第二四話 子の罪は親に報いる
ラヴィア・ゼルトール。
ゲルト・ホフキンス。
両者の胸中は今、漆黒の昂揚感に満ち満ちていた。
白昼堂々。
ある屋敷の周辺を、配下達に囲ませながら。
斬り込み隊の先導として、ラヴィアは叫ぶ。
「今日、このときッ! 卑劣なルキアーノはッ! 報いを受けて、消滅するッ!」
彼女の言葉に合わせて、総員二〇〇名前後の戦闘員達が気迫を放った。
皆、殺気十分。
親の仇を討つためなら命すら惜しまぬ、忠義心に溢れた者達を前に、ラヴィアは笑みを作った。
「さぁッ! 行くわよ、皆ッ! 屋敷の中を、連中の血で赤く染めてやりましょうッ!」
門扉を蹴り開けて、真っ先に突入するラヴィア。
それを護衛する形で、ゲルトは彼女の真後ろに付きながら、
「……ついに、と言うには、短い間でしたね、お嬢」
「えぇ。これもそれも、彼のおかげよ」
敷地に立ち入り、そして。
物陰から飛び出てきた敵方へ、ラヴィア達は杖剣を抜刀する。
「死ねやぁッ! ゼルトォオオオオオオオオオオオルッ!」
相手方の殺気も相当のものだった。
無理もない。
ここはまさに最後の砦なのだから。
今やルキアーノ・ファミリーは半壊状態となっており、この本丸を破られ、親を殺られたなら、その時点で組織は消滅となる。
当代のルキアーノは命を預けるに値しない男ではあるが……
それでも、組織のために命を張ろうとする男達は、少なくなかった。
「同情するわ、心の底から」
言いつつ、向かい来る輩達を屠っていくラヴィア。
敷地を一気呵成に駆け抜け、屋敷の内部へ。
そこでも彼女等は死体の山を築き上げていったが……
「くぅッ……! お、お嬢ッ……! 本懐を遂げてくだせぇッ……!」
味方の犠牲が、ゼロというわけにはいかなかった。
ある者はラヴィアを庇って絶命し、またある者は血路を開くために命を散らせていく。
一人、また一人と味方を失いながらも、ラヴィアは後ろを振り向くことなく、敵味方の亡骸を越え続け――
ついに、そこへ至った。
実に開けた一室。
絢爛豪華な調度品によって彩られたその部屋を、しかし、ラヴィアはおぞましいものとして嫌悪した。
これは全て、スラムの者達から搾り取った利益で、成し得たもの。
果たして、この様相を作るために、いったいどれだけの血を流させたのか。
……きっとその中には、自分の父も含まれているに違いない。
ラヴィアは復讐の炎を瞳に宿しながら。
豪奢なテーブルに着いた男を、睨み据えた。
「ヴラド・ルキアーノッ……!」
ゲルトもまた、敵方の首魁を射殺さんばかりに睨み据えながら、
「待ち侘びたぜ……! このときをよぉ……!」
殺気立つ二人に対し、相手方、ヴラド・ルキアーノは悠然と紅茶を啜り、
「ふぅ……君等には感謝しているよ。使えないクズ共を一掃してくれて」
恨み言でも漏らすのかと思えば。
むしろ、礼を言ってくる。
そんな彼の感性に、ラヴィアとゲルトは吐き気を催した。
「……あんた、ファミリーの連中を、なんだと思ってんの?」
「それはもちろん、私のもとへ利益を運んでくれる存在だよ。それ以外に捉えようがあるのかね?」
「……死んでいった奴等に、思うところは、ないってわけ?」
「いいや? 大いに嘆いているよ。我が組織にこれほどゴミが溢れているとは予想だにしていなかった。今後は我が慧眼で以て、よりよい人材を集めていこうと、心の底からそう思っているよ」
いっそのこと、吐瀉物でも撒き散らしてやろうか。
半ば本気でそう思うほど、ラヴィアはヴラドを嫌悪をした。
ゲルトもまた同じ考えだったらしく、
「行き過ぎた自己中心ぶり……! 反吐が出らぁ……!」
彼の言葉にラヴィアは小さく頷いて、一言。
「あんたも、あんたの組織も、ここで終わりよッ……!」
果たして。
ヴラドは自らのカイゼル髭を撫で付けながら、ニヤリと笑い、
「いやいや。むしろここからが始まりというものさ。私と、そして……彼の二大巨頭による、新たなルキアーノの伝説が、ね」
余裕の態度で断言した、次の瞬間。
彼のすぐ傍に一人の男が顕現した。
中肉中背。特に威圧感のある容貌でもない。
しかし。
ラヴィアとゲルトは本能的に理解する。
この男は、怪物だと。
そんな二人の緊張を読み取ったか、ヴラドはくつくつと喉を鳴らし、
「この男はね、元・王家直属の魔導士なんだよ。いろいろと事情があって、私のもとへと流れ着いてきたというわけだ」
