第九話 半身不随を治す


 こちらの問いかけに、ナターシャは小さな首肯を返した。


「……えぇ。おっしゃる通りですわ」


 かなり厄介だな。

 単純な極小生物のコントロールでどうこう出来るような症状じゃない。


「……通常、片麻痺というのは脳か脊髄、いずれかが問題を起こした際に発生する症状です。殿下の場合は、どちらですか?」


「えっと、その」


 なぜだか言い淀むナターシャ。

 だが、そこに不審を感じ取った瞬間には、彼女の口から答えが発せられていた。


「脳が問題を起こしたのでは、なかろうかと」


「ふむ……突然、倒れ込んだ、とか?」


「あ、はい。おっしゃる通りで」


 となると……

 脳梗塞を起こしたことによって、錐体路という運動を司る脳の部位に、神経障害が発生したと、そのように見るべきか。


「倒れたのはいつ頃ですか?」


「えっと……つい先日、ですわ」


 一般的に、片麻痺は発症後、半年までは回復が可能な期間とされる。


 その期間中に必死のリハビリを行い、機能を取り戻すというのが、正常な治し方なんだけど……こっちの世界じゃ、まだ知れ渡ってないみたいだな。


 そもそも俺自身、リハビリのやり方を知っているわけでもないし……

 ここはやはり、脳を弄くるしかない、か。


「……ご希望であれば、治療法をお伝えいたしますが。いかがでしょうか」


「いえ、必要ありませんわ。貴方様を、信じておりますから」


 初対面の相手に、なぜそこまで言えるのか。

 実に、不思議な人だと思った。


 それと同時に。

 俺を信じてくれたこの人を、絶対に治してあげたいとも、思った。


「では……治療に移ります」


 ベッドに横たわったナターシャの頭へ、透過の魔法を発動し……

 脳の状態を確認する。


 ……俺自身は、高度な医学を修めているわけじゃない。

 漫画などに影響を受けた結果、人並み以上に知識を蓄えたといった程度。


 しかし、ゼノスは違う。


 暗殺者は誰よりも人体に詳しくなる必要がある。

 そこに加え、ゼノスはそのことが自らのスキルにプラスの効果をもたらすのだと、無意識的に気付いていたのだろう。


 未だ一二才のゼノス。

 その脳髄には、極めて高度な医学知識が詰め込まれていた。


 それをもとにナターシャの脳を観察していくと……


「ここが、患部、だな」


 ほんの僅かではあるが、違和を感じる部分が見つかった。

 具体的には……神経の状態。

 それを健常な脳の形へと変えてやれば、脳機能も回復する、はずだ。


「――《オール・エラー》」


 極小生物を送り込み、精密にコントロール。

 彼女の神経に影響を与え……

 少なくとも、形状だけは、完全なものとなった。

 その瞬間。


「あっ」


 ナターシャが吃驚の声を上げる。


 ……どうやら、成功したらしいな。

 動くことのなかった腰から下が、滞りなく動作し……


 ナターシャは、起き上がってからすぐ。


「ゼノス様っ!」


 こちらへと、抱きついてきた。


「あぁ、なんとお礼を言えば良いのかっ……!」


 彼女のたわわなおっぱいが、こちらの胸板に押し当てられ、むにゅむにゅと心地良い感触が伝わってくる。


 平時であれば鼻の下を伸ばしているところだけど……

 今は、さっきまでの施術によって、精神的に疲労困憊の状態。

 だからまったく、いやらしい気持ちにならなかった。


 ……その一方で。


「もう少しばかり……皆様のお役に、立てますわ……」


 意味深な言葉に俺は、怪訝を覚えたのだが。

 今、そのことを聞いたところで、答えてはもらえないだろう。

 ゆえに疑問をあえて放棄しつつ、ナターシャへ言葉を送る。


「えっと。仕事が完了いたしましたので、我々は――」


 もう帰る。

 そんな内容を、イザベラが途中で遮って、


「も、もしよければ! 殿下の専属医になってはくださらぬか!」


「はぁ、専属医、ですか」


 本来ならば、断るべき案件であろう。

 王女殿下を治したという実績は既に得られた。

 であれば、次の実績を作るべく、王都中を駆けずり回るべきだ。


 しかし……

 これはなんとなく、でしかないのだけど。

 まだ王女殿下は、根治したわけではないと、そんなふうに思う。


 だからこそ。


「……わかりました。殿下が完全に治るまでは、専属医の役目、謹んでお受け致します」


 これにイザベラはストレートな喜びと感謝を見せたが、その一方で。


「お辛くなったなら、いつでも見限ってくださいまし」


 穏やかな顔で、不穏なことを言う。

 そんなナターシャの姿に、俺は確信を深めた。



 ――やはり彼女は、大きな問題を抱えている、と。






 ~~~~あとがき~~~~


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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