閑話 暗殺一家の団欒(末っ子は不在です)


 末っ子・ゼノスの願いを却下した後。

 ライゼルは複数の条件を提示した。


 一、王都へ移転すること。

 二、王都にて数年間の自由活動を行うこと。

 三、その期間中になんらかの実績を作ること。

 四、全てを自己の能力と責任で以て実行し、家名を名乗るべからず。


 これら四つの条件を満たしつつ、ライゼルを納得させられるほどの実績を作ったのであれば、治療師になるという希望を叶える。


 そんな父の意見を即座に肯定し、ゼノスは荷造りのため、自室へと戻った。


 一方。

 彼以外は食堂に残り、そのまま長机を囲みつつ、団欒を続行している。


「いや、でもさ。実際たいしたもんだぜ、ゼノスの奴は」


「そうねぇ~ん。けっこうキツめの圧を送ったつもりだったんだけどぉ~」


「ちょっと動揺した程度で自分の意見を曲げなかったわねあの歳であれだけの胆力を持ってるのは実に素晴らしいことだと思うわ」


 末っ子に対する称賛。

 長兄たるゼアルもまた、そこに加わる。


「彼は将来、この家を背負って立つだけの可能性を秘めているよね。彼の兄であることを僕は誇らしく思うよ。……ただ、そうだからこそ」


 糸のように細い瞳を、開眼させながら。

 長兄は父に問い尋ねた。


「ねぇ父さん。あんな緩い条件で、よかったのかな?」


 ライゼルが提示したそれは、実質的に、末っ子の希望を認めるも同然の内容だった。


「まさかとは思うけど……ゼノスが数年以内になんの実績も作れないとか、そんなことは思ってないよね?」


「もっちろんさ、ゼアルちゃん! あの子は数年どころか、数ヶ月以内になんかしらの実績を作るんじゃないかな? それも、とびっきりすごいやつを!」


 ますます、意図が読めなくなった。

 それはゼアルだけでなく、弟妹達全員の総意でもあったようで。

 ガイアスが皆を代表して、疑問符を投げた。


「なんだよ。ハナっからゼノスを暗殺者にするつもりはなかったってことか?」


「うんにゃ? ゼノスちゃんは将来、必ずそうなると思うよ?」


 会話が少々、噛み合っていないように感じる。

 エステルがそのことを、ストレートに叩き付けた。


「その言い方だとさぁ~、パパが何もしなくてもぉ~、ゼノスは自ら暗殺者になるって、言ってる感じよねぇ~ん?」


「まさにその通りさ、エステルちゃん!」


 ニッコリと笑みを浮かべながら、ライゼルは断言する。


「ゼノスちゃんはね、どう足掻いても、命を奪う側にならざるを得ないんだよ」


 キッパリと言い切った父に、疑問を抱く者は皆無であった。


 なにゆえそのような意見を抱いているのか。

 それはわからない。


 ただ。

 ライゼルが自信を以て何事かを断言したとき、それが外れたことは、今まで一度すらなかった。


 だからゼノスはきっと、いずれこちら側に来るのだろう。

 それは別に不都合でもなんでもない。

 むしろ家族として祝福すべきことだ。


 しかし……

 それでも、弟思いの長兄・ゼアルは、こう考える。


「……ねぇ父さん。まさかとは思うけど、さ。ゼノスの人格を歪めるようなことを、企んではいないよね?」


「ん~? ……もしそうだったら、どうするんだい?」


「ははっ、決まってるだろ? 僕は彼の、お兄ちゃんだぜ?」


 刹那。

 長兄は凄まじい殺気を発露させながら、言葉を紡いでいく。


「フィーリスとザルアのように、なんらかの措置が必要であるというのなら、まだしも。そうでない弟の人格を好き勝手にするのは……たとえ敬愛する父さんであっても、絶対に許さないよ」


 次期当主の肩書きは伊達じゃない。

 現時点において、ゼアルは国内ナンバー・ツーの殺し屋である。


 そんな彼が全力で放つ殺意は、しかし。

 歴代最強の父には、まるで通じていなかった。


「安心しなよ、ゼアルちゃん。ボクは何も企んじゃいないさ」


 ニコニコと穏やかな微笑みを浮かべたまま、小揺るぎもせず、父は語り続ける。


「結局のところ、宿命に反することは出来ないんだよ。ボクがどう動こうと、そこについては何も変わりゃしないのよね~」


「……治療師を目指す弟が、好き好んで命を奪うようになるとは、思えないけどな」


「ははっ。まだまだ見識が狭いねぇ、ゼアルちゃん」


 黄金色の瞳に、狂気を宿しながら。

 父・ライゼルは言った。


「何かを生かす。何かを殺す。それらは真逆に思うかもしれないけれど……実のところ、同義なんだよ。だからゼノスちゃんはいずれ、選択することになるのさ」


 何を生かすのか。

 そのために。

 何を、殺すのか。


「どれだけ人を救い続けようとも……いや、その道を歩くからこそ、あの子は袋小路にハマって、最終的には……」


 瞬間。

 父の総身から放たれた、激烈な狂気を前にして。


 家族達が。

 裏の世界に棲まう、怪物達が。

 皆、汗を流して震え上がった。


 そんな彼等へ、父が囁く。


 愉しげに。嬉しげに。

 末の子供を、想いながら。



「――――どんな華を咲かせてくれるのかなぁ。ゼノスちゃんは」






 ~~~~あとがき~~~~


 ここまでお読みくださり、まことにありがとうございます!


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 今後の執筆・連載の大きな原動力となりますので、是非!

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