第4話 ドワーフの娘、登用。
俺が受け取ったのは売値の二割。
単純計算だと、五人に一人は雇用できるというわけである。
まあ実際には、受け取った金銭の中から職人の賃金を支払わないといけないわけだが、それを差し引いても明らかに過剰だ。
一人くらい雇用しても有り余ると思われる。
ふむ、誰かいい人材はいないかな……。
「アーシュ様はもしや、ゲテモノ主義ですかな?」
「ん?」
「ああいえ。先ほどから目線で追っております少女はドワーフなのですが、もしや興味があるのかと存じまして」
「ドワーフか」
ちょうど家財がすべて焼け落ちたところだったんだ。
ドワーフの登用は悪くないかもしれない。
「決めた。彼女も引き受けよう」
「本気ですかな⁉」
本気本気。
血筋とか種族とか、うちの領地ではノーカンだから。
優秀なら誰だって重用するよ。
◇ ◇ ◇
少女の名前はテトテ。
ドワーフの生まれである。
彼女の夢はドワーフ随一の職人。
そんな彼女の努力に応えるように腕前はめきめきと上昇していき、ついた呼び名は神童。
とりわけガラス細工において、彼女の右に出るものは、大人を含めて誰もいなかった。
あの悲劇が起こるまでは。
――テトテ、どっちが一番のドワーフになれるか勝負だ!
彼女が幼くして神童と呼ばれるようになったのは、志を同じくするライバルがいたことが大きい。
だから、誰が悪いわけではないのだ。
めきめきと頭角を現していく彼女に負けまいと寝ずの努力をした彼が足をもつれさせたことも、溶鉱炉に頭から転びそうになったことも。
「アガァ……ァァァッ!」
その場にテトテが居合わせてしまったことも、テトテが人を見捨てられるほど薄情なドワーフではなかったことも、すべて、偶然の出来事だった。
「テトテ! そんな、どうして……」
テトテは腕を失った。
幼馴染をかばった代わりに、溶鉱炉に腕を持っていかれてしまったのだ。
幼馴染と顔を合わせるのが次第につらくなった。
夢を奪われたことが悲しいのではない。
どちらが先に一番になるか、その約束を果たせなくなった自分が惨めで、苦しかったのだ。
もう、叶わない。
ドワーフで一番の職人になることも、幼馴染との勝負を果たすことも。
もう、里にはいられなかった。
里を出てすぐに、ヒトカリにあった。
絶望はしたが、腕を失った時ほどじゃなかった。
辛うじて心臓が動くだけの、死んだも同然の命。
それが、テトテの自己評価。
だが、彼女は出会ってしまった。
淀んで歪んだ価値観をあっけなく崩落させる、一番星に。
「嘘……なくなった腕が、本当に」
諦めるしかないと自分を偽った。
夢の果てだった場所に、再び道がひらけてしまった。
「ありがとう、ありがとうお姉さん!」
ぼろぼろと涙を流しながら、回復魔法を使ってくれた金色の髪のエルフにお礼を述べる。
「えへへ、どういたしまして。でも、お礼なら彼に言ってあげて。あの人が気難しい店主と話をつけてくれたから、こうしてあなたたちに会えたの」
黒髪の、キレイな男の人だった。
聞けばこの地の領主なのだという。
人間の領主と言えば、他種族を差別する悪逆非道な者しかいない、と聞いていたが、彼のような人もいるのだとテトテは知った。
(ドワーフの里は抜けてきちゃったから、もう戻れないけど)
幼馴染との約束は果たせないかもしれないけれど。
(もし、彼に納品する機会があれば、その時は至高の一品を届けよう! 夢の続きを歩かせてくれた彼に、少しでも恩返しできるように!)
と、少女が決意を固めたころ。
ちょうどアーシュと店主が、彼女の身元の受け渡しを完了したところだった。
「というわけで、よろしくな。えっと……」
「ふぇっ⁉ あ、あの、えと、テトテと申します!」
「そっか。よろしく、テトテ」
テトテは頬を染め、耳を染め、顔を真っ赤に燃やした。
心臓が早鐘を打ち、発汗作用が強く機能する。
自身の体調変化の原因を、少女が理解するのはもう少し後のことになる。
◇ ◇ ◇
ドワーフの少女を登用したぞー!
領主邸の外観は領民に直してもらうとして、食器や家具が安物だと笑われるからね。
その点、ドワーフ製の代物なら安心だ。
もし笑われたとしても、「ああ、あなたはこれがドワーフ製だと見抜けない節穴なんですね」と言い返せるからな!
迎撃準備に抜かりなし。
「マスター、ここは?」
「他領へ移住した職人が使っていた工房らしい。今日からはテトテの作業場だ」
「こ、こんなに素敵な場所をお借りしてよろしいのですか?」
移住と表現を柔らかくしているが、実際には逃亡だ。
工房道具を持ち出す余裕は無かったらしく、工房内は当時のまま保管されている。
俺にとっては用途もわからない道具ばかりだが、テトテには嬉しそうだった。
「とりあえず、なにか一つ作ってみてくれるか?」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべて、テトテが作業を開始する。
彼女が手に取ったのは木材だ。
もう一方の手にカッターナイフを握ったとき、俺は目を疑った。
刀身が瞬く間に黒く染まっていくのである。
(は?)
テトテは分厚い木の板を、紙でも引き裂くようにサクサクと切り出していく。
しかも、手が増えてる。いや増えてない。
残像を置き去りにして腕が動いているだけだ。
はた目には、子どもが豆腐をぐちゃぐちゃにかき混ぜているようにしか見えない。
だが、作り上げられていくのは精巧に設計されたまさしく芸術的としか形容できない一品だ。
「最後に内側に紙を糊付けしてですね、できました」
完成したのは組子細工でできた精巧な行燈だ。
誰が見てもわかる、これは人が作ったら数か月がかりで、しかも渾身の出来でようやく到達するクオリティの芸術品だ。
適当に作ってほしい、わかりましたの軽いノリで作られていい代物じゃない。
ドワーフだし工作が得意でしょ、くらいのノリで頼んだんだけど、想像をはるかに超えて有能だった。
しかし、彼女のスペックに戦慄する俺とは対照的に、彼女自身は不安げな視線をこちらに向けている。
俺が気に入る品を作れたかを気にしてるのかな?
「すごいなテトテは、最高だよ! 君に出会えてよかったと、心から感謝している!」
テトテはふみゃ、と変な声で鳴いて、顔を耳まで真っ赤に染めた。
「そ、そんな! もったいないお言葉です!」
「いや! テトテはすごい! 君以上の職人を俺は知らない! 誇っていい!」
「ぁう……」
彼女を登用できたことでもろもろの問題が一気に解決しそうだ。
他の領地に逃げられるなんてもってのほかだ。
彼女の承認欲求を満たせる唯一のポジションを確立し、ドロドロに依存させる。
多少大げさだろうと褒め殺しにする。
これが一番賢い選択。
「で、でも、少しモノづくりから離れていたので、感覚もまだ取り戻せていないんです。本来ならもっと早く、もっと精巧に作れていたんです」
お、おう……まだ上があるのか。
「三日、三日ください! マスターの顔に泥を塗らない至高の品々を必ず仕上げてみせます!」
この子、やばない?
(ま、まあ、やる気があるのはいいことだよな!)
順調に俺を慕ってくれてるみたいだし、作戦に抜かりなし!
わはは、いけるぞ、これは!
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