第四話 家族会議
齢、四八才。
歴代最強の暗殺者。
国王すらも顎で使う、裏社会の怪物。
……と、このような文言を並べたとき、人はどのような姿をイメージするだろうか。
太眉長身の某最強スナイパー?
全身黒タイツな仮面男?
いやいや。
実際の姿は――
一〇代の美少女、そのものである。
「うへへへへぇええええええええええっ! ゼアルちゃ~ん! おっひさぁああああああああああああああああっ!」
赤黒い血色の美髪を靡かせ、長兄に思い切り抱きつく。
そんな姿は愛らしい女の子のようであるが。
「あははは……相変わらずだね、父さんは……」
そう。
こう見えても彼は、我々の父なのだ。
ほんっっっとに信じがたいんだけど、マジのガチで、父なんだよな、うん。
「うわぁああああああああああいっ! ガイアスちゃ~ん! おっきくなったねぇえええええええええええええっ!」
「いや、数ヶ月程度じゃさして変わんねぇって」
厳めしい次兄の顔に頬ずりした後、父はエステルへ飛び付き、
「うへへへへへへ! 娘のおっぱいは最高だぜぇええええええええええええ!」
「我が父ながら、ドン引きって感じだわぁ~ん」
長女のたわわなおっぱいに顔面を埋めながら、感触を楽しむ。
外見上は美少女にしか見えない父だが、しかし、その中身は巨乳を愛するスケベ野郎である。
「ミントちゃあああああああああん……は……あぁ~……うん。もっと成長するための努力をした方がいいよ? そろそろ手遅れになっちゃうから」
「大きなお世話よなんなのこの馬鹿親ブッ殺すわよマジで!」
次女の胸部に憐憫の眼差しを向ける父と、そんな彼に殺意を発するミント。
それから。
「ゼ~ノ~ス~ちゃああああああああん! 毎日やってるけど、別に今やっちゃってもいいよね!? ってことで、ぶっちゅううううううううううううううう!」
こちらに抱きついて、頬にキスをしまくる父。
もう四八才。普通は加齢臭が漂ってもおかしくはないはずだが、彼の体から発せられるのは甘やかな香りである。
そのうえ体も華奢で柔らかく……やっぱこの人、美少女なのではなかろうか?
「よ~し、家族みんな揃ったし! さっそく会議といこっか!」
父の一声で始まったそれは、実に穏やかな進行を見せた。
食事を摂りつつ、団欒のついでに近況を報告する。
と、そのように言えば、我が家も一般的な家庭に感じるのだが。
「ちょっと前に仕留めた標的がメッチャしぶとかったんだよなぁ~! 頭ブッ潰したのにまだ生きてやんの!」
「あらぁ~。ガイアスちゃんとは相性が悪い相手だったのねぇ~ん」
「姉貴はどうよ? 最近めんどくせぇ仕事とかあった?」
「うぅ~ん、強いて言うならぁ~……死体の処理に手間取ったことかしらねぇ~ん」
こんな会話をする一般家庭があってたまるか。
やっぱヤベーよ、この公爵家。
「さてさて! 宴もたけなわってところで! 今日の本題に行こうか!」
皆、まずは父に注目し……
それから、こちらへと目をやった。
「今日の本題ってのは」
「ゼノスの将来設計、だよね?」
来た。
ここからが、本番だ。
「基本的にはぁ~、ゼノスもアタシ達と同じようにぃ~、学園に入学って感じかしらぁ~ん?」
「他家の連中と交流して知見を深めつつ適当に過ごしながら卒業した後は――」
稼業へと本格的に入る。
そんな未来が、このままでは確定してしまう。
それを防ぐべく。
俺は、口を開いた。
「個人的な意思を、言わせてもらってもいいかな?」
この言葉に、父は深く頷いて。
「もっちろんだよ、ゼノスちゃん! どんな将来を選ぶにしても、まずは君の意思が重要だからねっ!」
……ホントにござるかぁ~?
