選民思想強めの血統至上マシマシな悪役貴族に転生したけど、主義思想をかなぐり捨てて優秀なヒロインを引き抜きまくっていたら、いつの間にか世界最大の宗教国家が出来上がっていた。

一ノ瀬るちあ@『かませ犬転生』書籍化

第1話 エルフの生娘、金貨25枚。

 いままさに、事件が目の前で起きていた。

 薄暗い地下の一室で、気の強そうな金髪のお姉さんが、両手足を鎖につながれていたのだ。


 その手前にいる、胡散臭さが人の形をしているような商人らしき人物が、手を擦り、満面の笑みでこちらに語り掛けてくる。


「へへっ、領主様、こちらが本日の目玉商品、エルフの生娘でございやす。本来なら金貨50枚のところ、特別に、なんと半値の金貨25枚! さあ、いかがでしょう」


 大変なことになった。

 何が起きているのか、俺は一切の状況をまるで理解できていないのである。


  ◇  ◇  ◇


 ざっと振り返ってみよう。


 混乱で思考を止めている頭の奥から記憶の糸をどうにか手繰り寄せると、目が覚める前、俺は自室で趣味に没頭していたはずだったことを思い出せる。


 趣味とはすなわち紳士の嗜み――美少女ゲーだ。

 遊んでいた作品名は『春はうりもの』。


 故郷を滅ぼされた主人公が勢力拡大を図る帝国という巨悪を倒すべく立ち上がる話なのだが……なんとこのゲーム、恋愛要素も楽しめる(美少女ゲーなので当然と言えば当然だが)。

 かくいう俺もこの作品の魅力にどっぷりはまったユーザーの一人で、ここ一週間くらいは寝落ちするまでプレイするのが常だった。


 最後の記憶は、どうしても隠しエンディングの達成方法がわからず攻略ウィキを覗こうかと考えていたところだ。


 それなのに、目が覚めると、薄汚い部屋で、脂っぽいおっさんと、お胸に脂のよく乗ったお姉さんと三者面談中という状況。


「領主……? 俺のことか?」


 でっぷりしたおっさんに問いかけると、ただでさえ贅肉が乗った目をさらに細めて、おっさんはヨホホと笑った。


「これは失敬! 表向き存在しない闇市に領主様がいらっしゃるはずありませんな! では失敬して、アーシュ様とお呼びしましょう」

「なん、だと」


 アーシュ? アーシュだと⁉

 じっとり、嫌な汗を背中に感じる。


(まさか、転生したのか? よりによって、あのゴミカス野郎に⁉)


 アーシュとは、美少女ゲー『春はうりもの』に登場する悪役貴族の名前である。


 彼は死ぬ。もれなく死ぬ。

 罪科は明白。この男、なぜか攻略できないヒロインを凌辱という、極悪非道な所業をしてみせるのだ。

 それは死を持って償うべき罪である。うん。


 メタ的に言えば、アーシュという男は、腐敗した帝政の縮図を、故郷を滅ぼされた主人公に見せつける役割を担っているのだ。

 実はいいやつだったという救済フラグも無い。


 わかりやすい悪党であるから、プレイヤーは何の気兼ねもなく思い切りぶっ倒せるのだ。

 俺だって、このクズ野郎との戦闘には天地開闢140億年の恨みつらみをぶつけたし、倒したときはざまあみやがれと中指立てて嘲笑したものである。


 けど、いざ自分が彼になると考えれば、

 途端に笑い事ではなくなる。


(このままだと破滅エンド一直線だ。どうにか軌道を修正しないと……)


 たとえば心機一転、心を入れ替えて善政を敷くというのはどうだろう。


「どうです。就任祝いに、パーッと華やかに散財するというのも乙なものでしょう?」

「就任祝いだと?」


 しめた! ちょうどいい機会だ!

 領主が変わり腐敗した政治が終わる、というのは現実的にあり得そうな話だ。


 この手の転生モノは、もう破滅フラグがバリバリに立ってて絶望的、って状況から始まるものだと思ってたけど、この世界の神様は温情だなぁ。


「ひひっ、前領主様についてはお悔やみ申し上げます。闇市を摘発し、あまつさえ我々を断罪しようなどと脅迫したせいで不幸に見舞われて、グふふ」


 神は死んだ! くそが!

 下手を打てば逆に死期が早まりかねない。


 そもそも領地運営のホワイト化に成功したとして、それを周辺諸侯が見逃してくれるのか?

 自領民がその領地へ逃げ出すか、そうでなくてもクーデターの危険性が跳ね上がるんだぞ?

 俺だったら、武力行使しても黙らせるね。


 アーシュは序盤で戦う悪役だ。

 戦闘力はそこまで高くない。

 他領が武力制圧に乗り出す口実を与えてしまえば一巻の終わりだ……!


(くっ、せめてうちが何をしてても迂闊に手を出せないミリタリバランスを保てる抑止力があれば……ん?)


 ちら、と視線を動かすと、ろうそくのわずかな明かりが頼りの薄闇に染まる地下室の壁際に、手足を拘束されたエルフの女性がぺたんずわりしている。


 どうして、ゲームのアーシュは彼女を戦闘員として使わなかったんだ?


「彼女は魔法を使えないのか?」


 思いついた可能性を商人に投げかける。


「いえいえ、使えますよ」

「妙だな。どうして大人しく捕まっているんだ」


 最初、商人は何を言ってるんだこいつは、的な顔をしたんだが、すぐに得心いったかのように下卑た笑みを浮かべると俺に耳打ちした。


「(へへっ、アーシュ様も人が悪い。間抜けなエルフをあざ笑い、辱めようっていう魂胆ですな?)」


 いや、違うが。


「(わかりました。ここはひとつ芝居を打ちましょうとも!)」


 たぶんわかってないと思うが?


