第11話 わき目も振らぬ猪突、妄信。

「ねえねえ、どうするの?」


 目を燦々と輝かせて、スティアーナが俺に問う。

 くっ、純真な眼差しが痛い。


 これ断ろうものなら、彼女からの信頼が地の底に落ちるだろうな……。


(公爵領に来たいなんて言うんじゃなかった……!)


 暴漢から少女を見捨てても信頼が地の底に落ちていただろうし、救ったら救ったで超絶ヤバそうな問題に巻き込まれる。

 この地に足を踏み入れた時点で詰みじゃねえか!


 こんなのってないよ、あんまりだよ。


(落ち着け、冷静になれ)


 呼吸を整え、充血したみたいに熱かった思考をゆっくり、冷やしていく。


(このクーデターは成功する。少なくとも原作ではそうだった)


 確かに、一見無謀に見える試みだ。

 だが、正史では成功するのだ。

 であるならばこれはピンチなどではなく、むしろチャンス!


(そう、たとえるなら、万馬券の知識をもって過去にタイムスリップしたような一大ビッグウェーブ……!)


 民衆の様子を見る感じ、結構ヘイトを溜めていそうだと感じた。

 つまり、その組織の解散の裏に俺という存在があったとうわさが広まれば?

 俺が民衆のためを思って行動するいいやつって証拠になるのでは?


(それに、俺が手を貸さなかったとしても、この少女はやる。一人でもやる)


 そして腐敗した聖ローレル教において、唯一人望ある彼女が反意を示せば、それにつられて各地で暴動が起こるのは明白。


 つまり泥船……!

 国教とは言え、聖ローレル教に与するメリットなど皆無……!


 鞍替えするなら、いま!


「フッ。どうするって、決まっているだろ」


 これはスティアーナの問いに対する答え。


「人々を救うための信仰が、これ以上廃れていくところは見ていられない」


 と、考えないとやってらんねえ!


「お、おお……! そ、それはつまり」


 白銀の少女に対し、俺はうなずく。


「ともに戦おう、人間の自由のために」

「おお! あなたのようなお方に巡り会えたこと、心より感謝申し上げます……! この、感謝の言葉も、神なき世界では虚空に響くばかりですね」


 なんで?


「きちんと届いているさ、あなたの言葉は、きちんと俺の胸に」


 と、答えると聖女はぼろぼろと涙をあふれさせた。


 あ、あれ⁉

 なんで⁉


 なんか困らせるようなこと言ったか俺⁉


  ◇  ◇  ◇


 白銀の長髪をなびかせる少女の名はエリクシア。

 国教、聖ローレル教の頂点に君臨する、聖女である。


 血統が重んじられるこの世界では、聖女も代々直系血筋に限られている。


 少女は誇らしかった。

 人々を正しい方向へ導く教えの中枢に携わる家に生まれたから、幼くして自らの天命を悟れたからだ。

 一年前、とある信徒の告解を受けるまでは。


「どうして……神は我々を見捨てたもうたのですかッ!」


 それは悲痛の叫びだった。

 その信徒が打ち明けた罪とは、大事な娘を、守れなかったことだった。


 その娘は生命活動が停止したわけではない。

 ただ、心は間違いなく死んでいた、という。


 笑わなくなり、声を発さなくなり、もう一週間も、部屋で明かりもともさずに閉じこもっているという。


「司祭が、そのようなことを、本当に……?」


 だがエリクシアにとって何より信じがたかったのは、

 告解に来た信徒の娘を襲ったのが、聖ローレル教の司祭だったことだ。


(違う、だって、そんなの、わたくしが知っている教えとはまるで異なっています)


 聖ローレル教は神の言葉を記した教えだ。

 その目的は民衆を苦難から救うことにある。

 少なくとも、エリクシアはそう教えられてきた。


 だが、告解を担当するたび聞くことになるのは、聖ローレル教を盾に横暴を働く信徒の暴走ばかり。


(だったら、わたくしは、なんのために)


 価値あるものだと信じてきたものは、すでに腐敗しきっていた。

 価値なんて無かった。


 自分の無力さが、嫌になる。


「人々がどれだけ教義を守ろうとも、信仰は人を守ってはくれないのですね」


 それが、聖女として彼女がたどり着いた悟りの境地。

 ゆえに燃やすは己の命。


「この身が人々を時代の苦難から救うべく、聖ローレルがこの地に遣わせた依り代ならば」


 ――終わらせてみせましょう。


 白銀の少女、エリクシアは果たすべき天命を、ようやっと理解した。


  ◇  ◇  ◇


「この穢れた地に生まれ落ちてより」


 エリクシアが訥々と、言葉を紡ぐ。


「悟りたるは、神は死んだという、絶望に至る真実のみ。ですが――」


 語気を強めて、エリクシアは繰り返す。


「ですが、間違いでした。神は、この世に顕現なされていた……!」


 瞳にこらえた涙を拭い、少女は俺を見上げた。


「あなた様は、現人神でいらっしゃるのですね!」

「えっ」

「よいのです、わたくしども、衆生には明かせぬこともおありでしょう。しかし、確かに言ってくださいました。わたくしの言葉を、きちんと受け止めてくださっていると。神に向けた言葉であるにもかかわらず、それすなわちあなた様が神に類する存在である証拠。きっとこの腐敗した世界に真なる太平をもたらすため、浄土の世界よりご足労頂いたのでしょう、我々一切衆生をお救いなさるために……! ああ、このエリクシア、生まれてよりこれ以上の幸福に包まれたことはございませぬ」

「あの、ちょ、待っ」


 しまった、さてはこいつも暴走系だな⁉


「なんてこと……」


 ス、スティアーナ!

 もはやお前だけが頼りだ!

 なんとか取りなしてくれ……!


「まさかアーシュ様が、生きとし生けるものをお救いくださる神様だったなんて……!」


 お前もポンコツだな⁉

 ちくしょうめェ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る