第四話 聖女集合
私は 聖女になった時 「君は三十年ぶりの聖女 だ」と言われた 。大変、珍しいと。
実際 私の住んでいた辺りでは 、今まで聖人も聖女も出たことがなかった筈だ。領主様も、なんと我が領地から聖女が出るとはと感涙に咽んでいた。帝都から来た神官様もずいぶん驚き感動していたから、聖女が滅多にいない存在であることは間違いないと思うのよね。
なのにその、滅多にいない筈の聖女が一度に四人も集まるというのはどういう事なのか。
「どういうことなのよ !」
桃色髪の少女が唸るように言った。
「そんなことが私に分かる訳がないだろう!」
青髪の少女が腕組みをしながら言う。
「困ったわねぇ」
干し草色の髪の少女があんまり困ってなさそうな表情で言った 。
「本当にみんな聖女なの ?」
当惑した私が言うと 桃色髪の娘がカッと目を見開いて吠えた。
「当たり前じゃないの!貴女こそどうなのよ!」
私はちょっとむっとした。
「私は大地の女神アスタナージャ様の御力をお借りできるのよ! 間違いなく私は聖女です!」
負けじと桃色髪の娘も言い返して来た。
「私だって大いなる火の女神フリール様の力を与えられた聖女よ!」
青髪の娘も胸を張る。
「私だって 水の女神 ワーレイヤ様に愛された聖女だ!」
「私も風の女神イルシューク様の加護を間違いなく受けているから、聖女だと思うのよね」
と、干草色の髪の娘も言う。
どうやら、全員が自分のことを聖女だと思っているのは間違いないらしい。
自分で勝手に思い込んで いるという可能性がないとも言えないけど、ここにいるみんなは神官服を着ているのよね。ということは神殿の人がちゃんとこの娘達を聖女だと認めたということだと思うのよ。
つまり、本物である可能性が高いということだ。三十年に一人というスーパーレアな存在である筈の聖女が本当に四人も一度に現れたということになる。そんなことある? でも信じられないけど本当にそうらしい。
私も丸テーブルに着き、他の聖女と向かい合う。そして一人一人をよく見てみた。
プリプリと怒っている桃色髪の少女。髪は長く美しくウェーブしていた。珍しい髪色だけどとても綺麗だ。背は私より少し高かった。金色の瞳の目付きは少しキツいけど可愛い娘だったわね。火の女神フリール様の聖女らしい。
「私はアルミーナよ」
と彼女は名乗った。
「私はウィルミー」
青い髪に黒い瞳の娘は水の女神ワーレイヤ様の聖女らしい。背は高く、体付きも私よりずっと女性的だ。もしかしたら少し年上かも。少し色黒で凜とした顔立ちをしていた。
「私はシルリート」
干し草色の髪の娘は風の女神イルシューク様の聖女らしい。髪は肩の所で綺麗に切り揃えられている。澄んだ緑の目は垂れ目でおっとりした顔をしているけど、短い髪のせいで活動的な印象がある。
私も名乗った。
「私はリレーナよ」
「土の女神様の聖女だったっけ?」
アルミーナが尋ねる。あれ? そうだっけ? アナスタージャ様は大地の女神様の筈だけど、土の女神という呼ばれ方もあるのかしら?
……確かに、他のみんなは火と水と風の女神様のご加護を受けた聖女みたいだし、それに習えば私は土の女神様のご加護を受けているのが自然だ。たぶん、アナスタージャ神は土の女神と呼ばれる事もあるんでしょう。
そう思った私は「ええ、そうよ」と答えた。……この当時、私は神様の事を全然知らなかったからね。それでこんな適当な事を言ってしまったのだった。
おかげで後で大変な事になるんだけどね。でも、それはもう少し後の話だ。
アルミーナはフン、と鼻で笑ったわね。
「土より火が上ね」
「なんでよ」
「火の方が格好良いじゃない!」
どういう基準なのか。というか、いきなり自分が授かったお力を馬鹿にされて私はムーッと頬を膨らませた。
「馬鹿な事言わないで! 火は土を被せたら消えるじゃない! 土は燃やせないでしょ!」
アルミーナは目を丸くした。
「そ、それは……」
「そうだ。アルミーナとやら。火は水で消される。つまり水のが上だな」
「なっ……!」
ここぞとウィルミーもアルミーナに言う。
「風でも吹き消されますね。むしろ火が最弱では?」
シルリートもコロコロ笑いながら言った。三人から畳み掛けられてアルミーナは涙目になってしまう。
「フリール様を馬鹿にするなー!」
「最初にアナスタージャ神を馬鹿にしたのは貴女でしょうが!」
私とアルミーナは歯をむき出して睨み合った。ふん! こんな小娘に負けてなるものか! 私は故郷では男の子にだって喧嘩でそうは負けなかったんだからね!
