第3話 欠損した商品、金策。
金に心当たりがあると言えば、スティアーナが微妙な顔で俺を諌めた。
「アーシュ様、領民は常日頃から重税に苦しんでいるのよ。そのうえ彼らから集金するなんて、上に立つ者の行うことじゃないと思うわ」
さては、追加徴税すると思っているな?
しねえよ、そんなの。
俺が考えてる金策は、もっと別な方法だ。
たとえばゲームにありがちな金策は、戦闘で手に入れた道具を換金したり、素材に付加価値を与えて高値で販売したりなどがある。
だけど、これを行うのは現実的ではない。
それらはすべて、取引先となる商人NPCが無限の資金源を持っている前提で成り立つからだ。
しかし、俺の財産が一瞬にして消失したように、この世界のリソースはすべて有限だ。
領民から搾り取れる金にも限界がある。
まあ、だからこそスティアーナも追加徴税なんて発想に至ったんだろうが、そうじゃない。
「誰が重税に苦しむ民から徴収するって言ったよ」
「え?」
「ほかにいるだろ。金を持っていて、ゆする材料まである、おあつらえ向きな輩が」
「あ……もしかして」
◇ ◇ ◇
ということで戻ってきました俺がこの世界で目覚めた商店!
「やっぱり、そういうことなのね」
スティアーナは、長い息を吐いた。
「短い間だったけど、あなたに出会えたことは幸運だったと思っているわ。ありがとう、アーシュ様」
「ん? いやいやちょっと待て。何の話をしている」
なんで急にお別れみたいな感じの切り出し方なんだよ。
「つまり、私を商品として返し、返金を求める。そういう話でしょ?」
お、おう。びっくりした。
「全然違う」
「え?」
「俺がスティアーナをそう簡単に手放すわけがないだろ。俺の野望実現に、君の力は必要なんだ。二度と自分の価値を貶めるようなことを言うな」
「よ、よくそんな恥ずかしいこと真顔で言えるわね……」
スティアーナの耳ってこんなに赤かったっけな。
いや、その問題は後回しでいいか。
「少し待っていろ、店長と話をつけてくる」
薄暗い地下へと足を踏み入れると、迎え入れてくれたのは昨日と同じ油脂塗れのおっさんだ。
「りょ、領――アーシュ様! 連日のご足労、ありがとうございます!」
気を緩めていたおっさんは、俺の顔を見るや否や背筋を伸ばして頭を深々と下げた。
内心のあれやこれを表情から読み取られないように顔を隠した、と言い換えてもいいと思う。
「して、本日はどういったご用件で……まさか、昨日のエルフがなにか粗相でもしましたかな?」
「違う」
「それで返金対応をご所望とか……?」
「違うと言っている」
なんでどいつもこいつも返金前提なんだよ、おかしいだろ。
「今日はな、儲け話を持ってきたんだよ」
俺がそう切り出すと、おっさんは耳をピクリと動かした。
それから、下げていた頭を、ゆっくりと持ち上げていく。
「ほう、詳しくお聞かせ願えますかな?」
そこに浮かべていたのは、自負に満ちた商人の面構えだった。
一筋縄ではいかぬと、彼の表情は言葉より雄弁に語っている。
「気を張っているところ悪いが、こちらが出せるサービスは一つだけなんだ。伸るか反るか、あんたが答えるのはその二択だけだ」
「して、その内容とは」
「回復魔法」
おっさんは「ははぁ」と唸った。
「なるほど、確かにそれは、儲け話だ」
つまり話はこうだ。
商人は安く買い、高く売るのが鉄則だ。
売れる見込みがない商品は買わない、が、売れそうだと思った商品が、思いのほか売れないことはある。
扱っているのが陶芸などであれば話は別だったのだろうが、あいにく彼が取り扱うのは生もの。
在庫として扱う期間が長ければ長いほど、ケガや病気のリスクは高まる。
そうなれば、仕入れた分だけ丸損だ。
だが、そうして損失した商品価値を復元する方法があれば?
抱えている不良在庫が、再び値が付く状態になる。
彼にとっては間違いなく儲け話だ。
「して、そちらの要求は?」
「販売予定価格の五割。それでどうだ」
「ご……っ! いくらなんでもそれは横暴です! 値が付く状態になったからと言って売れるとは限らないのに、売れたとしても維持費でほとんど利益が上がらない! せめて二割です!」
「じゃあそれでいいよ」
と、あっけなく妥協すると、商人は少し驚いた様子だった。
俺がもう少し粘ると思って、少し低めの額を提示したのだろう。
だが、俺も足元見られないように吹っ掛けただけだ。
ここから時間をかけて得られるかもしれない数パーセントの差額より大事な観点が俺にはある。
「その代わり、即金だ。可能か?」
「もちろんでさぁ。へへっ、今後とも長いお付き合いをよろしく頼みやす、アーシュ様」
おう。俺の領地のホワイト化が進めば、真っ先に取り潰すつもりだが、それまでは見逃しておいてやろう。
さて、一度地上に引きかえし、スティアーナを呼び戻す。
彼女を置いてきたのは、いまのやり取りを伏せて、別の切り口から彼女を説得しようと思っていたからだ。
「アーシュ様、彼女たちはいったい」
目の前の、明らかに健康状態の悪い患者を前に、スティアーナは目に見えて狼狽した。
「本当は俺が即座に解放できればベストなんだが、君も知っての通り、俺にはいま、手持ちがない。だから俺が解放資金を集めるまで生きながらえられるよう、スティアーナの魔法で元気を分けてあげてほしいんだ」
「わ、わかったわ! 一人ずつ順番に並んで!」
スティアーナは張り切って治療を行っていく。
俺の口はよくもまあ、べらべらと回るものである。
意外と政治家の適性があったのかもしれない。
いや、領主は政治家なわけだけど。
「ひーひっひ! いやぁ、今日はいい日ですなぁアーシュ様! こちらがお代となります。ご査収くださいませ」
悪徳商人から麻袋を受け取ると、中にはちょっと驚くくらいの金貨がぎっしり詰まっていた。
(思った以上の額が手に入ってしまった)
ふむ、これは……もう少しやれることがありそうだぞ?
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