第一二話 二者択一の、三択目
「呪い……?」
こちらの問いに、イザベラは鎮痛な面持ちで頷いて、
「……ナターシャ殿下は元々、国軍の上級将校であらせられた。あの御方はご自身の圧倒的な力で以て、何年もの間、国防に従事しておられたのだ」
なるほど。
少しばかり、話が見えてきた気がする。
「国防ということは、やはり」
「うむ。魔王軍と凄絶な合戦を繰り広げ、常に死と隣合わせの環境に身を置く。それこそが殿下の日常だった」
この国はかなり昔から、魔王とその軍勢による侵攻を受けている。
ナターシャはかつて、それを撥ね除ける者達の一員であったというわけだ。
であれば。
彼女の現状を形成した、要因は。
「魔族、ですか。ナターシャ様に呪いを掛けたは」
「……うむ。それも、並大抵の存在ではない」
「でしょうね。ちょっとやそっとの呪いであれば、高名な治療師か、あるいは呪術師あたりに頼んで解呪してもらえばいい」
ナターシャは第一王女である。
その権威を以てすれば、国内はもとより、国外ですらも手を回すことが出来るだろう。
にもかかわらず、彼女の呪いは消えぬまま。
果たして。
これほどの絶大な呪いを掛けられるような、人物とは。
「ハルケギア・ゾディアック……敵軍の超上位存在であり……魔王の、息子だ」
イザベラがその名を口にした、瞬間。
「ハル、ケギア」
なぜだか、リスティーが反応を示した。
随分と神妙な面持ちだが、もしかして、知り合いだったりするのだろうか。
俺はその疑問を、彼女へストレートに投げてみたのだが、
「……いいえ。なんでも、ありませんにゃ」
何かを隠している。
それは間違いないんだけど……今は、追及している場合じゃない。
「そのハルケギアは今、どこに?」
「うむ。現在、レスタニア地方の平原にて、国軍と交戦中だが……しかし、これを討ち取るのは不可能であろうな」
イザベラは言う。
ナターシャの力は軍の中でも随一だった、と。
彼女と比べてたなら、他の将校は実に頼りがない、と。
「ハルケギアが死ねば、呪いはその時点で除去される。だが……奴を討てる者など、軍のどこにも居はしない」
ギュッと拳を握り締めるイザベラ。
彼女は目尻に涙を浮かべながら、悔しげに言葉を紡ぐ。
「ナターシャ様は、この国に必要な御方なのだ……! 私は、彼女ほど清らかな精神を持つ王族を、見たことがない……!」
イザベラの言葉に、俺は同意しかけたが……
「スキルさえ発動しなければ、あと一〇年は生きられる……! にもかかわらず、あの御方は……!」
「……それは、どういう、ことですか?」
次に語られた内容を耳にしたことで、俺は思い直した。
彼女の聖人君子ぶりは、軽々しく称賛出来るものではない、と。
「殿下に掛けられた呪いは、スキルを発動する度に負のエネルギーが蓄積していくというものだ。それが一定レベルにまで高まると」
「体のどこかが、重傷を負う……」
「そうだ。ゆえに私は進言した。スキルを絶対に使わないでくれ、と。しかしナターシャ様は……こう、おっしゃられた」
わたくし達は王族。
国民の皆様から捧げられた血税を吸い取って生き存える、寄生虫の如き存在。
で、あるならば。
皆様のお役に立てぬ王族が、なぜのうのうと生きていられましょうか?
