王様だけどね

ゆかり

五番街のジョニー

 ビーィッ!

 ビーィッ!

 けたたましく警報音が鳴り響く。


 鍛え上げられた体躯の公安部隊が隙の無い動きで建物内部に突入し、逃げ惑う人々を次々と捕らえてゆく。


「マリー! こっちだ」

 機敏で逃げ足の早さには自信のあるマリーだが、しくじった。お気に入りの眼鏡を庇って一瞬、躊躇したのだ。

 その一瞬の躊躇が災いし、逃げ惑う人々の蹴った椅子に突き飛ばされ足を捻った。走れない。

 そのマリーの腕を横からグイと引っ張って助けたのは、通称、五番街のジョニー。



 ——この星には国が二つあった。

 「ペドロ」という男王が治める「カプリシャス国」と「ローネット」という女王が治める「リベット国」である。

 先代の両国王とその王妃達は早くに現役を退き、今は両者ともに流行の星間旅行を楽しんでいるという噂だ。

 若くして王座に就いたペドロもローネットも、その卓越した政治手腕で自国を更に発展させ両国ともに国民は幸せで豊かだった。ただ一つの難点を除いて。

 その難点というのは視力矯正の不自由である。

 両国は先代王の時代から「カプリシャス国」は眼鏡派、「リベット国」はコンタクト派という具合に分れていたのだが、ペドロとローネットの代になり、更に厳格な規制が敷かれるようになっていた。

 ローネットの国では眼鏡の所持、使用、製造は固く禁じられ、ペトロの国では当然、コンタクトレンズの所持及び使用、製造が禁じられていた。両国とも違反した者には容赦のない厳罰が下される。


 

 しかし……人々は禁じられているモノにこそ

 どちらの国でも取り締まりの目をかいくぐり、密かな楽しみに興じる人々が後を絶たなかった。

 そして今まさに、ここコンタクト派のリベット国でも密かに眼鏡舞踏会が催されていたのである。

 そこに国王直属の公安部隊が突入してきたのだ。人々は逃げ惑う。眼鏡の所持は重罪だ。ましてや使用の現場を押さえられでもしたら終身刑も覚悟しなければならない。


「君が逃げ遅れるとはな」

 隠し通路の扉から身を乗り出しマリーを救出したジョニーはニヤリと笑ってそう言った。

「ありがとう。助かったわ」

「それにしても、何処から情報が漏れたんだ? 今夜の眼鏡舞踏会は機密レベルSSS(トリプルエス)だぜ。招待客は上級会員のみ。絶対に漏れるハズはないんだが」

「まあ、国王の公安部隊も精鋭揃いって事よ。はいつまでも通用しないわ」

「なんだよ。君は一体どっちの味方なんだ?」

「味方も何も、私だって捕まるのは嫌よ。かと言って眼鏡の無い人生は考えられないわ。組織にもっと頑張ってほしいだけよ」

 二人はお互いへの薄っすらとした恋心を隠し味に、余裕の談笑を楽しんでいたのだが、ふいに声を掛けられ凍り付いた。

「さて。お話し中すまんが、一緒に来てもらえるかな?」

 隠し通路の奥に男が立っている。逆光で顔は見えないが、それが公安警察であることは容易に察しがつく。

『まずい』さすがのジョニーも万事休す、お手上げだ。に見つからない筈の隠し通路だったから中は狭く逃げ場はない。それに相手は鍛え上げられた公安隊員だ。戦って勝てる相手ではない。

