42話

 石者山せきしゃざんの何処かにあるという玄龍祠げんりゅうしまでの道のりを知っている蒙蒙モンモンに案内されながら桃佳とうけいは彼女とともにそこへと旅を続けていた。


 とはいえ桃佳はそこへ向かう道中野宿だったため、それに慣れていなかったのか一睡も出来ていなかった。


 桃佳はそのような極限状態で、榮騏えいきの家を出発して一週間後の昼過ぎに一際大きな断崖の前に辿り着いた。


 この時すでに桃佳は、出発する前の準備で蒙蒙モンモンが何重にも輪をつくって束ねるほど長い縄が必要だと言われ、持って来た理由というのを理解した。


「ああ……そういうことね。その長い縄がいるって、アンタが言ってたのは……」

「ここで桃佳はようやく気付いてくれたのだ。人間である桃佳がこの崖を登れるわけがないのだ」


 空には暗雲が立ち込め、冷たい風が吹きすさんでいるかなか、目の前に立ちはだかる崖の高さは、およそ約60じん(103.5m)程もあった。

 桃佳の不安が的中し、この崖を登らなければならないとなると、脚がガクガクと震えて座り込んでしまう。


「こんな崖蒙蒙モンモンは余裕で跳んで登ることが出来るのだ。それなのに桃佳は人間だから……」

「わわわ、分かってるわよ!登ればいんでしょ!!その縄で」


 桃佳はこの崖を登って玄龍祠へ行き、玄龍を召喚出来るようにならなければ、冬亥国とうがいこく、ましてや四鵬神界しほうしんかいは救えないのだった。


 そのような使命がのし掛かっている桃佳は、目の前の崖を登ることを断念すれば、この世界を見捨てることになるともいえる。


 だがここまで来て引くわけにはいかない桃佳だったが、どうやって登らなければいけないのか、思索するしかなかった。


「う~ん、どうやって登ればいいわけ……?」

「でも高さだと、縄の長さが足りなくて、崖の上まで届かないのだ。」


 蒙蒙モンモンは桃佳のことを考えずに、一方的に登る方法を決めたが、持参の縄の長さだと、崖の上までは届かなかった。

 彼女がそのことを指摘すると、桃佳は今までそれに気づいていなかったのか、パニックを起こしてしまった。


「ええッ!?今何て言った!?縄の長さが足りないっての!?それじゃ私玄龍祠に行けないってこと!?」

「それでも桃佳は玄龍祠に行かなければならないのか?もう無理なのだ」


 このように蒙蒙モンモンは、いい加減桃佳に玄龍祠に行くのを諦めるように促した。

 しかし桃佳は子瑞しずいの王位奪還を成し遂げるためにそこへ行かなければならず、それを諦めるかどうか判断が揺らぐわけが無かった。


「何言ってんの!?私は、上に……玄龍祠に行きたいの!玄龍を召喚出来なければ、子瑞くんが……」

「それだからと言って、桃佳には出来ないというのは事実なのだ。縄の長さも足りないのだ」


 そう言った蒙蒙モンモンだったが、彼女と桃佳は自分の高さに立ちはだかる崖を注視した。

すると、蒙蒙モンモンが鶴の一声を上げた。


「それじゃあ、桃佳の身体を縄の端で巻いて、もう一方の縄の端で蒙蒙モンモンも同じようにして、先に跳んで登って桃佳を引き上げればいいのだ。むっちりした体型の桃佳でも蒙蒙モンモンが引き上げることは出来るのだ」


 桃佳は自分の体型からして体重が重いのではないかと蒙蒙モンモンに言われカチンと来た。

 そのうえ突拍子もないことを思いついた彼女に対して、その通りにすれば自分にどのような危機が起きるか、必死に説明した。


「私はアンタが思うほど重くないから!あとその方法だとアンタが跳んで登ったら、私その反動による揺れで、崖にぶち当たるよね!?何度も」

「桃佳の体重が重いか軽いかなんて関係ないのだ。それに蒙蒙モンモンが慎重に這いつくばって登らないといけないから時間がかかるのだ」


 桃佳の体重はどうであれ、これ以上登る方法を思索しても、それ以外思いつかないうえ、時間の無駄となるだけだった。


「仕方ないのだ。先に崖を登るから、桃佳は蒙蒙モンモンと縄で巻きつけて、それを持って崖を登るしかないのだ」

「もう……分かったわよ!やればいいんでしょ!!」


 こうして意を決した桃佳と蒙蒙モンモンは、縄の両端を解けぬように互いに何重にも巻いて結んだ。


 さっそく蒙蒙モンモンが先に自慢の脚力で、跳んでいきながら先に上った。

 そして彼女と桃佳とを結んだ縄がまっすぐに張った状態となり、桃佳はそれを握った。


 一方蒙蒙モンモンは、しっかりと崖に捕まり桃佳が縄を持ち、足を崖に掛けて登れるように引っ張りながら、自身もそれに合わせながら慎重に登っていく。


 しかし桃佳は蒙蒙モンモンが登るスピードが速く、自分が荷物を背負っているので、縄を持ち足を掛けて登るペースが遅すぎて、足を岩と岩の隙間に上手く掛けられず、何度も滑らせてしまう。


