第五話 まずは冒険者になろう!


 全否定されなかっただけ、遙かにマシ。

 父が提示した条件を、俺はそのように受け止めていた。


 色々と不安はあるけれど、希望も十分にある。

 自分にそう言い聞かせながら荷造りを行い――


 数日後の朝。


「びぃえええええええんっ! やっぱダメェエエエエエエ! 行っちゃヤダァアアアアアアア! ゼノスちゃんはボクと死ぬまで暮らすのぉおおおおおおおおっ!」


 泣き喚きながらこちらに縋り付く父を、なんとか引き剥がして。

 俺は馬車へと乗り込んだ。


 そして王都までの道中、兄姉から貰った手紙を読み耽る。

 いずれも愛に満ちた激励の言葉が並んでいて、心温まる内容、だったのだが。


 それだけに、心が痛む。


 なぜならば。

 今から一〇年後。原作において。


 ファントムヴェインの一族は、皆殺しにされてしまうのだ。


 半分は主人公達の手によって。

 もう半分は……ゼノスの手によって。


 当時、原作を楽しんでいた頃は、「ざまぁ」としか思わなかった。

 何せファントムヴェインは、それだけのことをしたのだから。


 でも、実際に家族の一員として、皆と接するようになった今では。


「なんとか、したいよなぁ」


 この呟きに対し、向かい側から声が返ってきた。


「どうしましたかにゃ? もしかして、もう親元が恋しくなったとか?」


 リスティー。

 露出度の高い給仕服を纏った、銀髪猫耳メイドの彼女もまた、馬車に同席していた。


「……いいや。そんなことはないよ。俺にはリスティーが居るんだから」


「にゃっふん! そうですにゃ、ゼノス様! ウチが居る限り、寂しい想いはさせませんにゃ!」


 お目付役にして、世話役。

 そんな彼女の同行を父は許可してくれた。

 そこに加えて。


「もう用意してもらってるんだっけ? あっちの家」


「昨晩、文が届きましたにゃ。色々と万端に整ってるとか」


 我々の住居すらも、父は事前に手配してくれていたのだ。


 やはりあの人は基本的に子煩悩なんだよな。


 ……今からおよそ一〇年後、家族総出で大量虐殺をするだなんて、本当に信じられない。


 まぁ、まだ先のことだし、この場で悩んでも仕方がないのだけど。


「にゃ~。ところでゼノス様。王都に着いたらまず、何をするのかにゃ?」


「そうだなぁ。やっぱり最終的には自分の城を構えたいよね」


「にゃにゃ~……それは、治療院を開きたいって意味かにゃ?」


 首肯する。


 屋号を掲げ、大勢の人々を治せば、必然的に俺の名も広がっていくだろう。


 それを実績とし、父・ライゼルに進路希望を認めてもらう……というのが理想的な将来設計、ではあるのだけど。


「治療院を開こうにも、王都で生活を続行するにも、先立つものが必要だよなぁ」


「にゃん。一応、最低限の活動資金として、いくらか頂いてはいるんにゃけど」


「せいぜい二月程度でスッカラカンになっちゃうよね」


 そういうわけで、まずはなんらかの仕事をする必要がある。

 それも、短期間で高額なカネを稼げるような仕事だ。

 元居た世界にはそんな都合のいいモノはどこにもなかったが、しかし。


「ゼノス様の目的と能力を考えれば……冒険者になるのが、一番ラクちんにゃ!」


 この世界には現在、魔王が存在する。

 彼の手によって無数の魔物達が国中に蔓延っており、これを掃討することを主な仕事とする者達……冒険者は、ハイリスク・ハイリターンな職業として知られていた。


「うん、そうだな。まずは冒険者になって、金策しまくるか」


 というわけで。

 王都に到着後、住まいを確認してからすぐ。


 俺とリスティーは冒険者ギルドへ足を運んだ。


 見るからに荒くれ者って感じの人から、場違いなほど上品な出で立ちをした人まで、多種多様な冒険者がごったがえす中。


 俺達は……いや、リスティーは。

 とてつもなく、悪目立ちしていた。


「チッ……!」


「魔族なんざ連れ歩いてんじゃねぇよ……!」


 リスティーは猫型の獣人……即ち、魔族である。


 魔王と敵対関係にあるセラスティア王国の中に在って、魔族は被差別対象となっていた。


 我が家では人並みに扱われているリスティーだが、一歩外に出れば、このように侮蔑されるのが常。


 しかし、いくら慣れているとは言っても。

 不快感や悲哀を感じないわけでは、ない。


「にゃ~……」


 いつも太陽のように明るい美貌を、暗くさせて。

 猫耳を「しゅん」っと伏せながら。

 リスティーは悲しげな声音を、響かせた。


「……申し訳ございませんにゃ、ゼノス様。ウチのせいで、ゼノス様まで後ろ指を」


「俺がそこを気にするような奴だったらさ。そもそもリスティーを専属メイドになんてしてないし、王都まで付いてきてほしいと頼んでもいないよ」


 そのようにフォローを入れてから。


「うぉっ……!?」


「は、腹がっ……!?」


 陰口叩いてた連中に、落とし前を付けておく。


「ははっ、ざまぁみろ」


 下痢腹抱えて駆け出した連中を嘲笑いつつ、俺はリスティーと共に受付へ。

 それから冒険者登録を行ったわけだけど……


 当然のこと、始めたての人間は最底辺のFランクに格付けされる。

 このランクだと、受けられるクエストも低レベルなものに限られてしまうため、非常に効率が悪い。


 そんな成り立て冒険者が昇級する方法は主に二つ。


 一つは現ランクの最高難度クエストを達成し続け、ギルドから発令される昇級試験に合格するというもの。


 そしてもう一つは……ギルド側が用意した試験官を相手に、腕試しを行うという内容。


 後者は決闘試験と呼ばれており、生涯で一度しか受けられないが、もし合格出来たならFランクから一気にCランクへ昇級することが出来るという。


 よって我々は早速、決闘試験を希望し……


 現在。

 決闘のために用意されたであろう、開けた一室にて、試験官と対峙する。


「はぁ。事前に警告しておくがな。相手がガキでも加減はしねぇぞ」


 真っ白な壁を背にしながら、粗暴な顔をした試験官がこんなことを言う。


「薄汚ぇ魔族なんざ連れ歩きやがって。ガキのくせに随分と悪趣味な――」


「俺のことを侮辱するのは一向にかまいません。でもね。家族を侮辱するような奴には、容赦してあげませんよ?」


 次の瞬間。

 相手方の不愉快な口から、まっとうな言葉が出ないようにしてやった。


「ふぬぅおおおおおおおおおおおおっ!?」


 腹を抱えて、脂汗を掻き始める試験官。


「お、おまっ、お前……! な、なに、を……げぇえええええええっ!」


 床を穢しまくる試験官。


 彼へ実行したのは、つい先程、リスティーに陰口を叩きやがった連中にやったことと、全く同じ内容である。


「酷い吐き気に強烈な腹痛。貴方が今、見舞われている症状の原因は――」


 微笑しつつ、俺は試験官の問いかけに答えてやった。



「――貴方の腸内で大量増殖させた、ですよ」

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