41話

 桃佳とうけいが川で服を脱ぎ水を浴びているところを、"水鬼すいき"という水妖に襲われた。


 すると子瑞しずい昌信しょうしんがそこに水を汲みに来たところ、子瑞が冷迅刀れいじんとうで、氷斬撃ひょうざんげきを繰り出して、桃佳を水鬼から救ったのだった。


 しかし桃佳の裸体を彼ら二人と、更にそこに駆けつけた榮騏えいきに見られてしまった。


 その日の夕食時も桃佳は彼ら三人と一切口を聞かず、向こうから話しかけても無視をしてねめつけたので、桃佳と彼らとの間に張り詰めた空気が漂った。


 更に就寝前は、前日と同じように桃佳が榮騏を縄で縛ろうとしたところ、彼が軽功を使って外に逃げ出した。

 それで桃佳は、昌信と子瑞に彼を捕まえるように命令したので、彼らも軽功を使って榮騏を捕まえなければならなかった。


 そして捕らえられ縄で縛られた榮騏は、桃佳から『この、スケベジジィ!!』と罵られながらポカポカと両手で胴体を殴られたのであった。


 そしてその翌朝、桃佳が蒙蒙モンモンとともに玄龍祠げんりゅうしへと出発する日となった。


 彼女らが昨日準備した道具一式を、背中に背負子に載せて背負った。蒙蒙モンモンは平気だったが、桃佳は背負った瞬間後ろへ引っ張られるように倒れてしまった。


 桃佳は重い荷物を背負って尻もちをついたことよりも、まだ『人間だと行くことが出来ない』と蒙蒙モンモンが前日言っていたことが頭に残り、不安のあまりやる気のない顔となった。


「なんでそんな顔をするのだ?桃佳が玄龍祠に行かなければならないと言っていたのだ」

「そうだ、桃佳。お主には余の、そして冬亥国とうがいこくの命運がかかっておるのだぞ」


 よろよろと尻をさすりながら桃佳は立ち上がった。

 子瑞にそのようなことを言われると、今までの不安とともにプレッシャーまで感じてしまう。

 やがて桃佳は、一気にがモチベーションが失せてしまい顔を俯かせてしまった。


「う~~ん……本当に玄龍祠に行けるのかな……」

「おい蒙蒙モンモン、お前がちゃんと桃佳を玄龍祠までに連れて行かなければならないんだぞ。分かってるのか?」

「でも、人間にはあそこは無理なのだ」


 榮騏が蒙蒙モンモンに桃佳を玄龍祠に連れて行くように頼んだが、それでも彼女は、そこに桃佳が行くのが不可能であるかのように断定した。


 なので桃佳は自分に課せられた使命と、自らの安全の確保とを秤にかけると、どうしても後者に傾いてしまうのだった。

 それに伴い彼女は自暴自棄となってパニックを起こした。


「あーもうー!行けばいいんでしょ!!蒙蒙モンモン、あんたしか玄龍祠の場所知らないんだから、何としてでも連れて行きなさいよ!!」

「分かったのだ……」


 桃佳が蒙蒙モンモンに責任を転嫁するようなことを言うので呆れてしまい、それを了解するしかなかった。


「それじゃあ、行ってくるのだ。桃佳がこんなんだけど、連れて行くしかないのだ」

「頼んだぞ桃佳。お主しか玄龍を召喚させられぬのだからな」

「もう、ここまで来たら行くしかないよね。行ってきます!」


 こうして、気を何とか取り直した桃佳と蒙蒙モンモンは玄龍祠へと山をさらに登って行った。



       * * *



 山道を登っていくと勾配は急になり、やがて道も狭くなってきた。

 辺りは霧が立ち込め、重い荷物を背負って一歩一歩用心して進むのにも苦労する中、桃佳は今までずっと聞きたかった疑問を蒙蒙モンモンに問いかけた。


「そういえば、この石者山せきしゃさんって昨日みたいに人を喰らう妖怪が出るって聞いたけど、今は全然出てこないよね?」

「当たり前なのだ、蒙蒙モンモンが桃佳達を襲わないように言っておいたのだ」


 桃佳がもう妖怪に襲われないかという不安になって聞いたことを、きっぱりと答えた蒙蒙モンモンだった。

 確かに彼女だったらなせる技だと桃佳は理解した。


「へぇ、蒙蒙モンモンは半妖だから、妖怪と話すこともできるってことなんだ。それにしても、霧が濃くて何も見えないのによく場所が分かるよね」

「そうなのだ。それに、人間にとってこんな視界の悪い霧の中でも、蒙蒙モンモンは感覚が冴えていて、迷わずに済むことにありがたく思うのだ」


 桃佳は蒙蒙モンモンの能力について褒めたつもりだったが、逆に彼女が意気揚々と自慢してくるので嫌気が差した。


 霧で視界が悪くてうまく進むことが出来ない桃佳は、自分にエラそうに振舞う蒙蒙モンモンの後を追うしかなかった。


 濃い霧の中を更に進んでいくと、やがて霧が晴れて辺りを見渡すことが出来た。桃佳の周りには自分の背丈より高い木々は生えておらず、空の大きさを感じるほど開放感を身に感じた。