少なくとも……
わたしくは、そのような生を送るぐらいなら、潔く死にます。
「…………彼女のもとに、治療師が居なかったのは」
「あぁ。誰もが暇を願い、出ていったからだ。……殿下には付いていけぬと、そう言い残してな……」
感情的には理解出来る。
きっと彼女のもとから去って行った者達は、ナターシャのことが怪物のように見えていたのだろう。
実際、彼女は常軌を逸している。
スキルを使わなければ、ある程度は長生きが出来て、その間に何か解決策が見つかるかも知れないのに。
ナターシャには、自分の命など、どうだっていいのだ。
ただひたすらに、民のため。
だからこそ彼女は、無駄に生き存えることを良しとせず。
「最後の最後まで、国民に奉仕して、死ぬ……! そんな王族は、ナターシャ殿下だけだ……! ゆえに、彼女だけは……!」
死なせられない。
死ぬべきでは、ない。
そこだけは心の底から、同意が出来た。
……しかし。
「頼む、ゼノス! 君なら、ハルケギアを討てるだろう!?」
この懇願は。
それ、だけは。
「君の力量を完全に把握出来たわけではない! だが! 私の勘が告げている! 君ならば必ずや、殿下を……!」
涙を流し、膝を折って、額を地面に擦り付けて頼み込んでくる。
そんなイザベラを前に、俺は。
「…………顔を、上げてください」
自己中心的な答えなど、出せるはずもなく。
だが。
自らの方針を、ブレさせるつもりもなく。
「全ては、良きように。……今はこの言葉で、納得していただけませんか?」
「ッ……! も、もちろんだ……! ありがとう、ゼノスッ!」
それから。
しばらく彼女を慰め、落ち着かせた後。
俺は自室にて、リスティーの問いを受けた。
「どうなさるのかにゃ? 実際、ゼノス様なら殺れると思うにゃよ?」
「…………それは、最終手段だ」
リスティーは小首を傾げた。
「にゃ~。ハルケギアを殺さないのかにゃ?」
「あぁ。出来ることを全てやり尽くすまでは、ね」
目前に提示された二者択一。
エゴを貫いて聖女を見殺しにするか。
あるいは、エゴを捨て去って、聖女を救うか。
それらはきっと。
「……やってくれたね、父さん」
父・ライゼル。
彼が仕組んだことではないかと、そう思ってしまう。
見た目は可憐な美少女そのものだが、実際のところ、中身は裏社会の帝王である。
この程度の権謀術数は、彼にとって朝飯前だろう。
「どうあっても、俺を人殺しにさせたいんだろうけど……絶対に、ごめんだね」
「にゃ~。でもゼノス様。魔族は人間じゃないんにゃよ? だったら」
「いいや。魔族も人も関係ない。……ていうかさ、そういうこと言うの、やめてくれよ」
「にゃんで?」
「リスティーが、俺と目線を合わせてくれてないように感じられて、不愉快だ」
ここで彼女は目を丸くして。
だがすぐさま、穏やかな微笑を浮かべつつ、頭を下げた。
「申し訳ございませんにゃ、ゼノス様。ウチは貴方様の専属メイドであり」
「家族の一人だ。そこに人間も魔族も、関係ない」
ゆえに俺は、魔族であろうが絶対に殺すつもりはないのだ。
彼等が相手なら命を奪っていいと、そんなふうに思った瞬間。
なんとなく、だけど。
リスティーの命すらも、軽んじてしまうような気がするから。
「にゃ~。でもでも、ゼノス様。マジでどうすんにゃ? 殺さずになんとかする方法なんて、あるのかにゃ?」
この問いに、俺は神妙な面持ちとなり、
「まずは一つ、試してみたいことがある。ただ、そのためには」
父が用意したであろう二者択一。
そこに独自の三択目を叩き付けるには、どうしても。
「相手方の懐に、飛び込まなきゃならない。だから、つまるところ……」
「途中までは、暗殺者として動く必要があるってわけにゃね!」
「あぁ。そういうわけで……父さんから、預かってるよね? アレ」
「もっちろんにゃ! なんせゼノス様のために仕立てられた、超高級品ですからにゃ!」
俺は苦笑しつつ、それから。
ボソリと呟いた。
「父さんの思惑通りになるのは癪だけど……もう一つの名前も、使わせてもらおうかな」
~~~~あとがき~~~~
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