第9話 金髪エルフの目、節穴。

 気絶した伯爵を伯爵領に返品して数日後。

 領主邸の一室に、三人の女性が集っていた。


 紺色の髪を伸ばし、凛とした佇まいのユエ。

 褐色の肌と八重歯が魅力的な少女のテトテ。


 そして、彼女たちをこの場に招集した張本人。

 金髪青眼のエルフ、スティアーナである。


「あなたたちには共有しておくわ。アーシュ様の野望は、『富国強兵』よ」


 彼女が彼と初めて出会った日のことを話すと、興味深そうにうなずいたのはユエだ。


「へぇ……、主様らしいですね」


 彼女もまた即座に気付いたのだ。

 富領強兵と言わず、富国強兵と表現した意味に。

 それすなわち、帝国の属領からの独立宣言に他ならないことに。


 もし、特に考えもせずそんな言葉を使う統治者がいれば、阿呆か考えなしのどちらかである。

 しかし、彼女たちは知っている。

 選民思想にどっぷり浸かり、ふんぞり返るだけが能の貴族と彼は違うのだと。


「はむはむ」


 テトテはビスケットをリスみたいに頬張っている。

 かわいい。


「驚かないのですね」

「伯爵相手に啖呵を切った時点で、主様の人となりはおおよそ見当がつきますから」

「はむはむ」


 テトテはクッキーで頬袋をつくっている。

 かわいい。


「ふふっ、ですね。正義なき力を憎み、力なき正義に手を差し伸べる。アーシュ様はそういうお方です」


 爵位の差は決定的な立場の差だ。

 男爵が、二階級も上の伯爵に反対意見を申し出るなどもってのほか。


 この時点で、スティアーナとユエは主君の意図を正しくくみ取っていた。

 だから、氷魔法を容赦なく放ったし、峰打ちとは言え伯爵を気絶させた。

 世間一般には反逆ととらえられてもおかしくないことを行った。

 否、あえて行って見せたのだ。

 この腐敗した世界で運命的に巡り合った理想の主君に対する自らの忠誠心を示すために……!


 なお、伯爵に攻撃したことで王侯との間に軋轢が生じることに関してアーシュは全くの想定外であり、彼女たちの決死の覚悟も十分の一も伝わっていない。

 せいぜい、ピンチの時には助けてくれるいい仲間を味方につけられたなぁ、くらいである。

 本当はそれもすごく大事なことなのだが、彼女たちの重い思いに比べると、いささか不憫である。


「私は、彼が理想を叶えるために生涯を捧げるわ」

「無論わたしも。主様が頂点に君臨すれば、きっとたくさんの人が幸せになれる」

「おかわり!」


 テトテが無邪気な笑顔で追加の茶菓子を求める。

 かわいい。


「そのために、この領地に足りていないのは」

「想像するに、主様の次の一手は」


 こうして、女性三人の強かな笑顔の水面下で、話はますますヒートアップしていく。

 当の本人、アーシュのいないところで。


  ◇  ◇  ◇


「公爵領に行こうと思う」


 彼、領主であり、スティアーナたちの仕える主君、アーシュが口にしたのは、三人の密談の翌朝のこと。


 そうだろうな、とスティアーナは思った。


(革命を成すには、うちの領地はあまりにも人が少ない)


 砦を築くにせよ、産業を発展させるにせよ、何をするにも人がいる。

 まして、国家相手に戦争を仕掛けようというのならなおさらだ。


 ではどうするか。

 人が人を増やす方法は二つに一つだ。

 すなわち、出生数を増やすか、移住者を増やすか。

 どちらかしかない。


(アーシュ様の目論見は、おそらく他領の人民の引き抜き……!)


 人がいなくなれば納められる税が減る。

 納められる税が減れば、領が衰える。

 つまりこれは、自領の強靭化を図るとともに他領の弱体化を狙った一挙両得の一手!


「(想像通りね)わかったわ。馬車は用意してあるから、行きましょう」

「お、マジか。準備いいなー」

「あなたの考え(独立運動)はわかりやすいもの」

「そんなに⁉」


 途端、アーシュの顔が青ざめる。


 最初疑問を抱いたスティアーナだったが、優れた従者である彼女は即座に主君の内心を看破する。


(ああ、反逆の意志があるって話が広まると活動しづらくなるものね)


 まさに慧眼であった。

 アーシュの領地に住まう者であれば、誰もが彼女をほめたたえるだろう。


「大丈夫よ、誰にも言いふらすつもりはないわ」

「お、おう……そうしてもらえると助かる」


 なお、実際のアーシュの考えは『うちの領地にも女の子と遊べる店はあるらしいけど、病気とか怖いしな……その点、公爵領なら治安がいいし、あとかわいい子が多そう!』という理由である。

 露骨に動揺してみせたのも、スティアーナが日常的に同伴しているおかげで性欲を発散する機会が無く、溜まっていたことを悟られていたのかと驚愕したからである。


 まして、誰にも言いふらすつもりはない、などと言われてしまえば、性欲をあふれさせていることを気取られていると勘違いしてしかるべきだ。

 少なくともスティアーナの前では隠し通せていると思っていただけに、羞恥はひとしおである。


 まあ、彼の努力はきちんと実っており、スティアーナはまるで気づいていなかったのだが、彼も彼の領地に住まう者。

 スティアーナの節穴の目を慧眼とたたえるのだった。

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