第3話

 心臓を思い切り握られるような痛みが走り、腹に力を入れて上体を起こした。

「恵茉!」

 ドンドンと階段を上る母の声が響いてくる。時計を見ると、いつも起きる時間より三十分過ぎていた。遅刻だ。怒られる。でも昨日で小学校を卒業したんだし、大丈夫じゃないか。

 母はノックもせずにドアを開けた。あまりにも勢いが良くて、室内の空気がすべて出て行くのではないかと思うほどだった。

「あんた、しんどいとか苦しいとかない?」

「え?」

 母の額にはうっすらと汗が光っていて、眉間には大きな皺が寄っていた。

「別に……」

「ほんとに? ちょっとでも体調悪かったらすぐに病院行くよ!」

「ほんとに大丈夫だって」

 恵茉は邪険に母の手を払うと、怒るどころか萎んだ風船のように小さくなっていた。

「どうしたの?」

 母は恵茉と目が合った途端に視線を彷徨わせた。

「ショックを受けると思うんだけど、恵茉と同じクラスだった子が亡くなったり意識不明になったりしてるんだって……」

「え?」

 恵茉は母の言っている意味がわかるはずなのに、頭に入ってこなかった。同級生が死んだ?

「あんまり詳細はわかんないんだけど、あんたと同じクラスだった子、それにその子たちと関わった家族、友達とか。そこだけ変なウイルスが流行ったのかね。だったらなんであんたは無事なんだろう」

 母の心配はどうしても拭いきれなかったみたいで、恵茉は結局病院に行くことになった。しかし母が病院に電話すると、自宅に待機しているようにと言われたらしい。しばらく待っていると、宇宙服みたいな白くて分厚い服を着た人が数人入ってきて、恵茉は人体実験のようにあちこちを調べ上げられた。


 結局、謎のウイルスには感染していないことがわかり、防護服を着た人たちは帰っていった。

 ウイルス、感染。頭がパニック状態だったけど、ヨースケ菌という言葉が幹也の声で響く。もしかして陽介が……。

「お母さん、誰が亡くなったのか、わかる?」

「幹也くんと陽介くんは聞いたかな。あの二人仲良かったんだって? かわいそうに……」

 恵茉はみるみる鼓動が大きくなっていった。昨日、陽介がさんざんいじめられてきた幹也に抱きついたこと、その後も執拗に追い続けたこと。もしあの教室にいたままみんなと同じように陽介から逃げるだけだったら……。

 恵茉は急に喉が熱くなり、口を抑えた。母は絶叫に近い声を上げて恵茉に抱きついた。

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ヨースケキン 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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