 真下から麓の方向に行くほど斜面は緩やかになり、そこには自分達がこの石者山せきしゃざんに登る前に寄った哥邑かゆうの村が見えた。


 自分がこんな高いところまで登ってきたことを感じると、桃佳は自分でも爽快な気分を味合うことが出来るのであった。


 やがて登っていくうちに日が暮れてしまい、桃佳は疲労で体がくたくたになってしまった。


「もう暗くなるし、今日はもうここで野宿にしない?」

「確かにもう日が沈むからそうするのだ。じゃあ桃佳は焚き木を拾ってきて欲しいのだ」


 野宿をすることとなった場所は開けて平坦な場所だったが、これ以上進むとそのような場所があるとは限らなかった。

 その上、日が暮れないうちに野宿しなければ暗くなるので危険である。

 桃佳も蒙蒙モンモンは野宿するために焚き火が必要となることは理解していた。


 桃佳は蒙蒙モンモンに自分が背負っていた荷物を下ろして焚き木を拾いに行ったが、この辺には高い木が生えていない。

 それでも灌木は生えているので、その枝を焚き木にするために周辺の灌木の枝を拾い集めた。


 桃佳が戻ってくると、蒙蒙モンモンは何か屈み込んでコソコソしていた。その様子を桃佳が見ると、血の気が引くような光景が目に入り、集めた焚きにする木の枝を落としてしまった。


「ちょっとアンタ!?何食べてんの!?」

「えっ?その辺で捕ってきたヘビなのだ」


 何と蒙蒙モンモンは全長約1丈(2.3m)、幅5寸(15cm)程もある大蛇を、火を通さず生の状態で豪快にかぶりついていたのだった。


 桃佳は思わず失神しそうになったが、蒙蒙モンモンは、隠し持っていたもう一匹の大蛇を取り出して、そのニョロニョロとうねっているそれを桃佳に差し向けた。


「桃佳の分も捕まえて来たのだ。ほら、食べるのだ」

「ギャアアああ!!私は、人間だから生のヘビを食べないって……でも、幻世では焼いて食べる国もあったかも?」


 悲鳴を上げつつそのようなことを桃佳は思い出したが、それでも自分はヘビなんて食べたことないし、食べたいと思ったことなんて無かった。

 桃佳は蒙蒙モンモンがそれを食べているのを見て、彼女が半人半妖だということに、あらためて気づかされた。


「だからって、私は絶対ヘビなんか食べないから!!どこかに逃してやりなさいよ!!」

「まったく、しょうがないのだ。それなら桃佳は焚き木に火を点けてほしいのだ」


 恐怖のあまり体を震わせているのに対し、蒙蒙モンモンに指図された桃佳だった。

 その発言主は、桃佳のために捕ってきたヘビを名残惜しそうに逃してあげた。

 そして言われた方は、焚き木を集めて火打石で火をそれに点けようとしたが、やったことないので上手くいかない。


「焚き木に火を点けることもできないとか、なんて役立たずな人間なのだ。蒙蒙モンモンが点けるからいいのだ」

「じゃあ、最初からあんたが点けなさいよ!」


 結局、桃佳が集めた焚き木に蒙蒙モンモンが火打石で火を点けた。

 桃佳はワイルドで上から目線な行動を取る蒙蒙モンモンに振り回されてしまい、思わず気疲れしてしまった。

 そして桃佳は、背負子しょいこに乗せた行李に入れていた小さい袋から餅子ピンズ出して、ボソボソした食感のそれを食べた。


 やがて空は段々と暗くなり、蒙蒙モンモンに点けてもらった赤々とした焚き火による明かりが照らす範囲以外は、周りが闇に飲まれた。


 その焚き火もくべる木の枝が無くなったので、消えてしまいそうだった。こうして桃佳は、藁むしろを地面に敷いて眠りに就こうとした。

 その時蒙蒙モンモンは地べたに直接横になって寝た。


 しかし桃佳は、野宿などしたことないので、周りの暗闇の中から――――蒙蒙モンモンが襲わせないようにしたとはいえ、妖怪や野獣に襲われないかどうか不安で眠れなかった。


 こうして一夜明け、一睡もせず前日の疲れが取れないまま、玄龍祠に向かわねばならぬのだった。

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