第13話 忍び寄る暗殺者、洗脳。

 一方そのころ、公爵邸。

 立派な屋敷の窓から望む町の景色。


 平素ならば闇が包み込むはずの夜が、灼熱に包み込まれるさなか、彼らは狂乱の渦中にあった。


「領内で暴動が起きただと⁉ 馬鹿者! なぜすぐに鎮圧しなかったのだ!」


 報告を受けた公爵が、報告を担当した臣下を非難する。


「そ、それが、その暴動の旗頭となっているのが」


 臣下は言いづらそうに口ごもらせた。

 だから公爵は少し苛立たし気に、あごで続きを促した。

 一層顔を青くして、臣下は言葉をつづけた。


「聖女様、なのです」

「は?」

「聖ローレル教の聖女が反乱を引き起こしたのです。本来自治を取り締まる衛兵も、教会のトップである彼女に従うものが多く、まるで防衛機能が働かず……」

「そ、そのようなことがあってたまるか! 冗談は場をわきまえて言え!」

「冗談などではありません……!」


 公爵は頭を抱えた。


「くっ、聖女は何を考えている……!」


 確かに、聖女という立場は強い。

 だが、領地を治めているのは彼なのだ。

 税を増やすことも、クーデターに加担した者を罪人として強制労働を課すことも彼の思いのままなのだ。


「我輩をコケにしおって……! いいだろう、聖女、貴様がその気なら、我輩も相応の対処をさせてもらう」


 当代の聖女が民衆に甘いことは知っていた。

 いままでにもそういう聖女はいた。

 だが、みな、守るべき信徒が迫害を受けることを危惧し、行動に起こした者はいなかった。

 そして彼女も、それがわからないほど愚かではないと、公爵は思っていた。


 だが、実際問題、こうしてクーデターは起きてしまっている。


 ならばわからせるしかない。

 王侯貴族に逆らうことが何を意味するのかを、愚衆どもでもわかるように、苦痛を伴わせて叩き込むのだ。

 二度とこのようなバカげた事件が起きないように……!


「閣下! 火急の連絡お伝え申し上げます!」

「なんだ」

「それが、今回の暴動に加担した住民についてなのですが、全員、領外へ逃亡しました!」

「は?」


 公爵は最初、わけがわからなかった。


 人口最大を誇る公爵領だが、その99パーセント超は王侯の血をひかない愚民、搾取される側の人間だ。


「全員、だと……? ぼ、暴動に参加した割合は?」

「これは概算になりますが、人口のおよそ8割と推測されます!」

「ありえないありえないありえない!」


 もしそれが事実だとすれば、非常にまずい。

 今年度はまだいい。問題は次年度だ。

 民のほとんどが逃げ出してしまった以上、税収は大きく減る。

 今年度と同じ歳出では領地を運営できなくなる。


 そして、他領よりマシ、といっても、公爵もまた選民思想にどっぷりつかった血統至上主義。

 民衆に対するサービスははなから最低限だ。

 仮にそこを削ったとして、まかないきれない。


「ここは帝国一の人口を誇る公爵領だぞ! その8割を受け入れられる領地がいったいどこにあるというのだ!」

「ハッ、勧誘を断りこの地に残る選択をした住民曰く、クロニクル領のアーシュ男爵が領民を引き抜いて行ったと」

「クロニクル領、だと」


 確かに、辺境のあの地であれば土地は十分ある。


「だが、住居はどうする⁉」

「お言葉ですが閣下、この町の防壁を実際に手を動かして作った者はいったい誰とお思いですか」

「く……っ!」


 そう。

 今回アーシュが引き抜いた公爵領の住民は、凄腕の職人が集まる領地でも有名だった。


 なればこそ、住む場所があるのか、という問いにも答えは出る。


「自領にひっぱってから受け皿を用意するつもりか!」

「それだけではなく、引き抜いた民からは今年一年、税を徴収しないという条件まで提示したらしいです。本来収めるはずだった年貢が手元に残るとなれば……」

「食糧難も解決する、というわけか! くそ、ふざけるな!」


 一通り叫んだあと、少し冷静になった公爵の顔色がみるみる青ざめていく。


「ま、待て。つまりクロニクル領は、うちと同等の外壁を用意できるということか?」

「民衆を引き抜いた目的があるとすればそれでございましょう」

「ぐ、ぬぬぬぬぬ!」


 竣工はいつになるのか。

 いやそもそも公爵領は、次年度に軍備を大幅に減少しなければ歳入が足りていない。


「民を引き戻さねば」


 どうする、どうすればいい。


「おい、卒業生を用意しろ」

「そ、卒業生ですか? まさか、『学校』の」

「そうだ! ただちに男爵領に向かわせろ! 狙うは一つ、反逆者アーシュ・クロニクルの首だ!」

「……ハッ!」


 ばたばたと動く臣下を冷めた目で見ながら、腹の底で公爵はクツクツと笑う。


「己が愚行の代償、その命で償うがいい。わーはっはっは!」


  ◇  ◇  ◇


 数日後。男爵領、領主邸。


「あの、ユエさん? そちらのお方は?」


 すっかりなじんだのは銀色の髪の少女、エリクシアである。

 だがその日は少しいつもと違っていた。

 先住人である紺色の髪の少女が、見覚えのない少女の首根っこを掴んでエリクシアの部屋を訪ねたのである。


「……同級生?」

「は、はぁ。何故簀巻きにされているのですか?」

「ちょっとお転婆だから」

「なるほど」


 猿轡を噛ませられた少女が「んー」と抗議の声を上げた。

 だからエリクシアは改めて納得した。

 確かに、少しお転婆のようだ。


「入信希望者だから、お願いしていい?」

「承知いたしました」


 エリクシアがパァっと顔を輝かせて、太陽のような笑顔で、ユエの同僚に語り掛ける。


「大丈夫です、さあ、神の言葉に耳を傾けてください。あなたはあらゆる苦しみから解放され、自分らしく生きる素晴らしさを知るでしょう」

「んんんんっぅぅぅ!」


  ◇  ◇  ◇


 さらに数日後、暗殺者として彼女を派遣した公爵邸に手紙が届いた。


『公爵閣下へ。わたしはこの地で、仕えるべき真なる主君と出会いましたのでこれにてドロンさせていただきたく申し候。いままでお世話になりました』


「寝返りやがった!」


 公爵は手紙を破り捨てた。

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