俺は内心でビクつきながら、次の言葉を口にする。
「御家と国家に貢献する方法として……俺は、ミント姉さんのような形式を取りたい」
かなり、ギリギリの言い様だったと思う。
ここでいきなり「殺し屋? ハハッ、マジねぇわ(笑)」みたいなことを言おうもんなら、かなり危険な状況に陥っていたかもしれない。
事実、俺のことを見る家族達の視線が、さっきまでとは違うものに変わっている。
少なくとも、親愛なる末っ子に向けるようなものじゃない。
この冷然とした視線は……獲物を見据える、狩人のそれだ。
「ゼノスよぉ。そっから先は、ちゃんと考えて口を開くんだぜ? さもねぇと」
「先に消えた二人の兄姉と、同じことになっちゃうかもしれないから、ね?」
ガイアスとゼアルの警告は、虚仮威しなどでは断じてない。
元々、我が家の子息・令嬢は七人だった。
うち二人は素行が悪く、二度の警告を受けてなお態度を改めなかったため……
父が手ずから、命を奪ったのだ。
普段は子煩悩なライゼルだが、やると決めたなら我が子だろうと平気で殺す。
そんな彼は今のところ、ニコニコ笑っちゃあいるんだけど……
「どうしたのゼノスちゃん。さぁ、君の意見を聞かせておくれよ」
目が、ぜんっぜん、笑ってない。
ヤベー家の当主なだけあって、この人が一番ヤベー奴である。
だが、この圧力に屈するわけにはいかない。
「俺のスキルがどんなものかは、知ってるよね? 父さん」
「もちろんさ。愛息子の力を知らないはずがないだろう?」
「その力を応用して……治療師になりたいと、そう考えてるんだけど……どうかな?」
沈黙。
だが皆、不快ゆえに口を閉ざしたという感じではない。
その原因は主に、当惑であった。
「えっと……ゼノスのスキルってさ、他者の体に異常を付与するものだよね?」
長兄・ゼアルの問いを皮切りに、俺はリスティーへ説明した内容をそっくりそのまま、会議の場に提示した。
その反応としては――
「マジかよ! すげぇじゃねぇか!」
「うん。その年齢でスキルの効果拡張が出来るだなんて、まさに天才と呼ぶほかないね」
「しかも応用の形が実に面白いわぁ~ん。殺人特化の力で人を治すだなんてねぇ~ん」
「まさに発想の斜め上やっぱゼノスは面白い弟だわ私は赤ちゃんの頃からわかってたのよねゼノスのすごい可能性ってやつを」
かなりの好反応である。
その一方で。
まず、母はと言えば。
「……八九点」
けっこう、いい感じ。
そして。
一番重要な、父・ライゼルはといえば。
「う~ん、そうだなぁ~」
悩ましげに首を捻りつつ、彼は次の言葉を投げてきた。
「ねぇゼノスちゃん。それってさ、実演、出来る?」
「う、うん。もちろんだよ、父さん」
「じゃあさ――」
次の瞬間。
きっとなんらかの魔法を、用いたのだろう。
こちらへ差し出されたライゼルの右腕が、真っ二つに切断された。
「これ、治してみてよ」
片腕を自ら切り落とし、大量の血液をテーブルに零しながら。
それでもなお、ニコニコと笑う父。
そんなヤベー奴を前にして、俺は。
「お安い御用だよ、父さん」
勝ちを確信して、ほくそ笑んだ。
きっとライゼルはこう考えたに違いない。
四肢欠損レベルの重傷を再生することは、不可能であると。
実際、それが可能な人間など、国中を探しても五人と居ないだろう。
だが。
俺には出来る。出来るのだ。
「《オール・エラー》」
欠損した部位の再生。
それを可能とする生物は自然界を見渡せば、確かに存在する。
たとえば……サンショウウオ。
彼等は手足を切断されても切り口から再成長し、完全に再生する。
では。
なにゆえ、人は欠損した四肢を再生出来ないのか?
その理由は主に、
人間もサンショウウオも、欠損時点ではまったく同じメカニズムが働く。
まず切断面の血管が収縮し、出血を抑え、皮膚細胞の層が断面を覆い……
ここで。
サンショウウオの場合は、断面に線維芽細胞が集い、再生芽を形成。
そこを起点として欠損部が再生する。
しかし人間の場合、再生芽を形成する能力は胎児の段階でしか発揮されない。
それ以降の段階で四肢を欠損した場合、線維芽細胞は再生芽ではなく、カサブタを形成し、断面を塞いでしまう。
つまりは。
カサブタによって断面が塞がれる前に、再生芽を形成し、そこからさらに、細胞増殖を行うことが出来たなら。
欠損した部位の再生は、可能である。
我が《オール・エラー》は極小生物に特定の性質を付与し、自在にコントロールするという力。
それを遺憾なく発揮すれば。
「ッ……! お、親父の、腕がッ……!」
綺麗さっぱり、元通りだ。
「凄いよ、ゼノス……! 君は歴代でも最高峰の天才だ……!」
長兄の細い目が開眼する。正直、メッチャ怖い。
「おいおいおい! やべぇなゼノス!」
こっちの肩をバシバシ叩いてくる次兄。
「まさかぁ~、これほどとはねぇ~ん」
興味深げに、こちらを見つめてくる長女。
「すごすぎて引くわ」
早口長台詞という個性を、自ら手放した次女。
そして。
「……九九点」
母が称賛を口にした、後。
「ゼノスちゃん」
父、ライゼルはニッコリと微笑んで、
「治療師になるっていう、君の希望は――――」
勝ったな、ガハハ!
ちょっと風呂入って――
「ダァァァァァァァァァメ、でぇえええええええええええすッッ!」
―――って。
なんでやねんッッ!?
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