第二一話 よし、あいつら潰そう


 スラム生活二日目にして。

 早くも、うんざりするような洗礼が襲い掛かってきた。


「ゴルムッ! おい、起きろよッ!」


「ゴ、ゴルムにいちゃん……!」


 スラムって環境は弱肉強食を極めていて、だからこそ。

 年端もいかない子供達は常に、食われる側へと回ってしまう。

 このゴルムという少年も、そういった哀れな子供達の一人、なんだろうが。


「セブルス。ちょっと、退いてくれないか」


「あ、兄貴……?」


 この不愉快なシステムを定めたのが、たとえ全知全能の神だったとしても。

 そんなものを受け入れるつもりは、毛頭ない。

 むしろそれを否定し……エラーを起こしてやる。


「確かに酷い損壊だけど、腐敗してないなら、たぶん」


 見るも無惨な亡骸へ、俺はラヴィアの側近にして若頭、ゲルトへ行った措置と同じ方法を試してみた。


 欠損した部位と損壊した場所を元に戻し、小綺麗な死体へと変えた後。

 脳を、入れ替える。


 と、次の瞬間。


「う、うぅ……」


 ゴルムという名の少年が、目を覚ました。


「うぉおおおおおおおおおっ!?」


「え……? ゴ、ゴルム、にいちゃん……?」


 どうやら、《オール・エラー》で治すことが出来る死者の状態というのは、けっこう融通が利くらしいな。


 ゲルトのときよりも遙かに酷い亡骸だったんだけど、見ての通り、復活させることが出来た。


「あ、兄貴が、やったん、だよな……!?」


「うん、そうだね」


「す、すごい……! ゼノスのあにき、マジすごい……!」


 感涙に咽び泣く兄妹を尻目に、俺は地面に横たわるゴルムへと手を差し伸べ、


「立てる、よな?」


「……ウス」


 短い返事を口にしてから、こちらの手を取って、立ち上がる。


 おそらく彼はセブルスと同年代、なんだろうけど。


「デ、デカいな、君」


「ウス。恐縮です」


 ゴルムは年端もいかぬ少年でありながら、成人男性以上の巨体を誇っていた。


 ……だからこそ、ターゲットにされたのだろうか。


「なぁ、ゴルム。いったい君に、何があったんだ?」


 この問いかけに対し、セブルスが代わりに答えた。


「ルキアーノの、人狩りだよ……!」


「人狩り?」


「あぁ……! あいつら、スラムの子供を狩りの対象にして、遊んでやがるんだ……!」


 ずいぶんと胸くその悪い話だな。

 無意識のうちに、俺は拳を握り固めていた。


「な、なぁ兄貴! ゴルムの奴もさ! 世話してやっちゃ、くれねぇかな!?」


「お、おねがいだよ、あにきっ!」


 ここで断るような人間は、まさに鬼畜そのものであろう。

 当然、俺は彼等の要求を飲むことにした。


「あぁ。ゴルムさえよければ――」


 と、言葉を紡ぐ最中。


「ッ……! ゼノス様ッッ!」


 そのとき。

 リスティーが緊迫した声を放ち……

 こちらへぶつかって、突き飛ばしてきた。


「っ……!」


 唐突な行動に困惑する暇もなく。

 次の瞬間には。

 リスティーの全身に、なんらかの液体が、降り注いだ。


「くぁッ……!」


 おそらくは硫酸か、それに近似したモノだろう。


 小さな悲鳴を上げた彼女の衣服が、素肌が、美貌が。

 ドロドロと、溶けていく。


 そんな姿を目にして、俺は。


「……リスティー」


 全身が勝手に震え出し、そして。


「チッ……! 邪魔しやがって、クソアマがッ……!」


「おい、もう一発行くぞッ!」


 下手人。

 昨日、治療院にやって来た、ルキアーノの連中。

 そんな彼等へ、俺は。



「――――後悔させてやるぞ、虫ケラ共」



 口から出た言葉は、俺の意思であると同時に。

 ゼノス・ファントムヴェインの意思を、表明するものでもあった。


「ぐぁッ……!?」


「ぃぎッ……!?」


 新たに硫酸が降り注ぐよりも前に。

 下手人全員の神経系をズタズタにして、身動きが取れない状態にすると。


「――人間が味わえる、最大限の痛みというものを、教えてやろう」


 もう、自分が喋っているのか、ゼノスが喋っているのか、わからない。


「ひぃっ!?」


「か、勘弁してくれよッ! オレ達ゃ、ボスに言われて仕方なくッ……!」


「お、親の命令にゃあ、逆らえねぇんだよぉッ!」


 どうでもいい。

 こいつらの都合など、どうでもいい。

