閑話 聖女の超絶過大評価
呪いが解除され、健常となったナターシャは、王へ現場復帰を嘆願し、すぐさま認可を受けた。
ゆえに現在。
晴天の下、ナターシャは甲冑を纏いて馬に騎乗し、街道を進み続けている。
その背後には手勢の騎士団、およそ二〇〇〇。
誰もがナターシャに絶対の忠義を誓う、屈強な精鋭達である。
そんな一団の目的地は当然のこと、最前線……と、行きたかったところだが。
実際はハルケギア亡き後の、レスタニア地方である。
首魁を失った後も敵軍は抵抗を続けているとのことで、ナターシャはその掃討戦に加わることとなった。
「過保護、ですわね、お父様も」
父である国王の姿を思い浮かべながら、ナターシャは唇を尖らせた。
そんな彼女のすぐ隣で。
従者たるイザベラは、苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「さしもの陛下も、病み上がりの殿下を最前線に投入するほど、冷徹にはなれぬということでしょう」
当代の王は根っからの合理主義者であり、そうだからこそ、ナターシャは姫騎士という名目で、国防の任務に就けている。
王からしてみればナターシャは迫り来る魔王の軍勢をせき止める、重要な駒の一つ……ではあるのだが。
しかし彼もまた人の子。
やはり娘への情を、完全に捨て切ることは出来なかった。
「まずは残党処理を行う事で、ブランクを埋めよ、と。そういった配慮でございましょう」
これに対してナターシャは、不満を抱いていた。
「わたくしの技量が、ちょっとやそっとのブランクで錆び付くはずもありません。それはお父様とて、理解しているでしょうに」
自らがすべきことを淡々と実行する。
私情を挟むことなく、完璧に。
ナターシャにとって王の理想像とはまさにそれであり……
だからこそ。
彼女は、こんなことを考えている。
「ゼノス様……彼が王になってくだされば、我が国も安泰、なのでしょうが……」
果たしてナターシャは。
盛大な、勘違いをしていた。
「ふむ。やはり殿下は、彼のことを」
「えぇ。伝説の聖者様の生まれ変わりであると、そのように信じておりますわ」
セラスティア王国に伝わる、いくつもの逸話。
その一つに、聖者伝説というものがあった。
遙か昔、乱れに乱れた世を正すため、神が遣わした完全なる存在。
彼の手によって王国は存亡の危機を乗り越えたと伝わるが……
しかし。
かの聖者は己が真名を決して口にはせず。
一切の報酬を受け取るようなこともなく。
使命を果たした後は、人知れず、どこかへと消え去ったという。
その在り様こそまさにナターシャの理想像であり……
ゼノス・フェイカーは。
いや。
ゼノス・ファントムヴェインは。
ナターシャにとって、理想的な存在、そのものであった。
「色々と調べていただいた結果、わかったことですが……やはり彼は、平民ではありませんでした」
「と、言いますと?」
「ゼノス様は、暗殺貴族……ファントムヴェイン家の、末っ子だったのです」
イザベラは表情を硬くした。
かの公爵家は良くも悪くも、名が通っている。
国家の大黒柱にして……陰の支配者。
そのような認識を抱いているがために、イザベラのような凡人は暗殺貴族の家名を聞いただけで、妙な胸騒ぎを覚えてしまう。
「そう、か。ゼノスはかの公爵家の……」
彼が有している絶対的な能力は、そこに由来するものだったのかと、イザベラは得心する。
だが、その代わりに。
新たな疑問が、湧き上がってきた。
「ゼノスは現在、フェイカーと名乗っていることからして……ファントムヴェインからは出奔したということでしょうか?」
「さて。そこまではまだわかりませんが……いずれにせよ、彼は殺戮の徒ではなく、隠者としての道を選択したのでしょう。そうでなければ、御当主のお膝元から離れるはずもない」
ここまでは、大正解。
だが。
ここからが、盛大な勘違いであった。
「聖者の生まれ変わりであるゼノス様は、かの御家では使命を果たせぬと考えたのでしょう」
「使命、ですか?」
「えぇ。かの御方は、殺戮の上に成り立つ平穏を否定し……救済による恒久平和を目指しているに違いありませんわ」
もし、ゼノスの中に宿っていた彼が、「致し方ない殺人であれば犯しても良い」といった調子で、行動原理をブレさせていたのなら、きっとこのような勘違いに至ることはなかったろう。
しかしなまじっか、信念をブレさせなかったがために。
「命を奪うことなく。称賛や利益を受け取ることもなく。隠者として、ただひたすらに救済の道を邁進する。……まさしく、聖者様の所業ですわ」
真実を知る者からしてみれば、「そんわけないじゃん」の一言、だが。
何も知らぬイザベラが、主人の言葉を疑うはずもなく。
「フッ……であれば、わたしの密やかなプロポーズも、無碍にされて当然ですな」
食卓で口にしたあの言葉は、彼女の真実だった。
それをジョークとして処理したのは、ゼノスの中に宿る彼の落ち度ではあるが。
不幸中の幸いか。
イザベラの心は未だ、折れてはいなかった。
「手が届かぬ恋ほど、強く燃え盛る。……貴女様も、そうでしょう? ナターシャ様」
「ふふ。さて、どうでしょうね」
自らの想いを胸に秘めつつ、彼女は別の話題を切り出した。
「……件の物件は、気に入ってくださったかしら」
「ふむ。常人であれば、思わず絶叫するような立地でしょうが……ゼノスであれば、むしろ好都合だと笑うでしょうな」
ナターシャは彼に対し、治療院を贈与した。
しかし、それは。
彼女が一介の治療師、ナタリアとして利用していた物件、ではなく。
「わたくしが、己の不出来ゆえに見捨てざるを得なかった土地。しかしながら……ゼノス様であれば、救いようのない場所すらも、楽園に変えてくださるでしょう」
ナターシャは恋する乙女のように、弾んだ調子でそう口にする。
好意を寄せる少年の姿を、脳裏に思い浮かべながら。
――当人が今、物件を前に叫び散らかしている内容など、知る由もなく。
~~~~あとがき~~~~
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