二滴 私の拾い主は。

とある月の某日、夕暮れの河川敷に食に飢えた少年の姿がある。

「駄目だ…腹減って死ぬ…。」

ぐったりとした少年、中島敦は孤児院を追い出された状態で寝床も食にも有りつけぬまま今に至る。そんな極限状態に追い込まれた敦はある決心をした。

「よし、この次に通りかかった奴を襲って、其奴から金品を奪ってやる!」

颯爽と走っていくバイク、トレーニング中の軍警、と中々彼がチャンスを伺えるタイミングがやってこない。そうして彼が諦めかけている時の事だ。

「よし、ここらへんでいいか?」

「それにしても重いなこの荷物」

「でも此処に置いておいて、本当にどうにかなるものか?」

「そんな事どうでもいいんだよ。…よし、行くぞ」

宅急便の社員らしき服装に身を包んだ男二人が妙な所に存在感の大きい荷物をドンと音を立てておくと、男達はさも何事もなかったかのようにトラックに乗り込み、車を走らせた。

「は…?何だあの大きな荷物…。周囲に人の気配も家もないのに変なの…開けてみる、か…?って、あれ…川から足が生えてる…?」

情報量が多い中、敦は一旦謎の段ボールではなく川から生えた謎の足を救出する事に焦点を当てた。

「ええい!」

勢いよく川に飛び込み、川で溺れている人を救出する。

救出された人物の容姿は、蓬髪、砂色の外套、ループタイ、ワイシャツ、随分と洒落た身だしなみに思える。容姿端麗な男といったところだろう。

「あ、あの…川に流されてましたけど…大丈夫、ですか?」

気絶していた男は、敦の声を耳にするとばっと目を開き、ぎょろりと視線を動かして瞳孔を安定させる。

「助かったか。…ちぇ」

ちぇ、という発言が敦の思考を裏切った。折角自分があんな体を張って助けたのに!?と言わんばかりに敦は男を凝視した。

「君かい?私の入水を邪魔したのは」

「入水?」

「知らないのかい?自殺の事だよ。」

「自殺!?」

「そう!私は自殺をしようと…、?おや、あの段ボールは君宛の荷物かい?」

「え?あ、そういえば忘れてました…。でも別に僕宛の荷物、という訳ではなく…」

敦はたじろいでしまいながらも、段ボールを川沿いにいる太宰の傍まで持ってくると躊躇しつつ段ボールをゆっくりと開いた。

中には黒髪の少女が入っている。

「ひっ!?」

敦は腰を抜かし、そこから数十センチ距離を取った。そんな中でも冷静な蓬髪男は、箱の中で瞼を閉じ切った少女の胸に耳を当て呼吸を確認する。

「大丈夫だよ、少年。彼女は生きてる。…それにしてもこんな棺の様な中に入った姿はまるで白雪姫みたいだねぇ。」

「えぇ…」

ふと敦の胃袋が救済を求める様にぐぅと鳴った。

「空腹なのかい?少年」

「はい…実はここ数日何も食べていなくて…」

「奇遇だね。実は私もだ」

敦はその反応に期待を込めてその意を表明する。

「それじゃ…!」

「因みに財布は流されたようだ」

「え~そんな~~」

少し気持ちが落ち着いた敦が引き気味な反応をしたその刹那、川を跨いで目と鼻の先にいる黄金色の眼鏡を掛けた男が蓬髪男に向かった勢いよく叫んだ。

「こんな所におったか唐変木!!」

大きな怒声に少女の目が覚めた。

「あ、国木田君!ご苦労様~」

「何がご苦労様だ!苦労は全てお前のせいだ!此の自殺嗜好!お前はどれだけ俺の計画を乱せば気が済む」

一体此処は何処なのか分からない少女だが、ここ最近あまり運動といえるものを活動的に行っていなかった彼女はそう簡単にこの段ボール《棺》から身を乗り出すことや、動くことは難しそうである。

「あ!そうだ、善い事思いついた!

彼は私の同僚なのだよ。彼に奢って貰えば善い」

人の話を聞け!!と負けじと大きく怒声を上げる国木田を置いて、太宰は敦に問うた。

「君、名前は?」

「中島敦、ですけど」

男は敦に何が食べたい?と問えば、純粋な眼で茶漬けが食べたいと答えた。

「ふっふっふ、はっはっは!餓死寸前の少年が茶漬けを所望か。善いよ、国木田君に三十杯奢らせよう」

男は無邪気に笑いながら何か決心したように述べた。そして国木田が男を叱る、このワンセット。

「人の金で太っ腹になるな太宰!!」

「太宰?」

敦は呟いた。

「私の名前だよ。太宰、太宰治さ。…そしてそこの段ボールの中で動けなくなってるのは私の恋人の凪だ」

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