第二九話 魔王襲来
設定上、ラスボスよりも強い中ボス。
セリーナ・エヴァークライスは、そういうキャラクターである。
「ふぅ……」
青みがかった銀髪を風に靡かせるその姿は、まだあどけなさが残るものの、それでも十分な大物オーラを放っていた。
実際、このセリーナは十数年後の未来にて、とんでもない大活躍を見せてくる。
彼女はある事情により多額の金銭を必要としていて、それゆえに何でも屋を営んでいた。
冒険者というのは、その側面に過ぎない。
そんなセリーナは奇しくも、原作のゼノスに雇われる形で、主人公達の前に立ち塞がり……プレイヤーはそこで、初の負けイベントを経験する。
セリーナ戦に至るまではイケイケだった主人公達だが、さすがに相手が悪すぎたのだ。
なにせセリーナは圧倒的な基礎スペックを有するだけでなく、設定上は最強の固有スキルである、《オール・クリア》の持ち主。
このスキルは純白の流線を放ち、そこへ触れた概念を問答無用で消し去るというものだ。
さすがに一部の例外こそあるものの……しかし、大概の場合、このスキルで消せないものはどこにもないと言える。
そんな彼女はなんと、最終的にあるイベントを経て、主人公パーティーの仲間入りを果たす……わけだけど。
ちょっとゲームに詳しい人なら、もう察しが付いてるんじゃないだろうか。
このセリーナ・エヴァークライス、敵としては最強レベルなんだけど……
味方になった途端、弱体化するんだよなぁ。
一応、ステータス自体は高い。
でも原作であるラタトスク・ファンタジアは、固有スキルがかなり重要なゲームになっていて、そうだからこそ。
セリーナは、産廃の二文字を背負うことになった。
というのも、彼女の固有スキル、《オール・クリア》は、ゲームシステム的にいえば、いわゆる即死魔法というやつで。
ゲームに詳しい人なら、この時点でピンと来たのではなかろうか。
そう。
セリーナの固有スキルは、設定的にも作中描写的にも最強なのだけど……
ゲーム的には、終盤、どんな相手にも効果が期待出来ない、ゴミスキルなのだ。
ゆえに彼女はプレイヤー達の間で、「最強の産廃」だとか「ゲームシステムに殺された女」だとか「開発者の意図だけはクリア出来なかったキャラ」など、さんざんな呼ばれ方をされている。
……さりとて。
それはあくまでもゲームの中の話。
ここは原作をもとにした現実であるがゆえに。
セリーナは間違いなく、世界最強の存在と呼べるだろう。
しかし、そうだからこそ。
俺は彼女と、関わり合いになりたくない。
なぜならば。
このセリーナこそ、原作にて、ゼノスへトドメを刺した張本人だからだ。
「……まぁ、今のところ接点なんて、出来るもんじゃないし」
問題はないだろう、と。
そのように考えた矢先の出来事だった。
「……来ますにゃ」
すぐ傍に控えていたリスティーが、ボソリと呟く。
そんな彼女へこちらが反応を示すよりも前に。
「ややっ……!? あ、あれは……!?」
オーゼンが遠方の空を見つめながら、疑問の声を放った。
俺も彼と同じ場所へ目をやる、と――
そこには漆黒のモヤが浮かんでいて。
やがてそれは、人型を形成し。
なんというか、その。
緊張感のない言い方になるのだけど。
某探偵少年が活躍する漫画の、犯人みたいな姿になった。
いや、ほんとはもっと、良い感じのたとえをすべき局面なんだろうけどさ。
もうそれ以外に言葉が見つからんのよ。
真っ黒なマネキンに、ちゃんとした目が付いてるその姿は、完全にアレとしか言いようがない。
「……見たことのないキャラ、だけど」
状況から察するに。
アレはおそらく。
「我はベルファスト・ゾディアック。帝国軍の総大将にして……貴様等が、魔王と呼ぶ者なり」
言うや否や、相手方は地上へと降臨し、
「腕に覚えがある者は前へ出よ。そうでない者は、去るがよい」
挑戦的な台詞に対して、身動きが出来るものは皆無だった。
魔王が放つ威圧感の凄まじさは、どのような勇気も挫くほどの圧力となっていて。
「くッ……! 大将首を、前にして……! 何をしていますの、わたくしは……!」
なんと、ナターシャすらも動けない。
彼女のような狂いきった精神の持ち主すら畏怖させるのだ。
いったい誰が、かの魔王と対峙出来るというのか。
きっと皆、そう思っているのだろう。
そこへ答えを投げ込むかのように。
「……あなたの首を取れば、きっとお金、いっぱい貰えるよね?」
動く。
作中最強が。
セリーナ・エヴァークライスが。
なんの躊躇いもなく。
「ほう。中々の気骨だな。先ほど我が竜を消し去ったことも相まって……興が湧いたぞ、小娘」
果たして。
セリーナは魔王と向き合い。
「……あなたも、消してあげる」
「愉しませてもらおうか。前座の娘よ」
作中最強のキャラクターと、第二章のラスボス。
両者がこの場にて、激突するのだった――
~~~~あとがき~~~~
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