第二二話 もう一人の自分


 リスティー・エリクシールは、ただの可愛い獣人メイドではない。

 圧倒的な戦闘能力に加え、諜報員としての技量もピカ一である。


 一般的な家であれば、メイドというのは給仕以外の何者でもないだろう。

 しかし我が家におけるメイドの立ち位置は、暗殺の補佐役というもので、それゆえにリスティーもまた様々な技術を仕込まれているというわけだ。


 そんな彼女にルキアーノだけでなく、ゼラトールに関する情報も探ってもらった結果……後者、ラヴィアの組織内に、複数の裏切り者が存在することがわかった。


 さらに。

 彼等は次の集会でラヴィア達をハメて、抹殺することを目論んでいるとか。


 無論、そんなことは絶対に阻止せねばならない。


 ただし、そうするのは俺じゃなくて……もう一人の自分だ。


《オール・エラー》によって実現可能な概念は、極めて多岐に渡る。


 中でも今回、着目したのは……

 これまで当たり前のように使ってきた、細胞増殖。


 この力を以てすれば、人間のガワを作るのも、難しい話じゃない。


 あえて脳を入れず、それ以外の全てを再現した、精巧な肉人形。

 その姿は……十数年後の自分。

 つまり、ラスボスとしてのゼノス、そのものである。


 そんな人形に装備一式を纏われば、もう一人の自分、ストレンジ・セブンの完成だ。


 これは物言わぬ肉人形であるため、自立して動くことは出来ない。

 しかしながら。

 魔法で視界を共有しつつ、遠隔操作することによって。

 俺とストレンジ・セブンは、別々の場所で活動することが可能となる。


 有効範囲は王都全域。

 よって今回は、そこを気にする必要はない。


 ……さて、現在。


「お体の方ですが……どうやら腰が悪いようですね」


 俺は治療院にて普段通りに働きつつ、


「そうだよッ! 全員ッ! こっち側さッ!」


 片目、片耳に、人形の視界と聴覚を共有した状態。

 正直、脳への負荷がかなり強いんだけど……平穏な生活を守るための措置なので、致し方ない。


「はい、では治療に移りますね」


 患者を治しつつ、俺は。

 人形を操って、マフィア達が織り成す修羅場へと、乱入する。


「――――そこまでだ」


 人形に備えられた声帯は、当然のこと、極小生物によって構成されたもの。

 それをこちら側で操ってやれば、人形に喋らせることだって出来る。

 いうなれば、二つの体を一つの脳で動かしてるような感じだな。


「おぉっ!? ぎ、ぎっくり腰が、たちどころにぃっ!?」


 片目で患者の笑顔を見やりつつ。

 もう片方の目で、マフィア共の苦悶を見る。


「うっ……!?」


「ぐぁっ……!?」


 倒れ込み、悶絶。

 そんな様を目にした後、俺は視線を横へずらし……


「間一髪って感じだな」


「えぇ! 先生のおかげで、ほんっと助かりましたわ!」


 いや、あんたのことを言ったわけじゃないんだけど。


 ……とまぁ、コントみたいなことをしている間も、向こうでは状況が進行しており、


「なッ……! 何モンだ、てめぇッ……!」


 ここで「アイム・バットマン」と言わなかった自分を褒めてやりたい。


「私は闇の体現者。貴様等に、恐怖と苦も「すいませぇええええええええんッ! たすけてくださぁあああああああああああああいッ!」


 んもう!

 いま良いとこだったのに!

 台無しだよ、まったく!


「……貴方はどうやら、足を悪くされておられるようですね」


「そうなんだよッ! ちょっとドジってッ! 片足折っちまってさぁッ! ここまで来るのに大変だったよ、マジでッ!」


 今の俺はもっと大変なんだよ。だから静かにしてくれよマジで。


 ……患者の治療をしつつ、金髪マフィアを相手に名乗りを上げる。


「スト「うひょおおおおおおおおおおッ! 噂通りの腕だなぁ! あんたッ!」


 だからうるせぇんだって!

 はよ帰ってくれ! 頼むから!


「ストレンジ・セブン……!?」


 スキップしながら出ていく患者の背中を片目で見据えつつ、もう片方の目で、脂汗を流す金髪マフィアの姿を睨む。


 奴は怯えを見せながらも、マフィアとしての矜持を示すべく、杖剣へと手をやり――


「誰だか知らねぇがッ……! 死ねやぁッッ!」


 抜刀と同時に、向けられた切っ先から光弾が放たれた。

 それはストレンジ・セブンの胴を貫通し、大穴を空けた……わけだけど。


「へ、へへ……! なんだよ、ビビらせやが……って…………!?」


 あくまでも人形なので、何をされても死ぬようなことはない。

 空いた穴も細胞増殖で埋めてしまえば、元通りとなる。


「バ、バケモンかよッ……!」


 これに対し、ストレンジ・セブンは次の言葉を放つ。


「体はな。しかして……心については、貴様等の方がよほど、バケモノと呼ぶに相応しかろう」


 と、良い感じの台詞を返した後、《オール・エラー》を発動し、金髪マフィアも他の奴等と同様に、地面へと転がす。


 そうしてから。

 ストレンジ・セブンの体をラヴィアへと向けて。


「ルキアーノ・ファミリーの、セドラ。この名は君も知り得ているはずだ」


「え、えぇ。相手方の大幹部だもの。知ってて当然よ」


「彼と、その手勢が今宵、病に伏せることとなる。それをどう利用するかは、君次第だ」


「っ……!」


 目を見開くラヴィア。


 よし。

 これで用件も済んだことだし、ストレンジ・セブンは撤しゅ「先生ぇえええええええええええッ! しくったぁああああああああああッ! こ、今度は左足がぁああああああああああああああああああッ!」


「「うるせぇなぁッ!? ついでに両腕もへし折ってやろうか、このアホンダラぁああああああああああああああああああああああああああああああッ!」」


 げっ!

 し、しまった。

 そ、操作ミスって、ストレンジ・セブンにも叫ばせちまった。


「……っ!?」


 そうだよね、驚くよね、いきなりやって来た変質者が、いきなり変なこと叫んだら誰でも驚くよね、うん。


「…………では、さらばだ」


 言い訳の言葉が見つからなかったので、凍り付いた空気から逃がすように、ストレンジ・セブンを撤収させる。


 そうしてから。


「はぁぁぁぁぁぁ…………今後は、もっと気を付けて生活してくださいね」


「おう! ありがとな、先生!」


 歯抜けのオッサンを治療してから、再び溜息を吐く。


 いやはや。


 なんというか。



「……思ってたより大変だなぁ、これ」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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