第二八話 作中最強


 基本的に、魔王側の軍勢というのは魔族で以て構成されている。


 彼等は種族的に少数であるため、数的優位に立つのは常に王国側であった。


 そのため一般的な魔王軍というのは、一人一人の質で以て物量に対抗せんとするものだが……


 魔王直々に出陣した場合、事情が大きく異なってくる。


 そもそも、かの存在がなぜ魔王などと呼ばれているのか。

 それは魔族を中心とした帝国の主であるがゆえ……というだけではない。


 魔王は魔族達の王であると同時に。

 魔物達の王にして、創造主でもあるのだ。


 というのも、かの存在には魂や生命に干渉する固有スキルが宿っていて、それを用いることにより、獣や植物を魔物に変えることが出来る。


 その力で以て、魔王は自らが出陣する際には魔族を一人も連れることなく、自らが生み出した魔物達を軍勢として向かわせるのだ。


 そしてかの魔王は、雑草一本でもあれば魔物を生むことが出来てしまうため……

 奴の軍勢はまさに、無限にも等しき物量を有している。


「……倒しても倒しても、キリがないな」


 自陣の中央部にて。

 俺は千里眼の魔法を発動し、左目に戦場の光景を映していた。


 もっと具体的に言えば、上空から皆々を俯瞰しているような状態といったところか。


 そうして味方の活躍を見守っているわけだけど……

 質的には、こちらの圧勝と言えるだろう。


 そう言い切れる要因としては、やはり。


「たぁッ!」


「ぜぇあッ!」


 まずはナターシャとイザベラ。


 総大将とその補佐官であるにも関わらず最前線にて戦う彼女達は、それが許されるだけの実力を備えている。


 両者共に剣の達人であり、向かい来る魔物をバッサバッサと斬り伏せまくっていた。


 そこに加えて……

 作中最強と呼び声高い、例の彼女も大活躍している。


 ただ一つ、疑問なのは。


「……彼等の姿が見当たらないのは、どういうことなんだ?」


 主人公の父母を中心とした、この時期における、最強の冒険者パーティー。

 彼等の存在が、どこにも見当たらない。


 ……この一戦には間違いなく、参加してたはずなんだけど。


 俺がシナリオを破壊したことによって、不参加となったのか?

