第6話 紺色の暗殺者、迎撃。

 驚いておる、驚いておるわ、公爵家を超える一級インテリアを取りそろえた男爵邸に!


 サンキューテトテ。

 ザマァ伯爵風情!


 調子に乗った貴族に財力の差を思い知らせるのは気持ちがイイぞい!


 あと一週間あればもっと準備できたんだけどな。

 まさか予定を前倒しで訪問してくるとは思わなかった。


(これ、俺が転生者で主義思想なんのそれだからどうにかなったけど、史実のアーシュくんならたまったものじゃない嫌がらせだろ)


 もしかしたら、そういうあれやこれがあったせいでゲームのアーシュくんはこじれていたのかもしれないな。

 歴史が転換点を過ぎたいま、もはや俺には関係ないことだけど。


 しばらく、悔しそうなボナステージ伯爵を愉しんでいた俺だから、微妙な表情の変化に気付いた。


(笑った?)


 なんだ?

 ここまでの反応を見る限り、伯爵の想像を上回る準備ができていたはずだ。


 重箱の隅をつつくような嫌がらせにはさすがに対応できないだろうが、そんな因縁のつけ方をしてくるようなら高尚な趣味をお持ちですなぁ、の一言で一蹴してやる。

 大丈夫だ、問題無いはず。


「いやはや、長旅で疲労がたまったザんす。今日の宿泊先を、よろしければ案内してほしいザんす」


 なるほど、なるほど。

 伯爵が満足して泊まれるような宿屋がうちみたいな弱小領地にあるわけないだろ!

 と、こちらが憤慨するとでも思っているのだろうか。


 甘いな、そんなもの、想定の範囲内だ。


「スティアーナ、お客人に部屋を案内してやってくれ」

「承知いたしました」


 宿泊できる施設が無いなら、領主邸に泊めてしまえばいいじゃない。


 わはは、作戦に抜かりなし。


「ヨーホッホ、助かるザんす。使用人にも部屋をお借りできるザんすか?」

「三部屋までなら」

「十分ザんす。寛大な心に感謝するザんす」


 ……なんだろう。妙に上機嫌だな。

 寝室までは手入れが行き届いていない、とでも思っているのだろうか。

 残念ながら、こっちにはエルフのスティアーナがいる。

 掃除などは彼女の生活魔法で万全だ。

 よくあるほこりがあるザマス的な難癖をつける隙は無いぞ?


(いや、警戒のしすぎかな?)


 いびりに来たけど、結構なもてなしがあったから満足して、いびるのをやめた。

 ただそれだけのことかもしれない。


  ◇  ◇  ◇


 荷物を取りに戻ると言って、使用人を引き連れてやってきた馬車で、ボナステージ伯爵は憤慨していた。


「男爵風情が……我輩をコケにするなザんすッ」


 彼の怒りを受け止めるのは、新しく雇用された、もとはアーシュに仕えていた執事である。

 膨れ上がった顔に追い打ちをかけるように、繰り返し拳を叩きつけていく。


 しばらくして、腹のうちに溜め込んだ憤懣を吐き出し終えた伯爵は、紺色の同伴者に指示を出した。


「オイ、出番ザんす」


 切れ長の瞳の少女は、無表情で伯爵の言葉の続きを待っている。


「今晩、男爵を殺すザんす」

「承知いたしました」


 少女の名はユエ。


「主様の御心のままに」


 暗部出身のレンジャーである。


  ◇  ◇  ◇


 夜が深まるとともに、屋敷は静寂に包まれた。

 領主の寝室では厚手のカーテンが外界の音を遮断して、静寂が満ちている。


 紺色の少女、ユエは、音もたてずに戸を開けた。

 毛足の長いカーペットは、彼女の足音を消し去ってしまった。


 気配も物音もなく忍び寄る影に、就寝中の人間が気付ける道理などどこにもない。


「あなたに私怨はございませんが、主様の命令なのでここで殺します」


 まして、それが死体ならなおさらだ。


「悪く思わないでください」


 おもむろに、刀身の短い刀を抜き身にした少女は、暗闇の中で刃を一閃した。

 明かりの無い一室だったが、他の寝室を確認し、間取りは把握し終えている。


 片刃の真剣が、少女の狙い通り、ベッドに横たわる何かを引き裂いた。

 瞬間、刹那、気づく。


(違うッ⁉ この感触、人体じゃない⁉)


 それもそのはず。

 彼女が引き裂いたのは、枕とベッドシーツで作ったダミー人形。


(やられた……! ターゲットはどこに)


 読まれていたのだ、漏れていたのだ、殺害計画が。

 あるまじき失態。


(ダメだ、ダメだダメだダメだ。命令を忠実にこなせないわたしに価値なんて無い)


 殴られるのは嫌だ、痛いのは嫌だ。

 人として扱われる生き方をするために、自分の価値を証明し続けなければいけない。


「まだ、遠くには行ってないはず……!」

「正解」

「は?」


 振り返るとすぐそこに、ターゲットはいた。


(いつの間に⁉)


 紺色の少女、ユエはいまさら気づいた。

 毛足の長いカーペットは、暗殺者の侵入に気付きにくい。

 だから最初、彼女は暗殺のリスクなんて微塵も考えていない相手だろうと、油断した。


 全然違う。


 狙いは、歩法も修めていない彼が、暗殺者の背後を取るための奇策!


(相手の武器は⁉ どこから攻めてくる⁉)


 暗闇の中に沈む相手の影からでは判断ができない。

 それでも、死にたくない。応戦するしかない。


(意識を集中させて、相手の呼吸から攻撃のタイミングを計って……)


 相手が武人であれば、それも可能だったのだろう。

 だが、ターゲットは武術にかけて、ずぶの素人。

 それが絶妙な噛みあいを見せ、リズムを外されたユエに不意の一撃が入る。


「んぐっ⁉」


 布団に押し倒されたユエがとがらせた神経で知覚したのは、唇に押し付けられた、柔らかく温かい何かだった。


  ◇  ◇  ◇

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