マリーへの伝言

 そもそも、二つの国が眼鏡派とコンタクト派に分れたのは先代国王が子供の頃の遺恨による。

 先代国王たちがまだ王位を継ぐ前、幼少の折の話である。

 両王族の親睦の席で初めて顔を合わせた両皇太子たちは年齢も近いことから直ぐに仲良くなった。

 ところが、カプリシャス国の皇太子が掛けていた眼鏡にリベット国の皇太子が興味を示し

「僕もそれ、掛けてみたい」

 そう言い出した。

 カプリシャス国の皇太子は快く眼鏡を外しリベット国の皇太子に差し出したのだが、お互いの眼鏡を外した顔と眼鏡を掛けた顔を見て、二人ともが『プッ』と噴き出したのだ。それまで他人に笑われたことなど無かった二人は憤慨し仲違いした。

 と、まあ、そういう出来事がきっかけだったのである。




 タカハシとローネットが紅茶を飲みながら五番街のジョニーの話をしていた数時間後、ペトロ王の部屋では王とジョニーが話し込んでいた。

「お前、リベット国で好き放題やってたらしいな」

「どうしてそれを? まさかタカハシが裏切ったのかっ」

「いや、ローネットに聞いた。お前は知らんだろうが、ワシとローネットは実は懇意にしている。共に自国を案じ互いの国を尊重し合っておる」

「懇意に? 隣国のローネットと兄さんが? いや、在り得ないだろ? 国民同士はともかく、王同士は先代の頃から犬猿の仲のはずだ。そのせいで国民は視力矯正に不自由を強いられてるんだぜ」

「ああ、あれか。あのな、一国の王たるものが、いつまでもそんな事に拘って国を守って行けると思うか? あれはな、敢えての政策だよ」

「敢えて?」

「そうだ。人間はただ平和で豊かなら満足すると思うか? 人間にはな、悪事や密かな楽しみというものが必要なんだよ」

「兄さん……」

 ジョニーは今の今まで、兄ペドロや隣国の女王ローネットについて何と愚かなのだろうと思っていた。まさか、そんな思惑があったとは。

「そうやって、国民に害の少ない悪事を提供しつつ、摘発の際には本当の悪党どもを検挙する訳だ。題して『水清ければ魚棲まず作戦』!」

 政策のネーミングは置いておくことにして、ジョニーは問い返す。

「本当の悪党?」

「ああ、検査もせずに眼鏡やコンタクトを高額で売りさばく奴ら、粗悪品を作っては流通させている奴ら。そういう悪党は容赦なく刑務所にブチ込む。だがそうじゃない人々については証拠不十分でお咎めなし、即時釈放している筈だ」

「なるほど。じゃあ、公安がユルユルなのは兄さんやローネットの思惑通りって訳か」

「まあ、そういう事になる。但し、この事を知っているのは公安のトップだけだ。つまり、隣国のタカハシと我が国のヨーコだけだ。だが彼らでさえ、ワシとローネットの関係は知らん。ただ、お前にだけは言っておこうと思ってな。例の星に探りを入れてるんだろう?」

「そう、それなんだが兄さん。あの星にも二大勢力があるらしい事がわかった。過激派はこの星に攻め入って視力矯正技術を我が物にせんとしている。だけど、大勢は平和な技術提携を望んでるんだ。ただ、この星の二国が眼鏡派とコンタクト派に分れている事がネックになっているらしい」

「なるほど。さて、どうしたものか……」

「兄さんとローネットの仲がそう言う事なら、いっそ結婚したらどうだ? この際、眼鏡派、コンタクト派の政策も何か別のモノに変えたほうが良い。国民の不満もだいぶ大きくなってるしな。今ならあの星との技術提携をきっかけに両国が和解したって事に出来るだろ? 和解ついでに互いの誤解も解けて両国王が結婚ってな事にでもなれば国は一気にお祝いムードだ。あの星の不穏な勢力も封じられて、三方ヨシだぜ?」

「結婚? いや、ワシらはそういう感じにはならんな。互いに国を憂う同士、同胞だからな。ロマンチックは欠片もない。いや、それよりそうなって困るのはお前じゃないのか?」