子犬同士のように唸り合っていると突然、大きなお皿がテーブルにドン! と音を立てて置かれた。私とアルミーナは思わず飛び上がった。
「お茶をお持ちいたしましたよ。皆様。休憩なさってはいかがですか?」
とケライネが笑顔で、しかしちょっと怖いものが混じった笑顔で言った。大人の女性に怒りの滲んだ表情で睨まれて、私たちは怯んだ。
見ればお皿にはクッキーやドーナツやワッフルなどお菓子が山盛りになっていた。さっき朝食を食べたばかりなのにお腹が鳴った。大きな声を出したからかしらね。
私もアルミーナもストンと椅子に腰を下ろして、大皿のお菓子に手を伸ばしたのだった。もちろん、他の二人も素知らぬ顔でお菓子を食べてお茶を飲み始めていたわよ。
◇◇◇
お茶を飲んでお菓子を食べて落ち着いた私たちはポツポツとお話をした。身の上話をだ。
火の女神フリール様の聖女、アルミーナは、帝都から遥かに南に行った所の、海に近い村の出身で、もちろん平民。両親は家と同じように農業を営んでいるそうだ。
年齢は私と同じ十四歳で、やはり去年の成人の際にご加護の検査で聖女である事が判明したのだそうだ。
青い髪のウィルミーは帝都から西に遠く離れた海沿いの村の出身で、両親は漁師だそうだ。やはり十四歳。ご加護の検査で水の女神ワーレイヤ様の聖女だと分かった。実家が漁師で海に親しんで育ったから、水の女神のご加護を受けられて嬉しいと言っていたわね。
風の女神イルーシュク様の聖女がシルリート。帝都から東へ五十日くらい行った国境沿いの町出身で、両親は交易商人だそうだ。彼女も親に連れられて遥かに遠い外国に行ったことがあるのだとか。彼女も十四歳である。
つまり、全員が同い年で、去年の成人の儀式のご加護の検査で聖女である事が判明したのも共通していた。
で、やはり色々検査されて、帝都大神殿に「聖女である」と認定されて「是非、皇太子妃に」と言われて帝都まで旅してやって来たのだった。
……詐欺じゃないの。嫁入りしてきたら、相手が多重婚約をしていたなんて。
そう思ったのは私だけじゃないようで、全員が半眼になってしまった。特に怒っていたのが商人の娘で契約を重んじる性格のシルリートだった。「契約違反で違約金をぶん取らなきゃ気が済まないわね」なんて言っていた。イヤクキンってなんだろうね?
ただ、これは後で分かったのだけど、帝国には昔から「聖女は皇太子妃になる」という伝統があったので、私たちが聖女であるという事が判明した時点で神官様たちが先走って「君は皇太子妃になる」と言ってしまったというのが実情らしい。なにも皇太子殿下が婚約手形を乱発したという訳ではないそうだ。
聞けば三人とも帝都に着いたのはこの二、三日の事だったようだ。特にアルミーナとウィルミーは一昨日同時に到着して随分と驚いたのだとか。なので、帝宮で暮らした長さは私が一番長く、皇太子殿下とお会いした事があるのも私だけだった。
私が皇太子殿下とお会いしたことがあるというと、三人が興味津々という顔になった。それは、自分の婚約者候補には興味が湧くわよね。
「ね、どんな方だった? 格好いい? 背は高い?」
アルミーナが目を輝かせる。……カッコイイ? うーん。そうね、あれはどちらかというと可愛い系よね。背も小柄な私と同程度なのだから、男にしては低いと言ってしまって良いだろう。
私が説明に困っていると、ケライネが私に言った。
「リレーナ様、皇太子殿下がおいでになりましたよ」
なんと、噂の皇太子殿下がここにやって来たのだそうだ。聖女が集まっているなら好都合。まとめて挨拶してしまおうと考えたのだろうか?
