第2話
卒業式は練習したとおり、つつがなく進行していった。卒業証書授与のときに陽介の名前が呼ばれると、幹也は後ろを振り返っていつもの仲良し男子たちと無言で笑いあっていた。
泣くと予想していた女子はやはり涙をにじませて友達と慰め合っていた。全員同じ中学に進学するのになぜ泣けるのか恵茉にはわからなかった。恵茉は永遠の別れを惜しむクラスの雰囲気に疲れて教室を出た。トイレに行く最中、渡り廊下で両想いと噂されていた幹也と隣のクラスの風香が手を繋いでいるところを目撃した。昨日までヨースケ菌を移していたあの幹也の手は優しく風香ちゃんの手を握っていた。
最後の帰りの会が終わり、卒業アルバムの最後の白紙ページを開けてクラス中を徘徊してサインを求める時間が始まったときだった。陽介が大きく手を広げて幹也の方へに走っていき、背中のジャケットに何本も皺が寄るほど強く抱きしめた。
「幹也! 今までありがとう!」
幹也が茫然としていることも気づいていない様子の陽介は両手で幹也の背中全体を塗りたくるようにしたあと、幹也の両手を強く握った。
「きもいんだよ!」
口から魂が抜けているような表情だった幹也は我に返り、陽介を突き飛ばした。陽介は体を支えようとして机を持つが、それごと倒れて大きな音を立てて転んだ。いつもなら泣いているはずの陽介だったが、俯きながら不気味なほど黄色い歯を見せてクククと笑い、すぐに立ち上がった。
「ゾンビだ!」
幹也が声を張り上げるとみな陽介から距離を取り、周りには歪な円ができあがった。陽介は幹也含む男子グループのいる塊に顔を向けて一歩踏み出した途端、みな一斉に教室の中心から離れた。陽介はなおも男子グループのもとに一歩ずつ迫ってくる。
「逃げろ逃げろ!」
幹也は屈託のない笑顔でクラス中を煽っていた。担任は教壇から弱弱しく制止するだけで効力は一切なく、女子の甲高い悲鳴ですぐにかき消された。
恵茉は最後の最後くらいはいじめと距離を取りたくて、男子たちの笑い声と女子たちの叫び声の入り混じった教室からするりと抜け出した。女子はまだ耳障りな悲鳴を上げ続けている。そんなに嫌なら教室を出れば良いはずなのに、留まっているのはなんだかんだ菌の移し合いをゲームとして楽しんでいるからだろう。
廊下越しに教室を見ると、ヨースケ菌を移されないように逃げ惑う同級生が円をつくっており、その中心に陽介がいた。陽介は口が裂けたのではないかと思うくらい頬が引きあがっていた。幹也は嫌がっている女子たちを追いかけて”陽介菌”を移すことに精を出していた。
「みんな今までありがとう!」
太くて低い声が響いた。陽介は教室の中心で何度も同じことを叫んでいた。
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