「俺が? どうして?」

「ローネットに聞いたよ。お前、マリーという女を知ってるか?」

「え? あ、うん? マ、マリー?」

 不意打ちを食らってジョニーは狼狽える。更に

「あれがローネットだ」

 ダメ押し。

「え? あ。なん、なんで?」

 思わず椅子から立ち上がって、ジョニーは意味もなく部屋をグルグルまわる。顔が赤い。

「ワシは近々ヨーコと結婚する」

 ペドロ王がサラッと告げた。

「俺は、俺は、タカハシ、そう、タカハシと話して来るっ」

 ジョニーは思わずそう口走ると急いで王の部屋を出た。




 苦虫を嚙み潰したような顔をしてタカハシが唸る。

「お前ら、ホントやりたい放題だな。王族ってのは勝手が過ぎんか?」

「いや、お前だって俺に隠し事してたじゃないか」

「任務上、そりゃあ言えん事もあるさ。だが、その上で出来る限りの情報提供はしてたつもりだぜ。友達だからな。それにしても、女王も女王だ。カプリシャスとの関係がそういう事なら、俺にも教えておくべきだろう。そうすりゃ、もっと効率よく動けたんだ」

「とにかく、例の星の過激派を抑え込むためにも、国民の平和と幸せのためにも、あの星の平和的勢力とは一刻も早く条約を結ばにゃならん。タカハシ、力を貸してくれ」

「まあ、そっちの話は簡単だ。あの星は視力矯正の方法としてもっぱら外科手術の研究を進めて来た。だが微妙な視力調整やら手術前後のケアに、眼鏡やコンタクトの技術を欲している。喉から手が出るほどにな。その上、少数とはいえ内政に不穏な勢力を抱えている。その勢力を抑える為にも、さっさとこの星の二つの国と条約を結びたいというのが本音だ。大半の人間は平和を望んでるんだからな。戦争など不毛だとわかってるんだ」

「じゃあ、早く条約を結べるよう取り計らってくれよ」

「おい、おい、おい、お前がそれを言うか? 障害になってるのはお前ら王族の不仲だろう? しかもそれが芝居! ハッ! 今まで俺がどれだけ……。まあ、愚痴はいい。簡単だと言っただろう? ペドロはカプリシャス国の公安トップのヨーコと結婚。その弟はリベット国の女王ローネットと結婚。仲を取り持ったのは視力矯正に新たな未来を提言したの使者ナオコ。そのナオコとリベット国の公安トップの俺が結婚。目出度い尽くしのドサクサに紛れて、三つの勢力が手を結ぶ。どうだ? 他にこれほど完璧なシナリオは無いだろう? さあ、俺を誉め称えても良いんだぜ?」

「ああ、最高の策だ。しかしお前、あの星の使者と、いつの間に」

「まあ、出来る男は何事も同時進行で効率が良いのさ。他に何か言う事はあるか?」

「一つだけ」

「なんだよ?」

「マリーに伝言を頼む。結婚しよう、ってな」

「ははは。それは自分で言え。近いうちに、あの星とカプリシャス国、リベット国の三者会議を行う。その席で技術提携の条約を締結させる予定だからな、その時までにキメといてくれよ」


めでたし、めでたしである。



——タカハシの独白

 結果的には大団円ですけどね。でもこれ、俺がいなかったら収集つかなかったんじゃないかと思うんですよね。 ジョニーは案外おく手だし、ローネットは考えなしに眼鏡舞踏会なんかに参加するし。

 それから追加情報。国民を欺いて両王族が懇意にしてたのって、先代からだったそうですよ。例の遺恨も王位継承の頃にはお互い馬鹿々々しい拘りだって気付いてたらしいです。それによくよく話したら、『プッ』と噴き出したのだって、お互いに案外イケてるじゃん、って感情だったんだって。まあ、でもそれがあの『水清ければ魚棲まず』政策のアイディアを生んだんなら、まあ、良かったね、みたいな。

 更に追加情報! 引退した両国の先代王達だけど、お気楽に二組一緒に星間旅行してたらしいですよ。あ、これはナオコからの情報ね。

という訳で、めでたくお仕舞!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王様だけどね ゆかり @Biwanohotori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画