第二話 一番はじめの出来事
……失ったものを指折り数えてみても、案外二つで済んだ。次にあの日々で得たものを指折り数えると、これも二つだった。そして最後に今の自分にあるものを指折り数えようとしても、手は開かれたまま動かなかった。
さっきまでの涙は止まり、この部屋には空虚な静寂が訪れる。ベッドの上であの時のことを思い出していた。
『あいしてる』
なんて言葉を遺してさやかは自殺した。彼女は何か抱えてたのだろうか。僕は彼女のことを音楽を通して知っているつもりでいたが、そんなこともなかったのかもしれない。あの数年で僕が知っていたのはあくまで彼女の心の一つの側面で、それが偽りの彼女ではないのだけれど、それでも彼女の『理解者』などと宣うには自惚れが過ぎたのだろうか。
考えていると、脳裏に浮かぶのは三年前のあの公園のベンチ。早咲きの桜が彩るあの場所での出会いのことだった。
………………
高校を卒業して少し経った。指定校推薦で早めに進学先を決めていた僕は卒業直後は特に多忙という訳でもなく悠々と過ごしていた。
そんなある日、僕はアコギを背負って河川敷の公園を訪れた。早咲きの桜が見頃だと知って、好きなミュージシャンのとある曲を思い出して、誰もいない時間を見計らって歌ってやろうと思って来たわけだ。高架橋の下を抜け、道には誰も居ないと思っていたのだが、僕の視界には一人の女の子が映った。
「ありゃ。誰もいないと思ったんだけどな」
こっちの台詞だよ。と言いたくなった。
「てかギター持ってるじゃん!もしかして弾けるの?」
「まぁ…弾けるけど……」
いや、グイグイ来るなぁ。僕ら知り合いだっけ?多分初対面だと思うんだけど?
「じゃあ弾いてよ!楽器とか持たずに思い切り歌いたいんだけど、やっぱりそれだけじゃ音も寂しくてさ」
「……そういうことなら」
まぁ色々思いつつも、そう言われたらノリノリになっちゃう辺り僕は音楽に取り憑かれてるんだということを自覚させられた。
困惑は消えていないが一旦忘れることにした。この場には一人のギタリストと一人のシンガーが居て、セッションが今から始まる。そこに音以外への感応は不要だからだ。
「曲は?」
「じゃあ……」
「良いじゃん!ちょうど私も歌おうと思ってたんだよね~」
「じゃあ始めるよ。1.2.3」
曲が始まる。この空間に元々あった風の音とそれに揺られる木の音に加えて僕らの音が加わった。間もなく歌が始まる。
……演奏とは見る人間を自分たちの世界へと引きずり込んで魅了するものだと僕は思っている。けれど、僕は奏者であるにも関わらず。
「~♪」
彼女の歌声の持つ世界に引き込まれ、魅せられていた。演奏が続くほど僕は元の世界へと帰るばかりか一層彼女の世界の深層へ踏み込んでいくような感覚があった。
やがて曲が終わる。お互い顔を見合わせた。彼女の瞳には希望の色が見えた気がした。僕の目にも同じ色があったと思う。きっと、考えていることも同じだろう。
「「ねえ!」」
「……どうぞ?」
向こうが気を使ってくれた。別にどっちから言っても変わらないのに。
「僕と音楽やらない?僕が曲を作って、詩を書いて、君が歌う。どうかな?」
そう言って右手を差し出す。その手を彼女は両手で握り返して答えた。
「うん!喜んで!」
想う イエスあいこす @yesiqos
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