第2話 焼け落ちる領主邸、焚き付け。

 薄暗い地下室から一転、地上に出て、月の光を全身で受け止めていた時だった。

 大気を震わせる爆音が轟いた。


「は?」


 最初、何が起きたのかわからなかった。

 ただ視界に映った事実を陳列するならば、この土地で一番大きく、一番立派な建物が燃え盛り、黒い煙をもくもくと立ち上らせていた。


(燃えとる! 領主邸が、燃えとる!)


 ちょちょちょ、ちょっと待った!

 何がどうなってる⁉


  ◇  ◇  ◇


 金髪エルフのスティアーナの魔法で雨雲を呼び、懸命な鎮火作業を行ったが、ようやく延焼が終わったのは領主邸の大部分が焼け落ちてからのことだった。


 屋敷の石造りの壁は無残にも崩れ落ち、その間から辛うじて形をとどめた窓枠や扉が姿を現していた。

 豪奢だったはずのシャンデリアの残骸が転がり、砕け散ったガラス片が淡い月明りを反射し、不気味に輝いている。


 しばらく、呆然と立ち尽くしていると、声を掛けられた。


「おお、アーシュ様、ご無事で何よりです」


 糊のきいた燕尾服をビシッと決めた男だった。

 白い手袋をはめ、モノクルを付け、いかにも厳格、といった雰囲気を漂わせている。

 おそらく、アーシュの家に仕える執事だ。


 が、知らない。

 俺は彼のことを知らない。

 少なくとも、ゲーム『春はうりもの』に登場する名のあるキャラではない。


「何者かの手により、屋敷に火の手が上がりました。これより一層、忙しくなることでしょう」


 ボロを出すわけにはいかないので、ひとまず俺は「うむ」と横柄に返事しておいた。


「そしてこれが、私ども使用人一同の退職届になります」

「は?」


 装った尊大は、一瞬にして消え失せた。


「ま、待て待て待て! どういうことだ!」

「申し上げた通りです。本日をもって我々は、使用人をやめさせていただきます」

「いくらなんでも、急な……」


 いや、待て。


(あまりにも準備が良すぎないか?)


 屋敷の焼け跡を確認する。

 家財は焼き払われ、見るも無残な状態だ。


 どうして、そんな状況で退職届は無事なんだ。


 逆か?

 たとえば、火災が起きたことをきっかけにやめるのではなく、退職を決心して、置き土産に放火したのだとしたら……。


「アーシュ様⁉ 屋敷の内部はまだ危険よ!」


 俺を制止するスティアーナを振り切って、焼け跡となった領主邸に侵入した。

 焼けた家財から目当ての物を探し出す。

 原作知識で、アーシュの家の間取りは把握している。


「無い」


 だが、目当ての物は無かった。

 いや、あったと言えばあったのだ。


「金庫の中身が、空だ」


 ヨヨヨと、わざとらしく涙を流す声があった。

 執事の格好をした、やはり執事だ。


「なるほど、つまり今回の火事は物取りの仕業……アーシュ様にかつて仕えた身として、さぞ、心中お察しします」

「お前ッ!」

「おおっと、短絡的な行動は起こさないことです!」


 執事はニタニタといやらしい笑みを浮かべている。


「実は私ども、今後は伯爵家に仕えることが決まっております。男爵家のアーシュ様が、伯爵家の所有物を傷つけたとなると、どうなることかおわかりですね」


 お前は手出しできないんだと、執事は勝ち誇っている。


「そうそう、伯爵より伝言を承っておりました。アーシュ様の領主就任を祝い、一度ご挨拶に向かいたいと」

「ご挨拶って、こんな状況だぞ」


 屋敷は焼け落ち、見る影もない。


「ええ。まさかこんなことになるとはつゆ知らず、返事を差し上げたところです。二週間後にお越しください、と」


 こいつら、グルになって俺を陥れようとしているんだ。


「悔しいですか? 悔しいでしょうね、でもあなたにできるのはほえ面をかくことだけ! イーッヒッヒ! 気分がいいですねえ! 血筋に甘えたボンボンが無力をかみしめる姿は最高です!」


