三滴 白虎と凪? 序

「全く貴様と云う奴は仕事中に’’善い川だね’’とか言いながら、いきなり川に飛び込む奴があるか!お陰で見ろ!予定が大幅に遅れてしまった」

国木田は茶漬けを無我夢中で食べ続ける敦をお構いなしに太宰へ𠮟責する。その間、太宰は彼女と称す’’凪’’と呼んだ女にべたべたとくっつく。

「今の聞いたかい、凪?国木田君ったら何時も酷いのだよ、こうして私を怒鳴っては酷い扱いばかりで…しくしく」

「かわいそう」

「え、可哀想?凪ったら流石私の彼女だねぇ…なんて精錬された綺麗な心の持ち主なんだ…国木田君、私この子と結婚する!」

「人の話を聞かんかこの自殺嗜好!!」

国木田は太宰に対してわかりやすく苛ついた表情を見せる。

「国木田くぅ~ん、そんなに怒ってると寿命が縮むよ~」

「寿命が縮む位なら貴様も巻き添えにしてやるわ」

国木田と太宰が小さな喧嘩を勃発させている最中、女が口を開いた。

「因みに今日は何の仕事してる人達なの?」

「俺達か?軍関係の以来だが」

「へぇ、面白そう。私もやりたい」

国木田が呆れた声でため息を吐く中、茶漬けを食べ終えた敦が口を開いた。

「あ~食った~…茶漬けはもう十年見たくない」

敦の呑気な発言に、国木田は苦虫を嚙み潰した顔で苦言を述べた。

「お前…人の金で食っておいて、よくもぬけぬけと」

「否、実際本当に助かりました。孤児院を出てヨコハマに来てから、食べるものも寝る所もなく、あわや餓死するかと…」

太宰が云った。

「君、施設の出かい?」

「出…というか、追い出されたんです」

「それは薄情な施設もあったものだね。…因みに君は?」

太宰が女に視線を向けた。

「…私?」

「そう、私。久しぶりに会ってみたら真逆の段ボールから出てくるし、しかも白のワンピース一着だなんて、相当な目に遭っていたのかなと思ってね」

女は黙った。

まだ段ボールから外の世界に出されて数時間しか経っていないというのに、目の前にいる三人の男とは初対面の筈。なのにこの男太宰ときたら、女を’’彼女’’と呼び、’’凪’’と名付け、脳内での情報処理が追いついていないのだ。

「太宰、あまり執拗に聞くな。それに俺達は慈悲を垂れる篤志家じゃない。仕事に戻るぞ。」

国木田の発言にくっつく様に敦が問うた。

「あ、あの…先刻軍関係の以来と言っていましたが、一体何の仕事を?」

「なァに、探偵だよ」

「異能集団、武装探偵社と言えば聞いたことがあるんじゃないかい?」

太宰がそう言うと、敦は空想に耽る。が、太宰の変な呟きによって意識が引き戻される。

「あ~!あんな所に善い鴨居が!」

「立ち寄った茶屋で首吊りの算段をするな!」

「違うよ首吊り健康法だよ~」

「何だそれは」

「ええー!!国木田君知らないの?凄く肩こりに効くのに!」

太宰の発言にそのまま感化される国木田に、苦笑いする若年層二人組。案の定太宰の嘘に騙された国木田は、太宰に八つ当たりした。

「それで、今日の依頼とは?」

女が国木田をじっと見つめ問うた。

「軍の依頼で虎探しをしている」

「近頃街を荒らしている人喰い虎だよ」

二人の返答を聞いた後、敦が怯える様にして椅子から落ち後ずさった。

「如何した、少年。椅子が不安定なら私の椅子と交換すると善い」

「い、いや大丈夫だよ凪ちゃん。…それじゃ僕はこれで…」

敦が出口の方へ体を向けると、国木田が云った。

「待て小僧。貴様何か隠しているな」

国木田は敦の首根っこを持ち上げ拷問じみた言い方で問い詰める。

「彼奴は僕を狙ってる…殺されかけたんだ!この辺に出たんなら早く逃げないと」

「小僧!茶漬け代は腕一本か全て話すかだな」

敦を追い詰める国木田に太宰が仲裁に入る。そして、太宰が中心になり、彼から話を聞くことにした。

「ふむ、大方の内容は理解したよ。因みにその虎を最後に見たのは何時だい?」

「鶴見の辺りで彼奴を見たのが確か四日前です」

「確かに、虎の被害は二週間前から此方に集中しているな。それに四日前に鶴見の辺りで目撃証言がある」

国木田達が淡々と話を進めていく中、一人だけ内容が何も理解できていない凪(仮)は自分の存在意義を探す旅に出ようと、出口に近寄った。

「敦くぅん、これから暇~?それと凪も」

私は凪?否、違う。知らない人。反応しない。そうして扉の引き戸に手を掛けた。然し、太宰が優しく彼女の手に自身の手を重ねられたことで、彼女はその先の行動をやめざるを得なかった。

「もうこれ以上、私を一人にはしないでおくれ。頼むよ。」

太宰の声がやけにか細く聞こえて、反射的に振り返る。然し彼の視線の先にいたのは、少女本人ではなく、国木田であった。

「国木田君は社に戻ってこのメモを社長に」

「おい、三人だけで捕まえる気か?先ずは情報の裏を取って…」

「善いから」

太宰はやけに余裕そうな顔で返した。

「僕は嫌ですからね!それってつまり餌ってことじゃないですか!誰がそんな」

敦は太宰に反抗する。然し’’報酬’’という言葉が出た刹那で渋々虎探しに付き合う事とした。

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毒薬変じて魔女となる 比嘉パセリ @miyayui

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