第二〇話 スラムでの生活
治療院の二階は居住スペースとなってはいるが、いかんせんスラムに建築された建物であるため、特に広々としているわけではない。
また部屋数も二つしかなく、一つは客間として扱っているため、必然的に、俺とリスティーは同室ということになっている。
また、ベッドはダブルサイズのそれが一つしか配置されていなかったので、俺達は同衾することとなり……
朝。
俺は柔らかな感触を味わいながら、目を覚ました。
どうやら眠っている最中、リスティーに抱き締められていたらしい。
ゆえに今、俺は彼女の豊満なおっぱいに顔を埋めた状態となっている。
……なんとも不思議な心地だ。
爆乳の感触と体温に興奮を覚える一方で。
きっとゼノスの記憶が影響しているのだろう。
リスティーに対して、母を想う子供のような感情が湧き上がってくる。
……まぁ、実母はアレだもんな。
我が子を将来の好敵手としか認識していない、元・殺人鬼の変態。
よしんば彼女の内側にこちらへの愛があったとしても、それは実に歪んだものだろう。
だから実母であるイリアのことを、心の底から敬愛する母と呼ぶのは、ちょっと難しい。
その反面。
リスティーは物心付いた頃からゼノスの傍に居て。
あるときは姉のように接し、またあるときは母のように接し……
「むにゃにゃ~。ゼノス様ぁ~、その魚はウチのオカズにゃ~」
またあるときは、妹のように愛らしい。
そんな彼女のことを、ゼノスは。
そして、俺は。
本物の家族として、愛しているのだ。
――さて。
起床後、俺とリスティーはセブルス達の部屋へと足を運んだ。
「二人とも、ぐっすりだな」
「にゃ~。サリアちゃんは風邪だったから当たり前として……」
「あぁ。セブルスも、色んな意味で疲れ果ててたんだろうな」
きっと妹を救うために、方々駆けずり回っていたに違いない。
そこに加え、普段の生活レベルの低さもあるのだろう。
ちゃんとしたベッドで眠るといった当たり前が、彼にとっては特別なことだとしたなら。
「……朝食の支度が出来るまで、寝かせてやろう」
「にゃにゃ~。やっぱりゼノス様はお優しい方だにゃ~」
それから。
リスティーを手伝いつつ、朝餉を用意して。
二人を、起こしにいく。
「ん、むぅ~……」
「起きろ、セブルス。朝食だ」
「んぁ……? あぁ、兄貴、か…………えっ? 朝食?」
セブルスは飛び起きた後、サリアの体を揺すり、
「おいサリア! おい!」
「んん~……」
「メシだぞ、メシ!」
「えっ? ご飯?」
どうやら妹ちゃんは、抗生物質を投与して一晩寝たことにより、だいぶ元気になったらしい。
高熱で死にそうだった彼女は軽やかに起き上がって、
「ゼノスのあにき! おはようございます!」
にへら、と。
愛らしい笑みを浮かべながら挨拶をしてくる。
そんな二人と共にキッチンへ赴き、傍に置かれたテーブルへ着くと、
「き、昨日の夜も、思ってたことだけど……!」
「こ、こんなごちそう、タダで食べさせてくれるだなんて……!」
こちらからすると、どうということもない朝餉だが、彼等にとっては煌めくような御馳走に見えるらしい。
……スラムの子供達がどういう環境で生活しているのか、察するには十分な反応だな。
「遠慮せずに食え。なんなら、おかわりもあるぞ」
「えぇっ!?」
「ゼ、ゼノスの兄貴は、やっぱり聖者様だぜ……!」
咽び泣きながら朝食を掻き込む二人。
……治ったら追い出すつもりだったんだけど、こりゃあしばらくは同居することになりそうだな。
そんなこんなで朝を終えた後。
俺は治療院の営業を開始した。
客足はまぁ、かなり少ない。
開設してすぐということもあるのだろうけど……そもそもの問題として、
「悪ぃんだけど、さ。カネ、ねぇんだよなぁ……」
とまぁ、腹痛を訴えてここへやって来た彼のような人間が、スラムじゃ大半を占めているだろう。
治療費を払えないなら、治療院があろうとなかろうと同じこと。
ゆえに客足が少ないのも当然であろう。
だが。
俺はある意味、趣味で治療師をやっているところがあるので。
「お金は必要ありません」
「えっ?」
「お気持ちがあるのなら、支払える分だけ支払っていただきたいところではありますがね」
「……マジ? あんた、マジでカネ、取らねぇの?」
「えぇ。さる御方より資金援助を受けておりますので。……ただ、もし無料で世話を受けたことに、少しでも罪悪感を抱いておられるなら」
知り合いとかにキッチリと宣伝せぇや、と。
そんな文言を口にしたところ。
「……あぁ、わかった。周りの連中に、しっかりと伝えとくよ。聖者様の生まれ変わりが、治療院開いた、ってさ」
その後も、彼のような客が何人かやって来ては、
「変な人だなぁ、アンタ」
とか。
「なんか企んでんじゃないの?」
とか。
「獣人の彼女を嫁にくださいッ!」
とか。
十人十色な反応を示して、帰って行った。
「ふぅ……そろそろ、昼にするか」
休憩を取り、昼食を、というところで。
「なぁセブルス、サリア。なんか食べたいものって、あるか?」
「えっ……? い、いや、それは……」
「た、食べさせてもらえるなら、な、なんでも……!」
無欲な二人に微笑を返しつつ、俺は次の言葉を投げた。
「遠慮しなくていいよ。俺が二人の世話をする以上、ここに来て良かったと思ってもらいたいし」
「ゼ、ゼノスの兄貴……!」
「いっしょう、ついてくっス……!」
やっぱり良いリアクションするなぁ、この兄妹。
これが見たくて甘やかしてるんだよね、実のところ。
「で、何が食べたいんだ?」
「え、えっと、その」
「ス、ステーキ、とか……?」
「バッカ、お前! それは欲張り過ぎ――」
「いや、いいよ。今日の昼はステーキにしよう」
「「えぇえええええええええええええっ!?」」
いやぁ、本当に面白いな、この兄妹。
「いいよね? リスティー」
「もちろんですにゃ」
というわけで。
俺達は治療院を出て、買い出しへ。
スラムの只中を歩く最中、ふとセブルス達の顔を見やると……
さっきまでの喜悦はどこへやら、周囲へ鋭い視線を配り、常に警戒を続けている。
そういった様子を目にすると、改めて実感するな。
ここは外観通りの、危険地帯なのだと。
……なんとかしてやりたいという気持ちはあるけど、しかし、何をすればいいのかもわからない。
ちょっとした苦悩を抱えつつ移動し……精肉店へ到着。
スラムの肉屋なだけあって、いずれも質はよろしくない。
その代わりに極めて安価、ではあるのだけど。
「マ、マジかよ……!」
「こ、こんな高いお肉が、食べられるだなんて……!」
なんかもう、面白いを通り越して泣けてきた。
スラムの子供全員は無理だけど、せめて、この子達だけは甘やかしてやろう。
そんなことを思いつつ肉を買って、帰路へとつく。
――その最中。
「あっ」
不意にセブルスが声を上げて。
道端へと、駆け寄っていく。
果たして。
彼が向かった先に、あったのは。
「ゴルムッ!」
あまりにも凄惨な……
子供の、亡骸だった。
~~~~あとがき~~~~
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