 ああ、そうだ! と執事はわざとらしく手をたたき、いそいそと分厚い紙束を取り出した。


「せめてもの善意に、屋敷の設計図はお渡ししておきましょう」


 いち早く反応したのはスティアーナだ。


「ダメよアーシュ様! 罠よ! 仮に設計書があったとして、二週間じゃどうやっても復元できない! 受け取らなかったら、設計書も火災と一緒に焼失したっていいわけができる!」

「知ってるよ、そんなの」


 だが関係ない。


 俺は執事のもとまで歩み寄ると、設計書をひったくった。

 スティアーナはもう屋敷を復元するしかなくなった、とわめいている。


 いいぜ、やってやる。


「上等だ。誰に喧嘩を売ったのか、後悔させてやる」


 執事は鼻で笑った。


「せいぜい、恥をかかぬようお気を付けくださいませ」


 執事ごときがほえ面拝むだなんておこがましい。お前がするんだよ、震えて眠れ。


  ◇  ◇  ◇


「無理でしょうなぁ」


 翌朝のことだ。

 領内の職人を領主権限で強制招集した俺は、領主邸復元の依頼を片っ端から行っていた。


「二週間となると、人手がどうしても足りませぬ」


 しかし具体的にどれくらい時間が足りてないのかを知るためだと言って、工数を概算させてみる。

 職人たちは長年の経験からそれをはじき出し、俺はそれを表に起こしていく。


「アーシュ様、これは全員で寝ずに作業しても間に合いません。やはり先方に事情を説明して」

「ではこうしよう」


 城普請には三つの法がある。一に秘速、二に堅粗、そして三に常備間防である。

 すなわち素早く施工し、景観より堅固さを優先し、そして工事中でも平時同様の防衛機能をもたせなければいけないということである。


「いましがたもらった工数で作業量を平滑化し、作業を細分化した。各々で大工三名、左官二名、石工その他五名の十人で組をつくり、作業に当たってほしい」


 俺が工数を出させたのは、工期を算出するためじゃない。

 必要な作業量を等分化するためだ。


「ああ、それと」


 これが大事な話になるんだが。


「通常の報酬に加え、作業が早かった者から順に税の減免、優遇を約束しよう」


 と、伝えれば、気だるそうにしていた職人たちが一転、目をぎらつかせ、闘志を燃やす。


「ウオォォッ! 一番乗りは俺だ!」

「いや某こそが!」

「我こそはと領一の職人と心得るものは我輩に続けッ!」


 よしよし。

 人の力っていうのはやる気を最大限引き出してこそ。

 せいぜい頑張ってくれよな、俺のために!


  ◇  ◇  ◇


 職人たちに火をつけたのち、作業場を離れた俺の隣を歩くスティアーナが感心の吐息をこぼす。


「ははぁ、うまくたきつけたね、アーシュ様。あの様子だと、三日後には外観が完成しているんじゃない?」

「何をのんきなこと言っているんだ」

「へ?」


 スティアーナは訳がわからない、と言った表情だ。


「領主邸から金が盗まれたんだ。このままだと彼らに払う報酬が無い」

「じゃあ、昨日の人たちから盗まれた分を取り返しにいくの?」

「いや、無理だ」


 うちから金を持ち出したのは間違いなくあいつらだが、盗まれた証拠を提示できない。

 これは伯爵家の財産だ、などと言われてしまえばそれで手出しができなくなるし、無理に奪えば因縁を付けられ、相手に攻め入る口実を与えてしまう。そうなればおじゃんだ。


「スティアーナ一人で伯爵家の軍を殲滅できるならそれも手だが……無理だろ?」

「だけど、じゃあどうすれば」


 落ち着け。

 ここを誰の領地だと思ってるんだ。


「金の心当たりならあるんだ」

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