この期に及んで、なにゆえ相手方が余裕を維持していたのか。
それは彼の傍に立つ、護衛者の存在が主たる理由であろう。
「君達もわかっていることだと思うがね。所詮、裏の稼業というのは、いかほどの暴力を有しているか。そこに尽きるのだよ。それを思えば……元・王家直属の魔導士という絶大な存在を抱えた私は、まさにこのスラムの王と呼ぶに相応しい存在といえるだろう」
確かに、その通りだ。
スラム・マフィアというのは誰も彼も弱者である。
生まれも悪ければ学もなく、魔法の才だってありはしない。
そんな環境下において、ヴラドが手に入れた駒はまさに、単一にして万軍に等しき存在であろう。
「ではそろそろ、君の仕事ぶりを見せてもらおうかな」
ヴラドが男に命令を下した、そのとき。
ラヴィアはニヤリと笑った。
「なるほどね。あんたは確かにとんでもない切り札を持ってるようだけど……」
ゲルトもまた、彼女と同じように、口端を吊り上げて、
「うちにもなぁ、おっかねぇ御方が、付いてんだよ……!」
これをヴラドはどのように受け取ったのか。
いずれにせよ、彼の顔に張り付いた余裕が崩れるようなことはなく、
「まずはこの二人を血祭りに上げてもらおう。それから、屋敷を荒らすクズ共を皆殺しに――」
ヴラドが男へ言葉を紡ぐ最中。
「ぐむっ……!?」
元・王家直属の魔導士。
そんな肩書きを持つ男が、突如として苦しみ悶え……
「なん、だッ……!? これ、はッ……!?」
脂汗を掻きながら、両膝をつく。
「か、回復魔法が、通じな」
紡ぎ出せた言葉は、そこまでだった。
次の瞬間、白目を剥いて、バタリと倒れ伏せる。
「っ…………!?」
ヴラドの顔から、余裕の二文字が消え失せた、そのとき。
「――悪の手に落ちた王剣など、錆び付いて使い物にならぬ」
第三者の声が場に響くと同時に。
闇色の装束と仮面を纏いし存在……ストレンジ・セブンが、ラヴィア達の眼前へと姿を現した。
「ッ……! そ、そうか……! お前が、奴等に与したことで……!」
焦燥を見せつつも、ヴラドは口元に笑みを浮かべ、
「その力量! 私ならばもっと高く――」
ゼルトールからの引き抜きを持ちかける、その最中。
彼は喉を押さえ、悶絶し始めた。
ウイルス性の喉頭炎。それも、重症である。
声を出そうとするだけで激痛が走り、まともに発声することは、もはや叶わない。
そうした状態へとヴラドを追い込んだ後。
ストレンジ・セブンは、次の言葉を放った。
「親の罪は子に報いるという言葉があるが……今回は、その真逆だな」
一歩、ヴラドへと近付き、そして。
仮面の向こう側にある紅き瞳を、妖しく煌めかせながら。
彼は、死刑を宣告するように、断言する。
「貴様の子分は私の家族を傷付けた。これから起きることは、その報いだと思え」
そして彼は踵を返し、ラヴィアとゲルトへ向かって一言。
「後のことは君達に任せる」
カツカツと靴音を鳴らしながら、部屋の出入り口へ向かう彼へ、二人は問いを投げた。
「あんたの手で仕留めなくても、いいの?」
「ここまで連れてきてくれた恩がありやす。お望みであれば、お譲りしますぜ」
これに対し、ストレンジ・セブンは首を横へ振って、
「私にその権利はない。これは君達が始めたことだ。であれば……君達の手で、幕を引きたまえ」
そう口にしてから、姿を消失させる。
「……まったく。とことん、カッコいいわね、彼」
「えぇ。男のオレでさえ……いや、男だからこそ、惚れちまいそうでさぁ」
笑みを浮かべ合った後。
そのままの顔で、二人はヴラドを見た。
どうやら逃げようとしたようだが、彼の力によって足を折られているらしい。
必死に体を引き摺るヴラドの前に、二人は立ちはだかると、
「言い残すことは……あったところで、喋れないんじゃ仕方ないわよね」
「へい。断末魔の方も、地獄で叫んでもらいやしょう」
杖剣の切っ先を、相手方へと向けながら。
ラヴィアとゲルトは、裏社会の存在特有の、恐ろしい笑みを浮かべ――
「あんた等のシマはあたし達が責任持って仕切らせてもらう。だから、あんたは」
「安心して、くたばんな」
そして。
物が言えぬヴラドへ、二人は迷うことも躊躇うこともなく。
杖剣に刻まれた魔法の一撃を、叩き込むのだった――
~~~~あとがき~~~~
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