「ひひっ、ご説明させていただきますと、この間抜けなエルフの首にはめておりますは『魔封じの首輪』。このアクセサリーを装備した者は、どんな魔法も使用できなくなるのでございます!」


 ああ、ゲーム内にもあったな、その呪い装備。

 魔法使い職に取りつけてしまった時の絶望感は忘れない。


「くっ、殺しなさい……!」


 くっころいただきました。じゃなくて。


(よかった、魔法が使えないわけじゃなのか! だったら抱き込もう! エルフなら百人力だ!)


 なんせこの世界、平民は魔法を使えない。

 エルフがいたら俺の戦力は一気に跳ね上がる。


「……決めた。金貨25枚だな、支払うさ」

「ハハー! さすがアーシュ様! お目が高い!」

「ただし」


 力強く、言葉を発し、場の空気を支配する。


「『魔封じの首輪』の解除にかかる代金はそっちで持て」

「は?」


 商人はあっけにとられた声をこぼして、あわてて営業スマイルを張り直した。


「ご冗談が過ぎますぞ、アーシュ様。エルフなんぞ所詮は蛮族。穢れた血が、選ばれし者のみに許されし神の御業――魔法を使うなど笑止千万ですぞ!」


 なるほどな。なんとなく、わかってきたな。

 ゲームでアーシュが、彼女を戦闘員として起用しなかった理由が見えてきた。


 王権神授説だ。

 王族と貴族は自らの権威を象徴するために、その他が魔法を使うことを良しとしないのだ。

 主人公の故郷が占領ではなく滅ぼされたのも、魔法使いが多く住む村だったからだったな。


(あれ、いまのって結構やばい失言だったか?)


 主人公の故郷が滅ぼされたように、俺も領地もろとも粛清されるんじゃ……。

 い、いやまだだ。いまの言葉を聞いていたのはここにいる人間だけ。俺が前言を撤回すればまだ助かる。


「あなた、正気なの?」


 あかん!

 エルフの女性がめっちゃくちゃ目をキラッキラさせてこちらをうかがってる!


 ここで冗談だよ、なんて言おうものならせっかく上がりかけた好感度が急転直下サゲサゲころりん。

 俺の戦力増強作戦がスタートダッシュを切れなくなるし、エルフが悪評を広めることを考えたら今後この店を利用できなくなる。


 ううう、うろたえるな!


「二度同じことを言わせるな、早くしろ」

「は、はひぃっ!」


 少し凄んで言うと、商人はどたどたと情けない足音を立てて部屋を飛び出し、解呪用の魔道具をもってきた。

 軽快な音がして、彼女の首にはめられていた『魔封じの首輪』が外される。


「ううっ、ごめんなさい。私、勘違いしていたわ。人間の貴族なんて、エルフを使い捨てのアクセサリーとしか見ていない人格破綻者しかいないと思ってた。でも、あなただけは違うのね!」


 くっ、純真なまなざしが痛い……!

 単にエルフの魔法適正の高さに目をつけて、よし抑止力に使おう、なんて考えていた邪な俺には尊敬の視線がキツイ。


 けど、騙し続けるしかない。

 もはや彼女を縛る『魔封じの首輪』は無い。

 ここで俺もクズの一員だよ? なんて言おうものなら、「信じていたのに!」なんてヒステリックを起こされて殺害されてもおかしくない。


「ねえ、教えて。世に浸透した主義思考を投げ捨ててまで、あなたが為したいことは何なの?」


 ここは、彼女に勘違いさせておいた方が得策……!


「富国強兵」

「……富める国に、強かな兵。あなた、まさか」


 俺は横柄に「ああ」とゆっくり頷いた。


 俺の破滅エンドを回避するには、自領の改革が必要だ。

 そして自領の改革のためには、他領からの干渉をはねのけるだけの抑止力が必要になる。


「優秀な人材を眠らせていては叶わない夢だ。血統を重視した古き思想が俺の悲願を妨げるなら、容赦なく斬り捨てる」


 悲願とはすなわち、破滅エンドの回避である。


  ◇  ◇  ◇


 金髪が似合う容姿端麗なエルフ、スティアーナは、男、アーシュの言葉にひどく衝撃を受けた。


 帝国領の領主が運営するのは領地であって、国家ではない。

 であるのならば、本来はこう表現すべきではないだろうか。


 すなわち、富強兵と。


(『領』ではなく、あえて『国』を選んだ理由は何? まさか、帝国に反旗を翻し、独立を狙うつもり⁉)


 ありえない、と結論付けようとした彼女が見たのは、決死の覚悟を宿した男の瞳だ。


 ――優秀な人材を眠らせていては叶わない夢だ。血統を重視した古き思想が俺の悲願を妨げるなら、容赦なく斬り捨てる。


 自らが行動を起こさなければ破滅の未来は防げない。

 そんな覚悟が、彼からは滲んでいる……ッ!


(この人、本気だ。本当に、革命を起こすつもりなんだ。旧体制をぶち壊すために……!)


 スティアーナは確信した。

 自分が囚われ、人間の領地に連れ去られたのは、この運命の出会いを果たすためだったのだと!


「お、おお! アーシュ様、私は感銘いたしました。あなたの悲願達成のため、私スティアーナ、全力で支援することを誓いましょう!」


 悲願とはすなわち、独立革命のことであるッ!


  ◇  ◇  ◇


 ん? なんか妙に張り切ってないか?

 まあ気にするほどでもないか。


 生き残るためなら、なんだってやってやる。

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