第一三話 命を奪うことなく、相手を“殺す”方法


 父・ライゼルは基本的に、とてつもない親バカである。

 だから、よほどのことをしでかさない限り、子供を千尋の谷へ突き落とすようなことはない。


 そんな彼は出奔した俺にいくつかの慈悲を与えていた。


 リスティーという世話役。

 それなりに立派な住処。

 数ヶ月は食うに困らないだけの金銭。


 そして……

 高度な隠匿のエンチャントが付与された、最高レベルの装備品。


 闇色の装束と仮面の二種で構成されたそれを纏えば、誰もが俺の存在を正確に認識出来なくなる。


 ここに隠密の魔法を上乗せしたなら、よほどの上位者でもなければ、こちらの気配すら感じ取れなくなるだろう。


 そんな装備品の効果により、俺は堂々と敵陣に侵入し……

 敵兵全員を、戦闘不能状態へと追い込んだ。


 我が固有スキル《オール・エラー》を以てすれば、それは実に容易い仕事である。


 このスキルには付与対象の限界数というものが設定されていない。

 よって視界に入れさえすれば、相手が万を超える軍勢であろうが関係なく、一方的に病魔を付与することが出来る。


 敵陣には都合の良いことに、広域を監視するための櫓が設けられていた。

 それを利用し、軍全体を視界に入れたことによって……


 現在。

 ウイルス性の病魔により、敵軍は壊滅状態へと陥っている。


 魔族というのは人間よりも遙かに強靱な生物であるため、少々、過剰なことをさせてもらった。


 思い付くウイルスの全てを軍全体へ付与したことにより、兵士達は今、生死の境を彷徨っている。


 そして。

 俺は幕舎から出てきた、一人の男と対峙した。


 敵軍の首魁にして……今宵のターゲット。

 魔王の子息、ハルケギア・ゾディアック。


 彼の目前にて、俺は意図的に姿を現すと、


「何者だ、貴様……!」


 当然ながら、本名を伝えるはずもなく、


「ストレンジ」


 俺は、父から与えられた、殺し屋としてのコード・ネームを口にする。


「――ストレンジ・セブン奇怪なる七番目


 我が一族には代々、親から子へ、二つ名を与えるという伝統があった。

 それは前述の通り、殺人者という裏の顔を表す名であり……


 これを名乗るということは、自他に対して、あるメッセージを宣言するに等しい行為とされている。


 即ち。

 対象を必ず、殺すのだと。


 ……まぁ、そんな不文律を守る気は、サラサラないんだけどね。


「ハッ! 敵軍が放った刺客といったところかな? どうやら随分と腕に自信があるようだけど……標的の前に堂々と姿を現した時点で、暗殺者としては三流ですらないね」


 挑発的な台詞だが、ガチの正論なのでグウの音も出ない。

 実際のところ、俺の現状は不合理極まりないものだ。

 相手に姿を晒すことなく、自分が死んだことにすら気付かせない。

 それこそが殺し屋の理想像……ではあるのだけど。


は、貴様の命を奪いに来たわけではない」


 ストレンジ・セブンとして活動している間は、別人を演じることにしている。

 俺と彼は別人であるということにした方が、何かと都合がいいからだ。


 そういうわけで……

 俺は、、言葉を紡いでいく。


「貴様は第一王女に、スキルで以て呪いを掛けた。……そうだな?」


「ふん。だったら、どうだっていうのかなぁ?」


「今すぐに解除せよ。さもなくば……後悔することになるだろう」


 一応の確認として発した要求だけど、まぁ、やっぱりというかなんというか。


「ハハッ! 後悔? ……させてみろよッ! 三下がぁッッ!」


 こうなるよね、うん。


 細剣を構え、こちらへと踏み込んでくるハルケギア。


 どうやら近接戦を得意としているようなので、こちらもそれに合わせ、腰元から短剣を抜き放ち……


「来い」


 相手方の土俵に立ち、応対する。


「舐めるなよ、虫ケラがぁッ!」


 激した心とは裏腹にハルケギアが繰り出してきた剣技の数々は、実に流麗なものだった。


 なるほど、さすがに魔王の息子なだけはある。

 しかし……


「ぐぁっ!?」


 俺自身は善良な小市民に過ぎないが、一方で、その肉体はラスボスのそれである。

 ゼノス・ファントムヴェインが修めた術理は多岐に渡り、それら全てが高次元。

 ゆえに、ハルケギアの剣術すらも。


「まるで児戯の如く……つまらぬ業だ」


 短剣で受け流し、カウンター。

 何度も何度も、これを繰り返した。

 そうすることで、ハルケギアは肉体だけでなく、プライドもズタズタにされたようで。


「貴様ぁああああああああッ! もう許さんッ! 生まれてきたことを後悔させてやるッ!」


 よしよし。

 やっとその気になったか。


「《カース・オブ・デモニア》ッ!」


 スキルの発動。

 この瞬間を、待っていた。


 俺は透過の魔法を発動し……ハルケギアの脳をスキャンする。


 刹那。

 奴の前頭葉、その一部が小さな煌めきを放つ。


 俺はそこへ極小生物を送り込み……

 サイズで言えば、一ミリにすら満たないであろう、その部分を。

 分解し、消失させた。


「むッ……!?」


 痛みなどは微塵もなかったはずだが、それでもハルケギアは異変を感じ取ったらしい。


 反射的な動作で頭に手を当てる。

 が……

 もはや、何をしようとも、無駄だ。


 その証拠に。


「…………おい、貴様」


 ハルケギアは、こちらに対して、冷や汗を流しながら。

 当然の疑問を、口にした。



「なぜ――――呪いに、掛かってないんだッ!?」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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