第二五話 スラムの王
ルキアーノ・ファミリーが消え失せてから、早半月。
俺の生活には、狙い通り、特別な変化はなかったのだけど……
一つだけ、不審な要素が生じている。
それは、リスティーの体調不良だ。
「今日も、無理そうだな」
「も、申し訳ございません、にゃ」
朝。
起床すると同時に、俺はリスティーの不調を悟った。
「単なる風邪による発熱なら、ここまで頻発するはずがないんだけどな……」
スキル効果をフル活用して、彼女の体調を戻そうとしているのだけど、なぜだかまったく効果がない。
どうにも不気味な症状に頭を悩ませつつも、今のところ、打つ手が見つからないというのが正直なところだ。
「朝食は食べれそうか?」
「にゃあ……お粥なら、なんとか……」
「わかった。皆の分が出来たら、すぐに作るよ」
そうして部屋を出てから、同居人となった三人の子供達を起こす。
彼等に食事を用意し、リスティーのお粥を作り終えた頃には、俺自身の食事時間はなくなっていた。
「ほんとうに、申し訳ございませんにゃ。ゼノス様」
「気にしないでよ。俺が好きでやってることだから」
彼女が食事を終えた後。
治療院の営業を開始する。
今までは俺一人で切り盛りしていたんだけど、今は。
「症状からして、軽い風邪だな。サリア、四番の薬を包んでやれ」
「う~い」
セブルスとサリアがある程度の知識を蓄えてくれたので、お手伝いとして働いてもらっている。
一方、ゴルムについても。
「ウス。ゼノスの兄貴。患者さんの運搬、完了したっス」
重症の患者を寝台に乗せるといった、肉体労働に従事してもらっている。
「ふぅ……客足もなくなってきたし、休憩しようか」
椅子に座りながら伸びをする。
ルキアーノ・ファミリーが居なくなっても、スラムじゃ大怪我するような喧嘩はしょっちゅう起きるし、子供がなんらかの事件に巻き込まれて酷い目に遭うといった問題も、なくなることはない。
ただ……それはきっと、少しずつ改善されていくと思う。
ゼルトール・ファミリーのボスが、彼女である限りは。
と、そんなことを考えてからすぐ。
「邪魔するわよ」
「お疲れさまです、先生」
噂をすれば影というやつか。
ラヴィアとゲルト、二人が治療院へとやって来た。
「……治療目的、ではなさそうですね」
「うん。あんたとお喋りする時間が、やっと取れたから」
これまでずっと、事後処理に忙殺されていたのだろう。
ラヴィアとゲルトの顔には、疲労の色が見て取れた。
「……本当は、ご自宅で眠っていたいのでは?」
「正直言えば、ね。ただ……」
「睡眠よりも、先生とのお話の方が、大事なんでさぁ」
また面倒事でも口にするのだろうかと、身構えたのだが、しかし。
「治療院の方はどうかしら? けっこう大変なことになってるんじゃないの?」
「まぁ、そうですね。口コミが原因か、日に日に客足は増えておりますし」
「スラムで唯一の治療院なうえ、腕利きであることに加えて、お金まで取らないとなると……むしろこうやってお喋り出来てるのが不思議に思えてくるわね」
ケラケラと笑うラヴィア。
そうしていると年相応の美少女って感じだけど……
不意に彼女は、表情を一変させて。
「無粋なことをね、言わせてもらうけど、さ」
次の瞬間、ラヴィアは断定するような口調で、次の言葉を紡いだ。
「あんたのおかげで、何もかもが解決した。心の底からお礼を言わせてもらうわ。――ストレンジ・セブン」
まぁ、うん。
バレてるよなぁ、さすがに。
「……どのタイミングで、お気づきになられたのです?」
「だいぶ前にさ、歯抜けの患者が足折ってここに来たでしょ。アレね、うちの人間なのよ」
「なるほど。やはり当時のミスが、致命的な結果を招いたようですね」
操作ミスって患者に対するツッコミをストレンジ・セブンにも叫ばせてしまった、その時点で、こうなることは確定していたわけか。
