第12話 勃発するクーデター、移民。
聖女エリクシアと少し話をしている。
「なるほど、では主は現在、男爵領を拠点に救世のため尽力していらっしゃると」
「超訳入ったな……」
救世なんて考えてないよ。
俺はあくまで、自分の身を守る最低限の戦力さえあればそれでいいのに!
「それは、好都合でございますね」
何が⁉ 何が好都合なの⁉
「では主よ、一週間……いえ、三日ほど時間をください。ご安心ください。すべては、御心のままに」」
ねえ、何する気なの、本当に、何する気なの?
◇ ◇ ◇
三日後の夜は、星が見えないほど赤い夜空が広がっていた。
「信仰を盾に悪逆非道を行う聖ローレル教にもはや未来無し! 燃やしなさい! 聖書も教会も、教えにかかわる一切を!」
旗頭となり、民衆を扇動しているのは白銀の髪をなびかせる少女、エリクシア。
こんなにも夜が赤いのは、町中のいたるところで火災が発生しているからである。
どうしてこうなった。
「くっ、とち狂ったか聖女エリクシア!」
「否! 廃れたのは聖ローレルの教え! であるならば、せめて悲しみの輪廻に終止符を打つのが当代聖女である私の責務!」
「そのような道理が、まかり通って成るものか!」
信徒がエリクシアに襲い掛かろうとするが、氷壁が行く手を阻む。
「ひっ、なんだこれ! 氷⁉」
魔法の行使者はスティアーナ。
強力なエルフの魔法を前に、ただ人の信徒が群れを成した程度で敵うはずもない。
「確か、聖ローレル教では、自らの天命を全うした者は天国に、罪人は地獄に落ちる、だったかしら」
「ま、待ってくれ。オレは」
信徒の目が泳ぎ、エリクシアを捕らえる。
「聖女様! 懺悔します! オレは、教義を盾にいろんな悪事を働きました!」
「たとえば?」
エリクシアは淡々とした様子で信徒に続きを促す。
「ふ、婦女暴行です」
男が素直に打ち明けるのは、これが告解だからだ。
告解とはすなわち、罪の告白。
罪を抱えたままでは死後地獄に落ちる。
だからその前に、自らの罪を打ち明ける。
そして罪を打ち明けた者は許しを受け、償い方を示す。
ここで大事なのは、許しを受けた後に、償い方を示されるということだ。
つまり、許しを受けてしまえば、償いが終わらなくても天国と地獄の審判で罪人扱いされないのである。
だから、死を覚悟したときに罪を打ち明けるのが一般であり、その信徒もそれに従った。
「他には?」
「えっと、その」
「ありますよね」
「は、はい」
まあ、出るわ出るわ。
無銭飲食に窃盗、暴力、挙句は殺人。
やりたい放題だな、こいつ。
「も、もう全部です! これ以上は有りません! ですから、聖女様、なにとぞ、なにとぞ!」
「ええ」
エリクシアがスティアーナに目配せする。
スティアーナが信徒に向かっておもむろに歩み寄る。
「ひっ、そんな、なんで、だってきちんと罪を告白して――」
「ああ、そう言えば、言い忘れていましたね」
それはもう、飛び切り素敵な笑顔でエリクシアは言ったのです。
「わたくし、聖ローレル教の教えは捨てましたので、もはや聖女ではありません」
それはつまり、告解を受け付けることも、許しを与えることもできないということ。
「そんな――」
言い切る間もなく、その信徒は氷像と化した。
し、死んでる……?
と思ったらスティアーナに「殺してないわよ!」と怒られた。
よかった、生きているらしい。
うーん、よかった、のだろうか?
この司祭が後々改心するようなこと、あるのだろうか。
彼を救ったことで、防げたはずの不幸が蔓延してしまうのでは?
「主よ、主よ」
恭しい態度で俺に呼びかけるのはエリクシアだ。
「聖ローレル教を盾に甘い汁を吸ってきた者たちは、きっとわたしたち教えを捨てたものをよしとしません」
「ああ」
ちょうど、俺もそれに頭を悩ませていたところだ。
「ですので、ぜひわたしたち一同を、男爵領にお迎えいただきたいのです」
え……この人数を?
そ、それはどうだろうか。
明らかにうちでどうにかできる人数を超えてる。
衣食住を満足に提供できるはずもない。
ここは、どうにかやんわり断ろう。
「聞いてく――」
「ウオォォォォ! 男爵様ァ! 俺ァ知ってるぜ、聖ローレル教の司祭相手に真っ向から啖呵を切ったあんたの雄姿を見てたんだ!」
やめろ! トラウマを刺激するな!
「俺たちゃあんたについて行くよ! その覚悟ができたから、こうやって反旗を翻したんだ!」
んん⁉ 重い、覚悟が重い!
そういういい方されると、ないがしろにしづらくなるじゃねえか、やめろよ!
「聖女様が言ってただ、男爵様こそがおいらたちをお救いくださる、天がこの地に遣わした神の代行者なんだと!」
あいつ! 余計なことを吹き込みやがった!
「いやあ、男爵領か、どんな場所に住もうか」
「俺は小川の近くがいいだ」
「丘の上に家を建てたらキレイな景色がみえるだろうなぁ」
「腕がなるぜ」
あ、ちょ、待って。
勝手に話を勧めないで。
俺、まだ君らを受け入れるなんて一言も。
「「「「領主様! 我ら一同、この命を託します!」」」」
一糸乱れぬ動きで、民衆が俺に頭を下げる。
え、ええ……、どこでそんな練習してきたの。
(こ、断りづれぇ)
なんかやけに評価高いし、俺が断る可能性なんてまるで考慮してない。
こんな状況で「いや、無理」なんて言ったら、全員からタコ殴りにされるんじゃ……。
ここまで期待されてないがしろにするようじゃ、民衆を軽視している、って感じでスティアーナに見限られてもおかしくないし、そうなったらまず死ぬ。
この人数をさばききれる予感がしない。
「よ、よし! お前たちの覚悟は受け取った。ついてきたいものだけついてこい」
そう言うしかないもんだって!
「ウオォォォォ!」
「ありがてぇありがてぇ!」
「あんたこそ俺たちの救世主だぁ!」
なんか、取り返しがつかないことになってきてる気がする。
大丈夫か、これ本当に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます