第一六話 確かにさぁ! 場所を指定したわけじゃ、ないけどさぁ!


 どのような世界であれ、貧困というものは厳然として存在する。

 それはラタトスク・ファンタジアの世界においても例外ではない。


 貧しさは人を凶悪にさせ、平然と他者を傷付けるようになる。

 そういった者達を、国は救おうとせず……


 むしろ、臭い物に蓋をし続けていた。


 国の上層部は貧困層や被差別民族を一定の土地へと押し込んで、「後はもう知ったことか」とばかりに放置を決め込んでいる。


 ゆえにこの土地は、王都の只中にありながらも、治外法権のような状況へと陥っていた。


 誰がどのような罪を犯し、いかなる死に様を迎えようとも、国は一切の関与を行わない。


 となればもはや、そこは地上世界の地獄となろう。



 ……俺が今、身を置いている土地は、そういう場所だった。



 王都第三区画。

 通称・ヘルズキッチン。


 狂気と暴力に満ち満ちた、この地獄こそが……

 ナターシャから贈られた治療院の、所在地であった。


「……なんでやねん」


 昼下がり。

 がらんどうな治療院の只中にて。

 俺は天井を仰ぎ見ながら、呟いた。


「自分が畳んだ治療院を贈ればいいじゃん……なんでわざわざスラムなんかに……」


 意図が読めない。

 これはもう、あれか? 嫌ってんのか? 俺のことを。


「にゃにゃ~。けどゼノス様は、固辞しなかったにゃ。ってことは、ちょっとばかしはやる気があるってことなんじゃにゃいの?」


「……まぁ、さんざん悩んだところではあるんだけどね」


 個人的な感情を言わせてもらえば……

 こんな物騒なところに住みたくはないし、営業なんてもってのほかだ。


 しかしながら、合理的に考えてもみると……

 現状は最悪ってわけじゃない。


「治療院を自費で開設する場合、かなりのカネが必要になるんだよな」


 王都の物件はいずれも、馬鹿かと叫びたくなるほど高額である。

 冒険者として最高効率の金策をしたとしても、目標金額へ達するまでに一年近くを要するだろう。


 俺にとって治療院の開設はスタートであってゴールではない。

 その段階に一年近くを費やすぐらいなら、劣悪な環境であろうとも我慢した方がいいのではないかと、俺はそんなふうに結論付けた。


 さらに、付け加えると。


「んだオラ、ぼけぇッ!」


「あぁ!? ぁんのか、ゴラァ!」


 外から絶え間なく飛んでくる、バイオレンスな調べ。


 ここでは死傷者が絶えず発生しているため、客に困ることはないだろう。


 スラムでは唯一の治療院であるため、競合を意識する必要もない。


「とまぁ、合理的に考えると、ここは悪い物件じゃないんだろうけど……」


 性に合わないんだよなぁ……


 もうここだけ世界観が違うんよ。

 剣と魔法のファンタジーじゃなくて、アングラモノの世界なんよ。


 そこがまぁ、ほんっとにつらい。


 小市民の俺としては、極力避けたい人種の宝庫である。


 そして。

 スラムに居る限り。

 裏社会の連中と関わり合いにならぬよう立ち回るのは、不可能というもので。


「オラァッッ!」


 怒声と共に破壊音が響き渡る。


 それがウチに関係ないものだったらよかったんだけど……

 実際は、ヤーさん連中が治療院のドアを蹴破った音だった。


 そして彼等はこちらに対し、予想通りの言葉を投げてくる。


「誰の許可貰って商売しとるんじゃワレェ!?」


 なんとも、まぁ。

 コッテコテすぎて逆に笑えてくる。


「ここいらで商売したいなら、ワシ等ルキアーノ・ファミリーに儲けの七割は納めてもらわんとのう」


 ショバ代請求まで来ちゃったよ。


 テンプレってレベルじゃねぇぞ。


 ……とまぁ、ここまでは笑って済ませてやれたんだけど。


「おう、そこの姉ちゃん!」


「オメーはワシ等と来いや」


 ヘルズキッチンは貧民と被差別民族の寄せ集めであるため、魔族に対するヘイトなどとというものはない。

 だから彼等は、リスティーに対して下卑た目を向けながら、


「まずはワシ等で味見と行きましょうや兄貴」


「おう。その後は……」


「へい。あんだけの上玉なら、ウリに出しゃあかなり稼げまっせ」


 輪姦した後に風俗落ちさせる、と。


 うん。

 よし。


 こいつらには容赦しなくてもいいな。



「――《オール・エラー》」



 厳つい顔した連中の体内へと極小生物を送り込む。

 と、次の瞬間。

 バキバキバキッと音を立てて。

 彼等の両足が、へし折れた。


「「「ぎぃあああああああああああああッ!?」」」


 極小生物は特定の性質を付与するというだけでなく、ある程度の攻撃を行うことも出来る。


 俺はその力で以て、彼等の大腿骨へと極小生物を送り込み……

 自重を支えることさえ出来なくなるほど、中身をスッカスカにしてやった。


「いやぁ~、ヤクザの定番だよな。骨折れたやないか! どうしてくれんねん! ってのはさ」


「にゃ? そんな定番、初耳なんにゃけど」


 リスティーのことをあえて無視しながら、俺は彼等のもとへ赴き、


「大変そうですねぇ、皆さん。大腿骨が粉々になってますよ?」


「う、ぐぐ……! な、何を、しくさりよった、きさん……!」


 平常であれば魔法などをブッ放してくるところだろう。

 しかし魔法というのは精神集中のレベルが低いと、そもそも発動が出来ない。


 今の彼等は激痛を味わっているため、当然ながら、精神集中など不可能である。

 よって、相手方は誰もが、無力な状態へと陥っていた。


「さて。ここに腕の良い治療師が居るわけですが……有りガネ全部差し出せば、治療してあげてもいいですよ?」


「あぁッ!? なに舐めたこと――ぅぉおおおおおおおおおおおおッ!?」


 瞬間、全員の腹がゴロゴロと鳴り始めた。

 これもまた《オール・エラー》によるもので。


「ぐ、がぁ……!」


「は、腹が、痛ぇ……!」


 いやぁ、地獄だろうね。

 腹痛を気にして少しでも身動きしようもんなら、折れた足が激痛をもたらす。

 その痛みで腹が……というか、肛門が限界へと突き進み、


「マフィアの皆さんなら、メンツというものが如何に重要であるか、重々承知しておられるものと存じます。さて……そんな皆さんが、いい歳こいてデカいのを漏らしたとなれば……果たして、このヘルズキッチンで商売が続けていけるんですかねぇ?」


 ニッコリと微笑んでみせると。


「わ、わかった……!」


「カ、カネは払うッ! せやから……」


「は、はよ治してくれぇええええええええええええッ!」


 とまぁ、そんなわけで。

 ちゃんと治してやった後。


「ようやってくれよ――――うげぇええええええええええええッ!?」


 同じやり取りをワンセット繰り返した結果。


「お、覚えとけよ……!」


「い、いずれ、ルキアーノ・ファミリーの恐ろしさを、味わわせたるわ……!」


 と、わっかりやすい捨て台詞を吐いて、どこへなりと消え失せた。

 もちろん、有り金は全部いただいたわけだけど。


「チッ、しけてんな……! ドアの修理代にしかなんねぇじゃねぇか……! もっと揺すりゃよかった……!」


「にゃにゃ~。ゼノス様、早くもスラムに馴染んできたにゃ。さすがの適応力にゃ」


 戦利品を検めた後、俺は蹴破られたドアの状態を確認すべく、出入り口へ。

 すると、次の瞬間。


「た、助けてちょうだいっ!」


 半開きとなったドアの先から、少女の悲痛な声が飛んでくる。

 何事かと思い、ドアを開けてみると……

 そこには、修羅場があった。


「あ、あんた! 治療師、なんでしょ!?」


 牛角族と思しき魔族の少女が、涙を流しながら、叫ぶ。


「彼を、治してちょうだいっ!」


 果たして、彼女が指差した先には、一人の大柄な男性が横たわっていた。


 そちらへ駆け寄ってみると……


「これは、もう」


 次の言葉を俺は、あえて飲み込んだ。


 普通に考えれば、不可能なことだが。

 しかし、試してみないことには、わからない。


 そう……

 目の前に横たわるを、治す。



 そのアイディアは間違いなく、我が脳裏に浮かび上がっていた。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


 拙作を少しでも気に入っていただけましたら、☆とフォローを

 なにとぞよろしくお願い致します!


 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る