 俺はただ、激情に身を――


「おやめくださいッ! ゼノス様ッ!」


 ――脳裏に浮かんだそれを実行する、直前。


 リスティーの鋭い声が、耳朶を叩いた。


「こんな、ことで……! ルールを破っちゃ、ダメですにゃ……!」


 何を言われようとも。

 憤怒と殺意が消えることは、ない。

 だが、しかし。


「……《オール・エラー》」


 相手方の状態を元のそれへと戻し、それから。


「一〇秒以内に失せろ。次に顔を見たら殺す」


 俺がゼノスを。

 あるいは、ゼノスが俺を。

 抑え込んだ。


「……ごめんな、リスティー。君のことを、優先すべきだった」


 少しずつ冷静さを取り戻しながら、俺は彼女の傷を癒し……

 そして、疑問符を浮かべる。


「ん……? そんな、入れてたっけ……?」


 硫酸によって溶け消えた衣服の一部。

 そこから覗く素肌に、見慣れない刺青が刻まれていた。


「い、いえっ……これは、その……」


 なぜだか、妙に慌てた調子のリスティー。

 そうして彼女は、そこを隠すように手で覆いながら、


「こ、これは……生まれつきの、アザ……ですにゃ」


 彼女曰く、見苦しいものなので、普段は魔法で隠しているとか。

 それが硫酸を浴びたことによるショックが原因となり、露見してしまったとのこと。


 ……まぁ、気にはなるけど。

 あからさまに、地雷なんだよな、これ。


 リスティーの表情を見ればわかる。

 そこに触れたら確実に、俺達の関係性は悪化するだろう。


 であれば。

 疑問を捨て去り、別の物事へと思考を集中させるべき、か。


 実際のところ、リスティーのアザ云々よりも大事なことがあるしな。


「……セブルス」


「は、はい、兄貴」


「ルキアーノ・ファミリーが潰れれば……君達も少しは、生きやすくなるんじゃないか?」


「えっ? そ、そりゃあ、まぁ、ルキアーノが消えりゃあ人狩りに怯えなくてもいいし……ゼルトールがスラム全体を仕切ることになるだろうから、今よりもずっとマシになるんじゃねぇかな」


 なるほど、なるほど。

 二大巨頭の抗争はやはり、ゼルトール……つまりラヴィアの組が勝者となった方が、極めて都合がいいってわけか。


 そうした理由に加えて。

 ルキアーノのクソッタレは、俺の家族に傷を付けやがった。


 当初は裏社会の連中同士で勝手にやっててくれと、そう思っていたんだけど。


「うん、よし。潰すか、ルキアーノ」


 この発言にセブルス達は一斉に、


「「「えぇっ!?」」」


 無骨なゴルムさえも、目を見開いて驚いた。


「い、いや、でも……ゼノスの兄貴なら……!」


「んん? いやいや。俺は何もしないよ?」


 ゼノス・フェイカーはしがないスラムのお医者さんであって、マフィアを潰せるような力なんて持っちゃいない。

 だが、その一方で。


「俺には怖い知り合いが居てね。そいつにやってもらうことにするよ」


「そ、そうなんスか……!」


「さすがゼノスのあにき……! かおが、広い……!」


「すげぇっス、兄貴」


 いつの間にかゴルムまで兄貴呼びになっていた。

 まぁ、それはともかく。

 先刻の発言は、


「……ストレンジ・セブンの出番ってことにゃ? ゼノス様」


 小声で問うてきたリスティーに首肯を返しつつも、


「あぁ。ただし、前回やったような方法で動くつもりはない」


「にゃ?」


「俺とアイツが同一人物であることがバレないような策をね、思い付いたんだよ」


 今回の一件で、否が応でも、ストレンジ・セブンの名は裏の世界に広まることになるだろう。

 結果として、マフィア連中に命を奪われるようなことになるかもしれない。


 そんなとき、こちらへ矛先が向かぬよう……

 アイツと俺は別人であると、誰もが思い込むような仕掛けを、施すことにした。


「具体的に、どうするのにゃ?」


「簡単だよ。俺とアイツが同一人物とみなされないためには――」


 ニヤリと笑みを浮かべながら。

 俺は、その答えを口にする。



「――――もう一人の自分を、創ればいいのさ」

 





 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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