「え?皇太子様が来るの?」
アルミーナが目を輝かせ、ウィルミーとシルリートも目を丸くする。私たちは椅子から立ち上がって皇太子殿下をお出迎えした。庭園に入ってくる小路に数人の人影が現れる。
最初に目に付いたのは赤毛だった。ポンと飛び出すように高いところにあったので。見るとそれは背の高い、ビシッとした青い詰め襟服を着た若い男性だった。
赤い渦巻くような髪の下には端正な顔立ち。そして印象的な水色の瞳。一瞬見惚れるほどの美男子だった。
アルミーナがキャっ! と悲鳴を上げて、ウィルミーもホウ……、と吐息を漏らし、シルリートも頬に手を当てる。
四人の聖女はいそいそとそのハンサムの前に進み出た。腰に剣を帯びたその男性は、一瞬警戒するような様子を見せたが、すぐに魅力的に微笑んだ。私達はほわわわーんとなってしまう。積極的なアルミーナが勢い込んで声を掛ける。お尻で尻尾がぶんぶん振られているように見えたわね。
「は、初めまして! 私、アルミーナです! 皇太子様ですか!」
あ、違う……、と私は思ったのだけど、私が口を出す前に、美男子様が苦笑しながら否定した。
「トンデモございません。私は近衛騎士を務めております、ガルヤード・モイルゲンと申します。聖女様」
柔らかで丁寧な物腰。態度までイケメンだわこの人。間違えてしまったアルミーナが驚いたような表情をした。
「あら、ごめんなさい。……じゃあ皇太子殿下はどこなんですか?」
「殿下なら先ほどからこちらに」
上を向いていたアルミーナの視線が下に落ちる。長身のガルヤードの美男子顔は、アルミーナではかなり上を向かないと見えない所にあった。それで、ガルヤードばかり見ていたアルミーナ他三人は、彼の目の前に立っていた小さな男の子を見落としたのだ。
そう。皇太子アーロルド殿下は最初からガルヤードの前にもじもじしながら立っていたのだ。緑のビシッとしたコートを着ていたけど、ちょっと服に埋もれてしまっているような雰囲気がある。下を向いているから金髪にほとんど顔が隠れてしまっているし。
アルミーナよりも皇太子殿下の方が明確に背が低い。アルミーナは呆然としたような顔をしていたわね。そして、おそるおそるという感じで尋ねた。
「……皇太子様、なの?」
「……はい。そうです」
丁寧というかオドオドした返事が返ってきた。アーロルド様の事をそこそこ知っている私はそんなもんだとしか思わなかったけど、他の三人は驚いたようだった。まぁ、皇太子殿下と言えばお偉いさんの筈だ。お偉いさんは堂々としてえばっているものだからね。
しかも皇太子殿下は私達四人の婚約者候補だ。既に知っている私以外の三人は衝撃を受けただろう。アルミーナが慌てたように尋ねる。
「ね、ねぇ、皇太子様? あなた、歳はいくつなの?」
アルミーナのぞんざいな口調にガルヤードが少し慌てたような様子を見せた。当時の私達は敬語なんてほとんど知らないからね。ただ、私達は聖女なので叱り付けるわけにもいかなかったのだろう。ガルヤードは何も言わなかった。
アーロルド様は相変わらずモジモジと下を向きながらぽつりと言った。
「……じゅういち歳……」
ガーン! である。アルミーナは大きく口を開けてしまっていた。他の二人も同様。私だって愕然だ。彼は年下ではないかと疑ってはいたけども、まさか三つも年下だとは思っていなかった。
「じゅ、十一歳! 三歳も下なの? 子供じゃん!」
この年頃で三歳差は大きい。特に成人したばかりの私達は「自分はもう大人だ」と思っている。結婚だって出来るんだからね。一歳違いでも成人年齢に達していない子の事を子供だと見下していたのだ。後から考えれば大して違わないんだけどね。
