第二話 状態異常スキルで人を治すことは可能だろうか?


 迷宮の只中にて。

 銀髪猫耳メイドのリスティーが、目を細めながら、問うてきた。


「治療師?」


「うん」


「殺し屋ではにゃく?」


「うん」


 ちょっとばかしの沈黙。

 それから。


「にゃにゃ~……ちょっと、話を整理したいんにゃけど……」


「うん」


「ゼノス様のスキルって、他者の身体に異常を付与するって内容、にゃよね?」


「そうだね。状態異常スキルだね」


「しかもそれは、効果拡張によってとんでもなくパワーアップしてる。そうにゃよね?」


「そうだね。もうぶっちぎりでチートだよね」


「しかもしかもぉ~……今のゼノス様って、やろうと思えば御当主様も瞬殺できちゃうんじゃにゃいですか?」


「可能性は高いと思う」


「にゃ~~~~~~~~…………もっかい、将来の目標、言ってくれにゃい?」


「俺は、治療師に、なる」


 またまた沈黙。

 そして。


「意ぃいいいい味、わっかんにゃあああああああああああああいッッ!」


 迷宮中に、リスティーの叫びが響き渡った。


「なんで治療師!? 殺し屋一択じゃにゃいですか! 歴代最強の御当主にも余裕で勝てるんにゃよ!? 全暗殺者の希望の星になれるんにゃよ!?」


「いやだって、人殺しとか底辺以下のクズがやることじゃん。やだよそんなの」


「一族のプライド全否定ぇええええええええええええッ! ご家族が聞いたらブチ切れ確定にゃあああああああああああああああああッ!」


 ぜーはーと息を切らしつつ、リスティーは新たな問いを投げてきた。


「ていうか、そもそも。ゼノス様の能力じゃ、治療師なんてなれるわけないにゃ。ゼノス様がお持ちなのはエッグい殺傷能力であって、再生能力じゃにゃい。それとも……まさか、回復魔法を覚醒させた、とか?」


「いいや。相も変わらず片鱗すら掴めてないよ」


「じゃあ無理にゃ! ぜったいぜったいぜぇ~~~~ったい無理にゃ!」


「まぁ、表面的にはそうだろうな。何せ治療師になれる人間の条件を満たせてないし」


 治療師になる資格を得ている人間というのは、二種類存在する。


 一つは元居た世界とまったく同じ。

 高度な医学の知識と一部の魔法技術を組み合わせ、外科治療などで人を治すことが可能な人間。


 で、もう一つは、回復魔法か、それに類似するスキルの持ち主。


 俺はギリギリ前者に該当するかどうかって感じ。


 後者に至っては今後永遠に該当することはない。

 何せゼノスは原作において、回復魔法を最後まで使えなかったからな。


 彼は殺傷能力に特化しまくった存在であり、再生や防御の術理については才能に恵まれなかったんだと思う。


「そんなゼノス様が! どうやって! 治療師になるんにゃ!?」


 リスティーの疑問に対し、俺は腰元に提げていたナイフを取り外しつつ、


「まぁ、とりあえず見ててよ。ぶっちゃけ俺も、試してみるまではわかんないから、さ」


 とまぁ、こんなふうに返してから。

 俺は、ナイフで自らの指先を切った。


 鋭い痛みが走り、じくじくと血液が溢れてくる。

 そうした様子を目にしつつ……俺は脳内にある知識を動員した。


「なぁリスティー。切り傷が治る課程ってのがどういうものか、知ってる?」


「にゃにゃ~……ちょっと、よくわかんにゃいです、はい」


 怪訝な顔をして小首を傾げる彼女へ、俺は次の説明を行った。


 軽度な掠り傷や切り傷が治癒される課程は、主に四段階。


 一、出血が見られる場合、止血を行うべく、傷口に血小板が集まってくる。

 二、白血球の働きにより、死滅した細胞や、傷口に入り込もうとする細菌を排除。

 三、線維芽細胞せんいがさいぼうが傷口に集い、コラーゲンを生成し、傷口をくっ付ける。

 四、表皮細胞が集まり、傷口が塞がれる。


 と、このような四段階を経て、傷は完治するわけだが……

 要約してしまえば。


「細胞を意図的に、必要な条件を満たす形で、増殖できたのなら」


 一番と二番はスキップして。

 三番と四番の課程を、瞬時に再現出来るのではないか?


 それを実行するためには、そもそもの問題……

 細胞というのは、極小生物に含まれるか否か。

 この答え次第ということになる。


 きっと学者達の間でも意見が分かれるところだろう。

 生物と見なす者も居れば、そうではないと言う者も居るはずだ。


 個人的には……細胞もまた立派な生物であると、そのように考えている。


 そう。

 我がスキル効果によって、自在にコントロール出来る、極小生物の一種。

 細胞という概念をそのように捉えたなら。


「――《オール・エラー》」


 斬り裂かれた表皮と真皮、そして血管。

 これらを補修すべく、細胞を増殖するイメージ。

 果たして、その結果は。


「ッ……! 成功、した……!」


 一瞬にして傷が塞がり、痛みも消失。

 この現象を前にして、リスティーは信じられないものを見たような顔をしながら、


「にゃああああああんびりばぼぉおおおおおおおおおおおおおうッッ!」


 回復魔法が使えない。

 それに類似するスキルを持っているわけでもない。

 むしろ、自身に宿っているのは究極の殺傷能力。


 だが、それでも。

 人を治すことは、可能である。


「この力を引っさげて……家族会議に、臨む」


 近いうちに開かれるであろう、我が将来を決定付けるイベント。

 そこで治療師になることを認めさせられれば、ゼノスとしての運命は大きく変わるはずだ。


「ゼ、ゼノス様はいったい、どうにゃさったのかにゃ……もう、完全に、おいてけぼりにゃあ……」


 ブツブツと呟くリスティーを尻目に、俺は決意を新たにした。



 人殺しになど、絶対になってたまるか、と――

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