閑話 裏社会への、降臨
マフィア同士の抗争とは、小規模な戦争と呼んでも差し支えないほどの惨劇である。
誰が、いつ、どんなふうに死ぬのか。
そういった極限状態にあっては、誰もが凶暴化するものだが……
ゼルトール・ファミリーの若き女ボス、ラヴィアの心は、平静を保ったままだった。
それは彼女を支える若頭・ゲルトにしても同じこと。
成すべきを成す。
二人の心には、そうした目的意識だけがある。
そのためにも……
今後、どのように立ち回るべきか。
これについて話し合うべく、ラヴィアは幹部集会を開いた。
ある酒屋の地下に設けられた、簡易アジトにて。
メンバーが出揃ったことを確認すると、ラヴィアはまず一言。
「あんた達……つけられちゃあ、いないでしょうね?」
この問いに対して、真っ先に答えたのは……
逆立った金髪が特徴的な男。
若頭補佐のギークであった。
「当然でしょ。ガキじゃあるまいし、んなミスするかっての」
彼はラヴィアのことを軽んじていた。
あるいは……先代のことさえも。
そんなギークの不遜に、ゲルトが眉根を寄せたが、しかし。
「なら、いいわ。さっそく会議を始めましょう」
静かに立ち上がったそれは、やがて熱を帯びていき、侃侃諤諤としたものへ変じていく。
武器の調達はどうするのか。
敵の数をどうやって減らすのか。
現状の不利を、どう覆すのか。
そうした話し合いの末に。
「…………もうそろそろ、本性を出しても言い頃合いなんじゃないの?」
脈絡のない言葉が、ラヴィアの口から放たれた、次の瞬間。
皆、一斉に沈黙し……
ギークへと視線を集めた。
「…………あ?」
片眉を上げて、怪訝を表明する彼へ、ラヴィアは肩を竦めながら一言。
「今日集まってもらったのはね、これからのことを話し合うためじゃないの」
そう述べてから、ギークを指差して。
「今回の集会は……裏切り者へ、報いを与えるために開いたものよ」
この言葉を受けた瞬間、ギークは、
「……思いのほか、頭が回る嬢ちゃんだったってわけか」
そう口にした彼の顔には、焦燥も諦観も宿ってはいなかった。
むしろ勝ち誇ったような笑みさえ、浮かべている。
「ずいぶんとアッサリ認めるのね?」
「しらばっくれたところで意味ねぇだろ?」
小馬鹿にしたような嘲弄を見せ付けるギークへ、ラヴィアは冷え切った目を向けながら、
「……あんたが、パパの居所をルキアーノに流した。だから、パパは死んだ」
先代は情に厚く、お人好しのきらいこそあったが、それでも筋金入りのマフィアだった。
アジトや住処を一カ所に限定するような愚は犯さず、定期的に居所を変えて、誰からも暗殺されぬよう工夫をし続けていたのだ。
豪放磊落であるが、同時に小動物のような慎重さと臆病さを併せ持つ。
そんな彼が奇襲を受けて暗殺されたとなれば、何者かの裏切りを真っ先に疑うのが、当然の流れというものであろう。
そして事実。
目の前に、その下手人が立っている。
依然として、不愉快な笑みを張り付けながら。
「……最後に聞いとくわ。なんで、裏切ったの?」
「ハッ! それがわかんねぇ時点で言っても無駄だろうけどよ。まぁ、冥土の土産に教えてやんぜ」
堂々と胸を張りながら、ギークは断言した。
「お前の親父はな、マフィアとしちゃあド三流だった。仁義だのスジだの、くだらねぇことばっか気にして、利益の追求には興味ナシ。いったいぜんたい、なんのためにマフィアやってんだって聞いたらよ、あの馬鹿はこう答えやがった」
スラムの皆を守るため。
特に、子供達の未来を、少しでも明るいものにしてやりたい。
それはラヴィアやゲルトからしてみれば、誇らしい父の言葉、そのものであったが。
ギークと、そして。
幹部の半数にとっては。
愚劣な思想以外の、なにものでもなかったのだろう。
「すまんね、お嬢」
「ルキアーノに与した方が、こちらの利になる」
「昔気質のマフィアなど、滅び去るのが必然というものだよ」
杖剣を抜刀し、その切っ先を向けてくる者達へ、ラヴィアと他の幹部達は……
むしろ微笑を浮かべ、
「膿を出すには、うってつけの機会ね」
指を鳴らすと同時に、数多の構成員が地下アジトへ雪崩れ込んできた。
「なっ……!?」
勝者の笑みがギークからラヴィアへと移る。
そうして彼女は、死刑を宣告するように、相手方へと言葉を紡いだ。
「言い残すことがあるなら、聞いてあげてもいいわよ?」
逆転勝利。
そんな確信を胸に抱く彼女へ、次の瞬間。
「……くくっ」
驚愕の表情を瞬時に崩して。
ギーク達は再び、笑い始めた。
「ふっ……! ふくく……! あんたはマフィアじゃなくて、道化をやるべきだったんじゃねぇかな、ラヴィアの嬢ちゃんよ……! まっさか、ここまで期待通りに動いてくれるなんてな……!」
意図が掴めない。
ラヴィアは疑問符を浮かべたが、しかし。
ゲルトは気付いたらしい。
ハメられたのは、自分達であるということを。
「てめぇら、まさか……!」
雪崩れ込んできた構成員達を睨む彼へ、ギークは肯定の意を送る。
「そうだよッ! 全員ッ! こっち側さッ!」
彼の哄笑に合わせて、裏切り者達を始末するはずだった彼等が、今。
抜刀した杖剣を、ラヴィア達へ向けた。
「ッ……!」
幕引き。
それを察したラヴィアは一瞬、唇を噛んだが、
「……いいわ。やりなさいよ」
弱冠一五才でありながらも、組織の頂点に立つ身。
敬愛する父と、同じ立場。
であれば。
父と同じように、堂々と胸を張って、死んでやろう。
「……お供しやす、お嬢」
ゲルトもまた、潔い顔で死を受け入れていた。
そんな二人の姿に感化されたのか、怯えを見せていた味方幹部達も、覚悟を決めたらしい。
皆、真っ直ぐな目で、己の未来と向き合う。
そんな彼等に対し、ギークは舌打ちして、
「ケッ……! さっきまでは楽しかったが……最後は、つまんねぇ終わり方だったな」
ギークが指を鳴らすと同時に。
構えられた杖剣が、ラヴィア達を――
「――――そこまでだ」
腹に響くような重低音。
第三者のそれが耳に入った、その瞬間。
「うっ……!?」
「ぐぁっ……!?」
今まさにラヴィア達を抹殺せんとしていた構成員達が、全員、一斉に倒れ込んだ。
「ッ…………!」
驚愕。
目論見を潰されたギークだけでなく、救命されたラヴィア達もまた、皆一様に目を見開いて……
闖入者へと、視線を集中させる。
まるで闇から湧き出たかのように、突如として顕現した、第三の存在。
大柄な肉体に闇色の装束を纏い、素顔を恐ろしい仮面で覆い尽くす。
そうした姿は、出現の仕方も相まって、なおのことギーク達の畏怖を煽り……
「なッ……! 何モンだ、てめぇッ……!」
脂汗を浮かべるギークへ、彼は冷然と受け答えた。
「貴様等に、恐怖と苦悶を与える者」
口にするや否や、仮面の向こう側にある真紅の瞳が、怪しく煌めいて。
次の瞬間、彼は宣言する。
裏社会への降臨を、表明するかのように。
「私は闇の体現者――――
~~~~あとがき~~~~
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