それなのに、婚約者候補である筈の皇太子殿下が三つも年下なのである。私が故郷に残してきた弟と同じ歳なのである。
詐欺だ! と叫びたい所だったわよ。だって三歳下ではまだまだ結婚は出来ない。男性も成人しないと結婚する事が許されないからだ。
しかも、男性が十三歳で結婚する事は極めて希で、普通なら一人前になる十七歳とか十八歳とかに結婚するものなのだ。殿下が十八歳になるまで後五年も掛るではないか。三歳上の私は二十歳を超えてしまう。
まだまだ相手が結婚出来る見込みもないのに婚約者として呼び寄せるなんて、詐欺以外の何ものでもないじゃない! 私の故郷では、女性は成人したらなるべく早く嫁に行くのが望ましいとされていて、十五歳過ぎで嫁入りしていなければ奇異に見られ、十八歳にでもなれば嫁ぎ遅れと馬鹿にされるのを覚悟しなければならない。
それなのに私にあと五年とか待てと? 私は憤った。許せない! どういう事なのよ!
同じような事を他の三人も考えたようだ。特にアルミーナは顔面を朱に染めて怒りだした。
「三歳も下の男の子と結婚出来る訳ないじゃない! どういうことなのよ!」
いきなり目の前でキレ始めた年上の女性に、ただでさえ気弱なアーロルド様は恐慌をきたしたらしい。ビクッと顔を上げるとサファイヤ色の目を涙目にして震えながらキョロキョロと辺りを見回した。
そして何故か私の所に駆け寄って、私の腕を掴んだ。そして私の背中に隠れるようにする。私は驚いたし、ガルヤードも水色の瞳を丸くしてしまっていた。どうやら、驚きのあまり四人の聖女の中ではまだしも馴染みのある私に頼ったものらしい。
実際には私も怒っていたのだけど、こうして弟と同じ歳の小さい子供に頼られれば悪い気はしない。怒りは霧散して私は彼の事が可哀想になり、思わず「よしよし。大丈夫ですよ」と彼の頭を撫でて上げた。
「……貴女、皇太子様と仲良しなのね」
え? 私が見るとアルミーナがなんだかニヤニヤとしていた。これはあれだ。子供が仲良い男女を揶揄う、あの表情だ。ウィルミーもウンウンと頷いている。
「君が一番相性が良さそうではないか。うむ。良いのではないか? 譲るとしよう」
「そうねぇ。仲良い同士で結婚するのが一番よねぇ」
シルリートも言う。……はっと気が付いた。これはあれだ。
この三人、自分たちが三歳も年下の相手と結婚するのが嫌で、皇太子殿下の婚約者の座を私に押し付ける気なのだ。ちょっと待ってよ! 私だってこんな気弱で小さくて年下の男の子と結婚するなんて嫌よ!
この時に私達は身分とか権威とか、そういうものに全然詳しくなかったので、全員が打算など何も無く皇太子殿下と結婚したくなかったのだ。ついでに言えば全員、皇太子殿下の事をよく知らなかった。後から考えると全員いろんな意味で頭を抱えるような考え方をしていたのよね。
私は抗議しようとして、私の腕に縋り付いている皇太子殿下に気が付いた。……この状態で「私だってこんな子と結婚したくない!」とは言い難い。それで私は不満をぶーっと頬を膨らませた表情で表明するだけで留める事にした。誰にも伝わらなかったようだけど。
結局これ以降、私は他の三聖女の同意を得て、暫定的に皇太子殿下の婚約者だと見做される事になってしまった。あくまで決定ではなく、暫定的にね。私は嫌だったので、アルミーナ辺りに揶揄われる度に否定していたんだけどね。しばらくの間は。
この私達が勝手に決めた婚約者問題も、後々色々な問題の種になるのである。
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