第三〇話 作中最強 VS 魔王
誰もが固唾を呑んで見守る中。
魔王・ベルファストが、初手を打った。
「ダーク・フレア」
名称通りの黒炎が虚空にて発生し、セリーナへと推進する。
その攻撃に対し、彼女の脳裏に三つの選択肢が浮かび上がった。
回避。
防御。
スキル効果による消滅。
果たしてセリーナが選んだのは、回避であった。
向かい来る黒炎を横へ跳んで躱し、それから右手に握った長剣を構え、魔王へと――
踏み込む直前。
「《ヴァリエーション・オブ・ライフ》」
魔王がスキルを発動。
次の瞬間。
闇色の炎が小さな鳥に似た魔物へと変化する。
それはまるで弾丸の如く飛翔し、鋭い嘴をセリーナの柔肌へ突き立てんとするが、
「……小細工」
死角からの不意打ちを、しかし、セリーナはいとも容易くねじ伏せた。
背面より飛び来たるそれを、瞬時に俯せとなって回避し、起き上がると同時に、
「フッ……!」
繰り出された斬撃が、鳥型の魔物を両断する。
「ほう。見事な腕だ」
「……あなたのスキルは、熱を魔物に変える能力?」
「いいや。我がスキルの効力は、命という概念を意のままに操るというものだ」
「…………」
「先ほど繰り出した黒炎は、我が魂を分裂させたものでな。命中したなら即座に冥府へと誘われることとなる。また……命そのものであるがゆえに、先刻見せた通り、魔物へ変異させるといった芸当も可能だ」
滔々と己の手の内を晒す魔王へ、セリーナは問うた。
「どうして、そんな大事なことを……教えてくれるの?」
「なに、簡単なことだ」
魔王は悠然と笑みを浮かべながら、断言する。
「手の内の全てを明かしたとて、余を倒すことなど決して叶わぬ。そう確信しているというだけのことよ」
簡潔に言えば。
魔王はセリーナを、舐めているのだ。
これを彼女はどう受け止めたのかと言えば。
「……ムカつく」
全身から殺気を放ち、地面を蹴る。
そんなセリーナへ、魔王は先刻の一合と同じ戦術で以て、応対してみせた。
「ダーク・フレア」
今回は七つの黒炎を放ち、セリーナへと殺到させる。
躱せば次の瞬間には不意打ちへと変異するであろう闇の炎。
さりとて、防御が叶うか否かは、怪しいところだ。
なにぶん、魔王の黒炎には謎がある。
一般的な防御魔法を用いて防げるかどうか、判然とはしない。
実に厄介な攻撃であった。
躱したなら次の攻撃に繋がって、防戦一方へと追い込まれる。
魔法で以て受けたなら、何が起こるやらわからない。
そうした状況下において。
セリーナが下した決断は。
「――《オール・クリア》」
己が最強を決定付けている、固有スキルの発動。
黒炎に向けられた掌から放出された純白の流線は、しかし、そのままでは対象の一つだけを消して終わりとなる。
彼女のスキルは確かに反則的な能力を誇ってはいるが、一度に出せる流線は一本に限られており、再使用までに二秒ほどの間隔を空けねばならない。
よって何も考えずに用いたなら、この局面を打破することは叶わないのだが……
「……纏装」
固有スキル《オール・クリア》を応用し、セリーナは流線を全身に纏わりつかせ……
そのまま、黒炎へと突っ込んでいく。
果たして闇色の炎撃は膜状となった流線に衝突した瞬間、あとかたもなく消失。
そのままの勢いでセリーナは魔王へと肉迫し、
「ハッ……!」
鋭い呼気と共に、魔王・ベルファストの胴を袈裟懸けに斬り裂いた。
初の有効打はセリーナ……と、そう思われた次の瞬間。
「ククッ」
嘲弄が、魔王の口から漏れ出る。
「残念だが、娘よ、貴様はどう足掻いたところで、余には勝てぬ」
言うや否や、斬撃による傷が瞬時に癒えた。
いや。
そもそもの問題。
セリーナの斬撃は、それ自体が無意味だったのだ。
「…………」
速やかに後退し、距離を取りながら、セリーナは呟く。
「血が一滴も、でてなかった」
これに魔王は、余裕の笑みを浮かべたまま頷いて、
「余の全身は今、魂そのものとなっている。ゆえに物理的な攻撃は一切合切、通じることはない」
セリーナの聡明なる戦闘頭脳は、この瞬間に、勝負の結末を導き出していた。
されど。
「……負けるわけには、いかない」
瞳を細め、ある種の覚悟を胸に秘めつつ、踏み込む。
セリーナを最強たらしめているのは、固有スキルと剣術、二つの組み合わせにあった。
魔法は不得手でないものの、超一流というわけではない。
少なくとも、魔王に届きうる牙と断言するには、心許ないものだ。
そうだからこそセリーナは、己がスキルと剣を恃みとするしか、なかった。
(策は、ある)
(わたしのスキルを、打ち込めば)
しかし。
当然のこと、相手方はその狙いを心得ており……
「出来ると思うなよ、小娘」
そして。
魔王の異名を背負う者は、それに相応しく。
セリーナへ、絶望を送り届けた。
「ダーク・フレア」
此度、虚空に顕現したそれは、一〇や二〇ではない。
おそらくは千を超えるほどの、膨大な黒炎。
それらがセリーナへ向かって殺到する。
「っ……!」
さしもの彼女も、これには冷や汗を浮かべざるを得なかった。
膨大な黒炎による波状攻撃は、セリーナの《オール・クリア》を攻略するための最適解そのものである。
流線を纏いて消滅させても、次を放つ前に直撃を浴びてしまうだろう。
よしんば防御の魔法が通じたとしても、これほどの攻勢を耐えきれるとは思えない。
ゆえにセリーナは向かい来る黒炎に対し、回避を行うしかなく……
「ちッ……!」
躱した黒炎が、鳥型の魔物へ変異し、先刻と同じように向かって来る。
先ほどは一匹であったがために対応は容易であったが……
今回は、あまりにも。
「くッ……!」
物量に圧される。
そんな状況が、彼女の心身に隙を生み――
「これでチェック・メイトだ、小娘」
セリーナは失念していた。
魔王がスキルによって魔物に変えられるのは、命そのもの。
であれば。
そこらの雑草さえも、魔物へ変えることが出来る。
黒炎に集中するあまり、セリーナは足下に生えた雑草に注意が行かず……
「ッ……!?」
推進する鳥型の魔物。
その鋭い嘴は間違いなく、セリーナへ致命傷を与えるだろう。
かくして作中最強の称号を有する彼女は、魔王の手によって――
「《オール・エラー》」
――絶命する、直前。
セリーナを襲う鳥型の魔物が、突如として地面へと落下した。
「……来たか。余興の真打ちが」
魔王が呟くと同時に。
セリーナの目前にて、闇色の装束を纏った青年が、顕現する。
「っ……!」
彼女は目を見開き、そして。
「あなた、なに……?」
この問いに、彼は振り向くことなく。
ただ真っ直ぐに魔王を見据えながら、受け答えた。
「――
~~~~あとがき~~~~
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