに自分のお部屋を確保して、共同生活を始めたのだった。


 離宮は大きくて、お部屋はなんと三十部屋以上あるとの事だったわね。もちろん、好き勝手に改装して良いという話だった。


 私たちは離宮を見学し、好みのお部屋を選んでそこを自分の部屋にすることにした。まぁ、この時も私とアルミーナの選んだお部屋が微妙に被って一悶着あったんだけどね。


 私が選んだお部屋は二階の東南のお部屋で、日当たりと庭園の森が間近に見えるのが気に入って選んだ。アルミーナはその隣。ウィルミーは一階の大きな池が見える部屋。シルリートは一階の中庭に面した部屋を選んだ。


 なにしろみんな田舎娘だったから、内装をどういう風に改装して欲しいなんて思い付かなかったわね。おかげで改装は簡単だったようだ。


 それでも離宮の整備には一週間掛かって、それから私たちは離宮に入居して、聖女四人で共同生活を始めたのだった。

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