第一五話 治療院、ゲットだぜ!


 裏仕事を終えてから、三日後のことだった。


 明朝。


 イザベラが俺達の部屋へと駆け込んできて、


「ゼノスっ! おい、ゼノスっ!」


 まだ就寝中だった俺を叩き起こして、一言。


「よくぞ、やってくれた!」


 上半身を起こしたこちらへ、勢いよく抱きついてくる。


 瞬間、イザベラの甘い香りが鼻腔をくすぐり、褐色おっぱいの柔らかな感触が……


 朝の生理現象でみっともない状態となったそれを、余計にみっともなくさせてしまう。


「す、すみませんが、離して、もらえませんか?」


「いいや! 離してなるものか! 愛しているぞ、ゼノスっ!」


 おでこにキスしてくるわ、頬を擦り合わせてくるわ。

 彼女の狂喜乱舞は、尋常なものではなかった。


 その原因はおそらく、アレなんだろうけど。

 俺はあえて、何も知らない一般人を装いながら、


「いったい、どうしたというんですか?」


「どうしたも何も! 今し方、一報が入ってきたのだ! ハルケギアが討ち取られたとな!」


 うん、知ってる知ってる。


 でも、それは。

 こちらが関与したことでは、ない。


 よって、俺は芝居を続行する。


「他者の死を喜ぶというのは、良くないことかもしれませんが……実に、めでたい一報ですね」


「何を他人行儀な! 君が成し遂げたことではないか!」


 再び抱きついてくるイザベラ。


 彼女の褐色おっぱいが、こちらの顔面を覆い尽くす。


 その感触を惜しみつつも、俺はイザベラの抱擁を解き、


「おっしゃられていることの意味が、わかりかねます」


「……? いや、君は」


「以前に述べたことでしたら……ただの、方便ですよ」


 俺は粛々と断言する。


「全ては良きように。そう述べておけば、この場を乗り切れる。アレはそうした思い付きによる発言であって、それ以上でも以下でもない。俺はハルケギアの一件になど、まったく関わってはいませんよ」


 ゼノス・フェイカーはあくまでも、一介の治療師に過ぎない。

 ストレンジ・セブンと俺は、まったくの別人である。


 そういうことにしておかないと、悪目立ちした結果、無用なトラブルに巻き込まれかねない。


 ……そんなこちらの意図を、読み取ってくれたのか。


 イザベラは俺から離れて、


「……うむ。そうだな。舞い上がっていたせいで、少々、血迷った言動をとってしまった。今し方までの態度は、忘れてくれると助かる」


「えぇ。もちろんですよ」


 笑みを見せ合ってから、すぐ。

 リスティーが目を覚まし、大きな欠伸を放ちながら、


「ふにゃ~……なんにゃ、騒々しい……」


 寝坊助な彼女と共に、リビングへと向かう。

 家屋の中で一番広いエリア。

 その中心に配置されたテーブル席には、ナターシャが既に腰を落ち着けており、


「おはようございます、ゼノス様」


「はい。本日もご機嫌麗しいようで何よりです、ナターシャ様」


「ふふ。貴方様のおかげ、ですわ」


「……ナターシャ様。俺は」


「えぇ、えぇ。存じておりますとも。ですから……此度の一件に対する感謝は、今回限りとさせていただきます」


 そう告げると、彼女は椅子に落ち着けていた腰を上げ……

 俺の目の前で、跪いた。


「貴方様から受けた御恩、今後の人生において、わたくしは寸毫も忘れることはございません」


 彼女らしい文言だなと、そう思う。

 別に俺としては、三秒後に忘れてもらってもよかったのだけど。


 まぁ、ともあれ。

 これにて一件落着――


「このナターシャ・セラスティア。今このときを以て、


 ――は?


「えっ。いや、そういうのは、ちょっと」


 当惑するこちらを、ナターシャは上目遣いで見つめながら、


「ふふっ。ではゼノス様。朝餉の配膳を、いたしましょうか」


 なんだ。

 さっきのはアレか。

 ロイヤル・ジョーク的なやつだったのか。

 まったく、ナターシャも人が悪いな。


「えぇ。今朝の食事は、なんでしょうね」


 他愛のない会話をしつつ、配膳を行って。

 俺達は、朝を摂り始めた。


「うん。本日も最高に美味しいです、イザベラさん」


「はは。相も変わらず褒め上手だな、ゼノスは」


「いやいや。本音ですよ。毎日いただきたいぐらい、美味しいです」


「ふむ……ではいずれ、嫁に貰ってくれるか?」


「えぇ、もちろん。今すぐにでも頂きたいところですよ」


 冗談を言い合いつつ、笑う。

 実に楽しく、清々しい朝であった。


 そんな一時の中……

 ナターシャが不意に、次の言葉を送ってきた。


「もし、呪いが解除されたのであれば……治療院は一時、畳むことになりますわね」


 お。

 まさか、これは。


「イザベラからお聞きになられたやもしれませんが。わたくしは元来、国家防衛の任に就いておりました。ハルケギアから受けた呪いにより、その役目は果たし終えたものと、そう考えておりましたが……」


 呪いが解けた今。

 彼女は再び、前線へと戻るつもりなのだろう。

 そこで。


「ゼノス様。貴方様さえよろしければ……を、貰ってはくださいませんでしょうか?」


 この言葉に、俺はもちろん、


「は、はい! 喜んで!」


 肯定の意を示す以外に、選択肢などあるわけがなかった。


 ……しかし。



「ふふ。さすがですわ、ゼノス様」



 ちょっとばかり、意図が掴みづらい発言。

 これを俺は、華麗にスルーしていた。


 心の中には達成感と喜びだけがある。


 こんなにも早く、治療院を開設出来るだなんて、マジでラッキーだと。

 この時点では、そう思っていたのだが。


 時を経て。

 件の物件を前にした瞬間。


 俺は、思い切り叫んだ。



「――――話がッ! 違うじゃねぇかぁあああああああああああッッ!」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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