「でもさ。あんた、それ以降もあえてバラすようなこと、してたわよね?」
「あぁ、そこにもお気づきで」
「そりゃそうでしょ。一介のお医者さんが、マフィアの大幹部の体調不良なんて、わかるわけないもの」
肩を竦めた後、ラヴィアはこちらを真っ直ぐ見据えて、
「……素性を明かしたのは、あたし達のことを信頼してくれてるからだって、そう解釈してもいいのかしら?」
「えぇ。誰にもバレないのが理想ではあるのですが、しかし現実的にはかなり難しい。であれば、信じることの出来る人にだけ正体を明かし……いい感じに、匿ってもらおうかと」
ラヴィアとゲルトは口が固いし、不義理なことは絶対にしない。
さらにはスラムの頂点に君臨する存在でもある。
彼女等がストレンジ・セブンの正体を、どこぞの元・宮廷魔導士だとでも言いふらせば、皆それを信じ切るだろう。
結果、こちらに疑いの目が向くことはなくなるというわけだ。
「……それは、かまわないけど、さ」
「先生は、よろしいので?」
「なにがです?」
「やろうと思えば、あんたがこのスラムを――」
「ラヴィアさん。それ、わかってて言ってるでしょ」
ぴしゃりと言い放つと、彼女は舌を出して苦笑し、
「ははっ。ごめんごめん。試すようなことしちゃって」
「オレぁよした方がいいって忠言したんですがねぇ。お嬢は昔っから、茶目っ気が強ぇもんで……申し訳ねぇです、先生」
それから。
ラヴィアは席を立つと、
「今後、あたしはあんたを、治療師としてしか扱わない。だから……彼としてのあんたに接するのは、これが最初で最後」
言ってからすぐ。
ラヴィアだけでなく、ゲルトもまた、こちらへと跪いて、
「表面上、スラムはあたし達が仕切らせてもらう。でも……」
「真のボスは……旦那、あんただってことを、ゆめゆめ、忘れるこたぁねぇ」
いや。
そんなん言われても、困るんだけど。
「あんたの意思は理解してる。だからこそ」
「御意思に反することのねぇよう、誠心誠意、尽くさせてもらいやす」
……まぁ、そういうことなら、いいか。
「お困りになられましたら、またいらしてください。……共通の知り合いに、お繋ぎしますので」
俺の返答に頷きを返した後。
二人は、去って行った。
「……やっぱ、兄貴が」
「にいちゃん! それは言っちゃダメなやつ!」
「ウス。俺等は何も聞かなかったっス」
「……だな」
子供達もそんな感じで納得してくれたようで。
俺は椅子の背もたれに体重を預けながら、思う。
さすがにもう、これ以上の面倒ごとは――
「ゼノス殿ぉおおおおおおおッ! ゼノス殿はおられるかぁあああああああッ!」
――なんやねん、オッサン。
「はい。俺がゼノスですが。どういったご用件で?」
「おぉ、貴殿がッ! なるほど、殿下のおっしゃるとおり、幼くして覇王の気迫を放っておられるッ!」
放ってねぇよ、そんなもん。
「えっと……もしかして、ナターシャ様のお遣い、でしょうか?」
「ははぁッ! その通りにございますッ!」
ちょっ、近い近い。
唾が飛んでるんだよ、オッサン。
……ていうか。
ナターシャの遣いとか、イヤな予感しかしないんだけど。
「ゼノス殿へ、殿下より言づてがございますッ!」
「……お聞かせ願いましょうか」
果たして。
オッサンに託された、彼女の伝言とは。
「来たる決戦の日にてッ! 貴殿のお力を、お借りしたいとッ!」
「……決戦の日?」
「左様ッ! ついについに、やって来たのですッ!」
次の瞬間。
オッサンが叫んだ内容を耳にしたことで。
俺は、とてつもなく……
げんなりするハメに、なった。
「かの憎き魔族の親玉ッ! 魔王との決戦がッ! 目前まで迫っているのですッッ!」
~~~~あとがき~~~~
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