「ちょっと!私何度も足が滑って落ちそうになっているんだけど。アンタ、もっとゆっくり登りなさいよ!」

「桃佳が遅いのがいけないのだ。もっと速く登るのだ」


 蒙蒙モンモンと互いの意見が食い違う中、桃佳は頬に冷たい風が絶え間なく突き刺さっても、崖を登るのに集中しなければならなかった。


「桃佳まだなのか?登るのが遅いから、蒙蒙モンモンは繋いでいる縄が桃佳に引っ掛かって、先に登ることが出来ないのだ」

「アンタ、私が重いってから自分が登れないって言うわけ!?」


 危機が迫っているにも関わらず、蒙蒙モンモンから体重のせいだと主張しているように聞こえ、桃佳は被害妄想を起こして逆ギレしてしまった。

 しかし彼女はそれどころではなく、ここに至るまで一睡もしておらず、体力もほぼ無い状態だった。


 そのため桃佳は登っていくうちに、死が隣り合わせとなっているにもかかわらず、何度も白目をむいて眠りそうになっては起きるというのを繰り返していた。


「ンぐ……ギギギ……ぐぐッ、桃佳がまた寝ているのだ。ンぐぐぐぐ……ぐギギギ……早く起きるのだ!」

「う~ん……はッ……!!ぎゃあアアア!!私また寝てたの!?」


 このように桃佳が目が覚めた瞬間に宙づりになってしまい、彼女が重しとなる中蒙蒙モンモンは落ちないように崖に、へばりつかないといけなかった。


 その一方宙づりになった桃佳は慌てて縄に捕まって崖に足を付けようとしたが、その反動で何度も足をバタつかせてしまった。

 しかし桃佳はこれ以上もがけばもがくほど蒙蒙モンモンに揺れが伝わってしまう。

 それによって彼女が崖から手を放せば、桃佳も一緒に墜落しかねないため、落ち着いて崖に足を付けなければならなかった。


「ハアハア……よっと。蒙蒙モンモンあとどれくらいで頂上に着くわけ!?」

「もう、いい加減にするのだ……。桃佳が動けば動くほど、蒙蒙モンモンにまで伝わってしまうのだ。あと……1丈(2.3m)はあるのだ」


 それは、蒙蒙モンモンと桃佳とをつなぐ縄の長さが約1.5丈(3.45m)あるので、桃佳がいる場所から更に桃佳のところまで下に行くと、約2丈半(5.75m)ある。


 半妖とはいえ、もう腕がちぎれそうになる蒙蒙モンモンだったが、それでも桃佳の命を預かる身。何としてでも玄龍祠に行かなければならない桃佳まで道連れにならないように、頂上まで登ろうと力を振り絞った。


 桃佳は登れないくせに、蒙蒙モンモンに引き上げてくれていることに感謝し、最後の力を出し切って彼女に負担を掛けないように崖を登って行った。


 蒙蒙モンモンは僅かに残った体力を使い果たして、ようやく崖の頂上まで登り詰めた。


「……っはぁはぁ、やっと着いたのだ……頂上に……!!」

「ほんと!!じゃあ私がそこに着いたら、手を差し伸べてくれる?」


 背中に荷物を背負ったその重さに引っ張られながら、桃佳は縄を震える腕でしっかりと握り、ふら付いて棒になった足を崖に掛けていく。

 ひと足先に登りきった蒙蒙モンモンは崖のふちまで行き、真下から登って来る桃佳が見えた。


 やがて、これまで登り続けた桃佳はその頂上に右手が掛かり、それを見た蒙蒙モンモンが両腕を差し伸べて、その手をガシッと掴んだ。

 そして、蒙蒙モンモンが桃佳の右手を掴んだ両腕で、彼女の身体を一気に持ち上げて、やっと桃佳も登りきった。

 もうこの時点で、日が西へと大きく傾いていた。


「あぁ……着いたよ……玄龍祠に……!!」

「もう……蒙蒙モンモンはもう、立ち上がれないのだぁ……」


 頂上にたどり着いた途端、二人ともしばらくうつぶせに突っ伏して、顔も上げることも出来なかった。


 そんな彼女らの前には高さ約3丈(6.9m)、約幅1丈(2.3m)もある黒曜石でできた、重厚な造りの門扉が聳えていた。

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美少女龍召変身記~龍を召喚するために変身ヒロインになります!! ナカミツ @nky_kny

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