「いつ、どうやってここに入ったんだ?」

 ジョニーの問いに男が答える。

「なに、最初からさ。パーティの始まる前からだよ」

「なっ」

 ジョニーは言葉が出ないが、一瞬、マリーは男の顔に逆光で光るものを見た。

「あなた、公安でしょ? 眼鏡なんて掛けてて良いの?」

 逆光に光ったのは男の掛けていた眼鏡だ。

「おや、お気づきになりましたか。はっはっは」

「はっはっは、じゃないわよ。眼鏡は身に着けただけで重罪よ。例え一瞬でも」

「お気になさらず。これは公務の一環として許されているんでね。ローネット女王陛下からのお咎めも無い筈です。まあ、潜入捜査ってやつですよ。はっはっは」

 男はそう言いながら二人に近づき、姿を露わにした。マリーが羨むほどセンスの良い眼鏡を掛けている。

 ジョニーはその姿を見るなり表情を崩し、

「タカハシ! タカハシじゃないかっ! なんだよ、脅かしやがって。いつこっちに帰って来たんだ? 例の星の情報は手に入ったのか?」

 そう言いながら熱い抱擁を交わす。

「マリー、紹介するよ。この男はタカハシと言って、公安トップだが、我々組織の幹部でもある。要するにスパイだ」

「スパイってどっちの?」

 マリーの問いに、二人は声をそろえて答える。

「どっちも!」

「はっ?」

 呆気にとられるマリーにジョニーは裏の裏の話を聞かせた。


「公安と俺たちの組織は実は繋がってるんだ。実際、隣国に対抗して眼鏡を拒み続けるこの国のやり方には、ほとんどの国民がうんざりしてる。公安部隊も幹部は全員、こっちの組織の味方なんだぜ。だけど若い連中は愛国心が強くてね。女王を守るのは自分達だと血気盛んなんだよ。その連中のガス抜きに、時々こうしてガサ入れがあるんだが。そう言えばタカハシ、今回のパーティは対象外のはずだろ? こっちには何も情報が来てないぜ」

「ああ、今回はちょっと別の目的でな。俺が帰って来たのもそれがあっての事だ」

「もしかして、例の星の連中が動き出したのか?」

 タカハシは答える代わりに顎をしゃくり片眉を上げてニヤリと笑う。

「なるほど。そう言う訳か。俺はてっきり若い連中に情報が洩れて抑えきれなかったんだと思ったんだが、なるほど、そう言う訳か」

「まあな。だから今回は若い奴ら抜きでの手入れだ。若い奴らには今回は特殊捜査だと説明してある。まあ、それは良いとして……マリーさんと仰いましたね? あなたとは、どこかでお会いした事がある気がするんですが」

「初対面よ。私にスパイの知り合いは居ないわ」

 そう答えるマリーにタカハシはニヤニヤしながら、やや不躾な視線を送っていた。





 コンコン。

 タカハシはローネット女王の部屋のドアをノックした。

「どうぞ。お入りなさい」

 女王は部屋で寛いでいた。自ら淹れた紅茶を楽しみながら古いアルバムを見ている。

「ローネット女王陛下におかれましては本日もご機嫌う……」

「麗しくないわよ」

「それは、それは」

 タカハシは動じず女王の向かいの椅子を引き腰を下ろす。

「うまそうな紅茶ですな」

「飲む?」

 女王は見ていたアルバムをパタンと閉じると不機嫌そうにテーブルの上に置いた。

「頂いてもよろしいんですか?」

「どうぞ。 一服盛ってるけどね」

「それならご遠慮申し上げます」

「冗談よ。それはさておき、最近の公安部隊はちょっと弛んでるんじゃない?」

「そんなことはないですよ。いやまあ、ちょっと例の星の動きが気になる分、国内の取り締まりが疎かになってる感はあるかもしれませんな。ですが、だからと言って女王陛下もちょっとご活躍が過ぎませんか?」

「そうかしら?」

「潜入捜査ですか?」

 それには答えず、紅茶を一口飲んだあと女王はタカハシに問うた。

「あの日の逮捕者は?」

「三名ほど。うち一名は例の星のスパイでした。残りの二名は粗悪品の流通業者と、無検査で高額にブツをさばいていた悪徳業者です。 それ以外の者は。ジョニーとマリーもね」

「タカハシ、あなた本当に私の味方なの? 二重スパイだなんて聞いてないわよ。いや、もともとは私のスパイなんだから三重スパイじゃないの!」

「それは違いますよ、女王陛下。例の星にも潜入してますからね、四重スパイです」

 そう言ってタカハシはウインクしてみせた。

『本当に一服盛ってやろうかしら? 下剤でも』ローネットがそんな事を考えているのを知ってか知らずかタカハシは更に衝撃的な事を言った。

「ところで陛下。五番街のジョニーですが、なぜ五番街なんて通り名がついていると思われます?」

「え? 五番街に住んでるんじゃないの?」

「この国に五番街なんて有りませんよ。国民の間で使われてる隠語です。カプリシャスの事を五番街と言うんですよ。つまりジョニーはカプリシャス国籍です」

「えっ? じゃあジョニーは密入国者……」

「しかも、彼はペドロ王の弟です」

 ローネットは絶句する。



 ——タカハシの独白

 みなさんお察しの通り、マリーとローネットは同一人物です。ローネットも実は眼鏡愛好者だったんですね。私、これは知りませんでした。実はあの日、あのガサ入れの日、誰よりも驚いたのは私です。こいつ、何やってんだと思いましたね。いや、女王陛下をコイツ呼ばわりもアレですが。しかし、これはまずい。国民に知られたら間違いなく暴動が起きる。これだけは私の命に代えても国家のトップシークレットとして守り通さねばなりません。しかもっ! しかもですよっ! あろうことかペドロ王の弟と良いカンジになっちゃってるじゃないですかっ! ほんと、どうすんだ、これ……

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