第一七話 死者を治す


 大柄な男を治療院の中へ運び、寝台に載せる。

 そうしてから……俺は壁際へと、目をやった。


 長椅子に腰を落ち着けた牛角族の少女。

 彼女は自らの艶やかな黒髪をくしゃくしゃと掻き回し、


「クソクソクソ……許さない許さない許さない……あいつら絶対、ブチ殺してやる……」


 呪詛の言葉を吐く彼女の目には、何者かへの強い憎悪が宿っていて。

 その様子から察するに、彼女自身、心の奥底では理解しているのだろう。


 自分の連れはもう、手遅れなのだと。


 ……実際問題、無理に決まっている。


 患者である大男は全身に重傷を負っていて。

 なんらかの魔法を受けたことが原因か、胸に大穴が空いている。

 当然ながら、息はしていない。


 つまり、完全に、死んでいるのだ。


 これをどのように治すのかと言えば……

 まずは損傷の全てを再生する。


 複数箇所の骨折。随所に見受けられる裂傷。

 そして穿たれた胸部と、失われた心臓に至るまで。

 これ自体は《オール・エラー》による細胞増殖で、どうとでもなる。


 問題なのは、ここからだ。


「……さて、上手くいくかどうか」


 現状、彼の容態というのは、小綺麗な死体である。

 血流、呼吸、代謝など、生体機能の全てが停止し、再起動することは永遠にない。

 そうした道理を無碍にする方法が一つ、あるとしたなら……


「《オール・エラー》」


 透過の魔法を用いて、彼の脳を見つめつつ、スキルを発動。

 それから、しばらくして。

 俺は……

 神が創り上げた人体のシステムに対し、エラーを起こすことに成功した。


「う、む……?」


 大男が、目を覚ます。

 と、次の瞬間。


「ゲ、ゲルトっ……!?」


 牛角族の少女が反射的に立ち上がり、そして。


「ゲルトォオオオオオオオオオオっ!」


 大粒の涙を零しながら、上体を起こした大男へ飛び付いた。


「お、お嬢……? オレぁ、くたばったんじゃ……」


 そうだね。死んでたね。完璧に。


「……ゼノス様ゼノス様」


「なにかなリスティー」


「さすがに今回はアレにゃ。称賛通り越してドン引きにゃ」


「うん。ぶっちゃけ自分でも引いているよ」


 マジで成功するだなんて、欠片も思ってなかったんだよな、実際。


「いったいぜんたい、何をしたのにゃ? ゼノス様」


 リスティーの問いに対して、俺は自らの側頭部を指で突きながら、


「ここの中身をね、まるっと全部、入れ替えたんだよ」


 極小生物を頭部の内側へ送り込み、脳を破壊すると同時に、壊した部分を再生……いや、する。


 その結果。

 機能しなくなった脳を、機能する脳へと、入れ替えることが出来るかもしれない、と。


 そんな妄想をしていた、わけだが。


「まさか、妄想が現実になるとはね」


 ぶっちゃけもう、理屈とかわからん。

 ファンタジー万歳としか言いようがないね、うん。

 ……まぁ、とにもかくにも。


「よかった……! 本当に本当に、よかった……!」


「お嬢……すいやせん、心配、かけちまって」


 自らの所業で救われた者が居る。

 今は、その喜びを素直に噛み締めよう。


「…………ん?」


 ふとドアの方へと目をやると、そこには新たな客が立っていた。

 今の俺と同年か、あるいはさらに年下の少年である。

 痩せ細った彼は、一人の幼女を背負っており、


「た、助けてくれよっ! 妹が、死にそうなんだっ!」


「うん。じゃあ、その子を寝台へ」


 大男が独占している、その真横の寝台へと、少年は妹を乗せて、


「なぁ! 早く治療師の先生を――」


「俺がその治療師だよ、少年」


 目を丸くする彼を捨て置いて、幼女の現状を検める。

 ……特別な病じゃないな。

 ただ風邪が悪化して、高熱が出ているというだけ、だが。

 まぁスラムの人々からしてみれば、単なる風邪も、死に直結するほどの病ではある、か。


「《オール・エラー》」


 抗生物質と同じ性質を付与した極小生物を、体内へと送り込む。

 回復魔法による治療であれば一瞬で治せるのかもしれないが……

 風邪のような軽症が相手だった場合、患者の自然治癒力を頼るしかない。


「おい少年、この子が治るまでウチに寝泊まりしろ。いいな?」


「えっ……? い、いいのかよ、そんな……」


「あぁ。貴重品は厳重に保管してあるし、特別、大きな問題もない」


 こちらの申し出に、彼は涙を浮かべ、


「あ、ありがとう……! 本当に、ありがとう……!」


 べそを掻き始めた彼に、俺は肩を竦めた。

 さすがスラムといったところか。この程度の優しさすら、感涙に値するとは。


「…………あんた、何者なの?」


 牛角族の少女が怪訝な顔をして、問い尋ねてくる。


「死者を蘇らせるわ……小汚いスラムの子供を、快く受け入れるわ……そんなの、まるで」


 聖者様じゃないの、と。

 そんなことを呟く彼女へ、俺は溜息を吐きつつ、


「いいえ。俺は聖者なんかじゃありません」


 なんらかの利益を求めるなら、自分は聖者の生まれ変わりだとか、そんなふうに言うべきところだけど。


 俺が求めているのは、富や名誉じゃない。

 むしろある意味じゃ、その真逆かもな。


 ラスボスとしての運命を拒絶し……普通に幸せな人生を送る。

 そのためにも。

 俺は、次のように嘯いた。



「――しがないスラムのお医者さん。我が身は、それ以上でも以下でもありません」

 

 




 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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