第一〇話 王女殿下の専属医になった


「ではゼノスよ。本日からよろしく頼むぞ」


 イザベラの言葉には二つの意味が込められていた。


 一つは、ナターシャ専属の治療師として、しっかり仕事をしてくれという内容。


 もう一つは……


 同居人として、よろしくやっていこうという、内容。


 俺はリスティー共々、ナターシャの家に住まうこととなった。


 彼女の邸宅は王女殿下の住居とは思えないほど手狭で、それゆえに、あてがわれた部屋も一室のみ。


 そういった事情もあって。


 今後しばらく、同室の仲となるリスティーは、室内のベッドに寝転がりながら、


「ゼノス様~? もよおしてきたら、ウチにぶつけちゃってもいいんにゃよ~?」


 太股を大胆に見せ付けてくる銀髪猫耳メイド。

 思春期男子の肉体は、そんな彼女に鋭敏な反応を見せようとするが……

 そこをなんとかこらえて、俺は真面目な話を展開させる。


「この状況、リスティーはどう思う?」


「にゃ~。率直にいえば……不自然、ですにゃ」


「だよね」


 いくら専属医とはいえども、同じ屋根の下で住むというのはどうにも行き過ぎている。


 これではまるで。

 ナターシャは、頻繁に重傷を負うのだと、そう言っているようなものだ。


「……殿下はやっぱり、何かを隠してる、よな?」


 首肯を返すリスティー。

 それから彼女は、妙に暗い顔をして、


「……どうにも嫌な感じがしますにゃ」


 俺もだ、と、そのような返事は喉元まで来て……消えた。


 なんとなくでしかないのだけど。

 リスティーが抱いている感情は、こちらのそれと、無関係なものではないか、と。

 そんなふうに思えてならない。


 ……まぁ、今はとにかく。


「王女殿下の専属医として、頑張るしかない、か」


 そんなふうに決意した、翌日。

 朝餉を共に摂る最中、ナターシャが次の言葉を紡いだ。


「本日からお仕事を再開しようと考えておりますの。引いてはゼノス様。お付き合い願いませんかしら?」


 こちらとしては首肯を返す他なかった。


「仕事というのは、やはり……外交などの公務、でしょうか?」


「いえいえ。わたくしは既に、そのような存在ではなくなっておりますの」


 またもや、事情が窺えないような内容が、彼女の口から放たれた。


 王女殿下であるにも関わらず、公務を行わない。

 そんなことがありえるのか?


 ……踏み込んでいきたいところだけど、まだ時期尚早、だよな。


 俺はグッと堪えて、流されるがままに、状況を静観した。


「ではナターシャ様。私は本日も、冒険者ギルドへ向かいます」


「えぇ。お気を付けて」


 食後すぐに、イザベラが家を出た。

 クエストをこなし、生活費を稼ぐためだろう。


 ……従者の施しを受けて暮らす、第一王女。

 どのような角度から見ても、やはりナターシャは不自然極まりない存在だった。


 果たして。

 そんな彼女の仕事とは。


「えっ。こ、ここって」


「はい。わたくしの……治療院、ですわ」


 どうやら彼女は普段、世を忍ぶ仮の姿……ナタリアとして、人々を癒しているようだ。


 彼女は高度な医学知識こそ持ち合わせていないが、極めて強力な、回復系の固有スキルを有している。


 それはどうやら、自分には効果をもたらさないといった内容、だったのだけど。

 そういったデメリットゆえか。


 極めて強力な治癒能力を、誇っていた。


「おぉ……! う、動かなくなった、右足が……!」


「ふふ。これでまた、歩けるようになりますわね」


 次々と、奇跡を起こしていくナターシャ。


「め、目が、見えるように……!」


「今後は良き日常を、お送りくださいませ」


 彼女ほどの治癒能力を有する者は、国内を探しても一〇人と居まい。

 にもかかわらず、ナターシャはその力を、


「えぇっ!? ほ、本当、ですかっ!?」


「はい。治療費などは必要ありませんわ」


 彼女は微笑みながら、断言する。


 これは皆への奉仕だと。

 カネを稼ぐために、やっていることではないのだと。


 そんな姿はまさに。

 聖女と呼ぶべき、ものだった。


「……ご立派な御方にゃ。ナターシャ様は」


「あぁ。俺も、心の底からそう思うよ」


 彼女の仕事を横目に見つつ、俺とリスティーは言い合った。


「……ナターシャ様は、俺が目指すべき理想像、かもな」


 少なくとも、この人が極悪人として扱われるようなことは絶対にないだろう。

 当然ながら、主人公達にブッ殺されるはずもない。

 彼女の生き方はまさに、手本と呼ぶべきものに感じられた。


「リスティー。俺、決めたよ」


「何を、ですかにゃ?」


「今後、どういうふうに生きるのか。俺は……あの人のようになろうと思う」


 この会話は、どうやら本人の耳に届いていたようで。


「ふふっ。貴方様が引き継いでくださるのなら、わたくしも、思い残すことなく逝けますわね」


 タチの悪い冗談……には、聞こえなかった。


 彼女は本気で、そう思っているのではないか、と。


 そんなふうに考えた、次の瞬間。


「ぅ、あっ……」


 新たな患者の治療を行う、最中。


 ナターシャが小さな悲鳴を上げて。


 煌めく宝石のような、彼女の瞳から、次の瞬間。



 ――鮮血が、噴き出した。






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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