 もしそうだった場合。


「俺が、彼等の穴埋めをすべき、か」


 そういうわけで。

 まずは右目に映る状況をなんとかしよう。


「ぐぅっ……! あ、足がっ……!」


「し、死にたく、ねぇっ……!」


 運び込まれてきた負傷者達。

 眼前にて呻く彼等を、一斉に治す。


「《オール・エラー》」


 俺のスキルは、視界に映る存在の全てに、効果を付与することが出来る。

 そして細胞増殖の力があれば、外傷であろうが内傷であろうが、大抵の怪我は治すことが可能だ。


「うおッ……!?」


「ち、千切れてた腕が、一瞬でッ……!?」


 当然ながら。

 治すのは運び込まれてきた相手に限った話、ではない。


 左目には俯瞰した戦場の光景が映っている。

 それはつまり。


 味方全員を、視界に収めているということだ。


「《オール・エラー》」


 戦場の只中にて、今まさに負傷した兵達を、瞬時に全回復させる。

 そこからさらに。


「うぉおおおおおおおッ! なんか知らんが、漲ってきたぜぇえええええええッ!」


「くたばりやがれッ! 魔物共ぉおおおおおおおおおおおッッ!」


 脳に極小生物を送り込み、アドレナリンやエンドルフィンの性質を付与。


 それらが脳内にて反応を起こすことによって、今や兵士達は死をも恐れぬような精神的怪物へと変貌を遂げている。


 さらにさらに。


「ぬぅああああああああああッ! ようわからんがッ! 今の俺は誰にも負けんぜぇええええええええええええッ!」


「力が溢れるぅううううううううううううんッ!」


 各種ドーピング成分を付与した極小生物を、全身に行き渡らせることで、基礎性能をも向上させる。


「……元居た世界でドーピングをやると、なんらかの副作用が出るもんだけど」


 スキル効果によるものだからか。

 どのようなドーピングを施しても、デメリットは発生しない。


「……アタッカー、ヒーラー、バッファー。全部こなせるって思うと、つくづくチートだな、ゼノスの固有スキル」


 倒しても倒しても瞬時に出現する魔物達。

 だが、こちらの味方も、どんな重傷を負ったところですぐに回復するうえ……


「あ、あれ? オレいま、死んだはずじゃ?」


 頭さえ残っていれば、死者すらも蘇生出来る。


 よって現在、冥府に昇った者は一人すら存在せず。


 徐々にではあるが、戦況はこちらの優位に傾いてきた。


「ふぅ……穴埋めは十分、出来てるかな」


 と、呟いた直後のことだった。


「この状況! もしや、貴方によるものではありませんかな!?」


 すぐ傍から飛んで来た男性の声。

 そちらへ目をやると……

 いかにも研究職といった出で立ちをした、眼鏡の男性がこちらを見つめていた。


「……えっと。貴方は?」


「おぉ、失礼! 私、オーゼン・ボードウェルと申します!」


 名乗った後、彼は身の上を話し始めた。


「このオーゼン、ドートレス商会にて薬品の製薬と研究に携わっておりましてな! 我が渾身の力作を実地で試さんと、この場へ参った次第です、はい!」


 ドートレス商会。

 確か……原作にも登場してたな。

 回復薬の製造販売もと、だったっけ。


「いやぁ、まさか貴方のような人材に出会えるとは! こりゃあ予想外の極み!」


 どうやらヘッドハンティングをしたがっているようだけど。


「いや、俺は既に――」


 治療師として働いているので、無理です、と。

 そんなふうに受け答える、直前のことだった。


 戦場に蔓延る無数の魔物達。

 それらが煌めく球体へと変異したかと思えば……

 遙か上空にて集結し、融合。


 果たして巨大な球体となったそれは、次第になんらかの形を作っていき……


「ややっ! あ、あれはっ!」


 目を見開くオーゼン。

 それは彼に限った話じゃない。

 戦場に立つ誰もが、同じ顔だった。


「黒竜ッ……!」


 すぐ傍で、元・負傷兵が畏怖の情を宿しながら、その名を口にする。


 ラタトスク・ファンタジアにも当然、ドラゴンは登場するわけだけど、黒竜は中でも最強の存在だった。


 どうやら魔王は、物量から質へと切り換えたようだな。


「お、終わりだ……!」


「黒竜に、勝てるわけが、ない……!」


 絶望にうちひしがれる兵士達。

 だが俺の心には、特別な感慨などなかった。


 なぜならば。

 この戦場には、が存在するからだ。


「ゴガァアアアアアアアアアアアアアアッッ!」


 咆吼と共に、眼下の軍勢へとブレスを放つ。

 もしも地表へと直撃したなら、軍の大半が消し飛ぶことになるだろう。

 ……しかしながら。



「《オール・クリア》」



 そのとき。

 ある少女が、淡々とスキル名を呟いた、次の瞬間。


 純白の流線が黒竜のブレスへと向かう。


 その光景はまるで、津波に水鉄砲を撃ち込むようなものだった。

 波動のサイズが違いすぎる。

 普通に考えれば、なんら意味をなすはずもなく消え失せると、そう思うだろう。


 だが、実際は。


「ッッ……! こ、黒竜のブレスが、消えたッ……!?」


 純白の流線が命中すると同時に、極太のエネルギー波が消失。

 そこからさらに。


「《オール・クリア》」


 二撃目。

 再び放たれた白き流線が黒竜を捉えた、その瞬間。


「こ、黒竜がッ……!」


「しょ、消滅、したッ……!?」


 夢でも見ているのか、と。

 そんな感情を露わにする兵士達。


「い、いったい、なにが」


 オーゼンもまた、理解不能といった様子で、眼鏡の位置を直している。

 そんな中。

 俺は左目に、彼女の姿を映していた。


「…………つまんない、の」


 最強の魔物を瞬殺してなお。


 いや、瞬殺したからこそ。


 作中最強という設定を有する彼女は。


 セリーナ・エヴァークライスは。



 無感動に、呟くのだった――






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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