捜06-02 崔少府
盧充が二十歳になった冬至近くのある日、家の西方に猟に出かけた。そこで一頭のジャコウジカを見かける。盧充の放った矢は確かに標的を射貫いたのだが、しかしジャコウジカは一度こそ倒れたものの再び起き上がり、逃げ始めた。盧充も徒歩にて追ったのだが、追いつけない。やがて北一里ほどの所に門があるのが見えた。しっかりとした瓦葺きの塀が四方を覆う、さながら府舍のような邸宅である。いつしかジャコウジカは見失っていた。
盧充が門の前にたどり着くと鈴が鳴り、人の声がする。
「客人がお見えです」
門内からひとりの人物が、真新しい着物を持ち、現れる。
「府君はこの着物をお召しの郎君にお迎えせん、とお考えです」
盧充は言われるがまま着物に袖を通し門をくぐった。邸宅内にいた少府は盧充に会うなり、言う。
「あなたさまのお父上より手紙を賜りました。私のような卑俗な家門の者に、畏れ多くも、あなた様のためのかわいらしい嫁を探し出してほしい、と。なので我が末娘をめあわせたく、迎えに参りました」
そして盧充に手紙を示した。
父が死亡したとき、盧充はいまだ幼かったのだが、その筆跡はよく覚えていた。手紙は間違いなく父よりのものである。盧充は泣き崩れた。少府よりの申し出を辞退する理由もなかった。
崔少府が盧充に言う。
「盧殿が見えたのだ、ならば娘を美しく仕上げ、東廊に向かわせなさい」
夕方頃になり、召使いより「お嬢様の化粧が終わりました」との知らせが入る。崔少府が盧充に言う。
「どうぞ、東廊へ」
盧充が東廊に向かえば崔氏もすでに下車し、ベッドのそばで立っていた。ふたりはともに拝礼をした。
三日間分の時間と、三日間分の飲食が用意された。
三日が経った。展開が速い。
崔少府が盧充に言う。
「あなた様はお帰りになられよ。娘を見るに、無事身ごもったであろう。男児が生まれたらあなた様の元に連れに上がりましょう。女児が生まれたら、そのままこちらで養う所存です」
そして何台かの車の送迎団にて邸宅より辞去した。崔少府は門の中よりそれを見送り、涙をこぼした。
門から出たところに青い牛の引く、一台の車があった。その車の中には盧充がもともと着ていた服と、持っていた弓矢が置いてあった。また召使いのひとりが着物を抱えて立っていた。着物を渡しながら、召使いは崔氏の言葉を伝える。
「せっかくのご縁にもかかわらず離ればなれになるなどとは、なんとも恨めしきこと。ここに衣を用意いたしました。私がそばにいると思っていただければ嬉しいのですが」
盧充が牛車に乗り換えると、牛車は凄まじい速度で走り出し、瞬く間に盧充の実家にたどり着いた。家から出てきた母親がいったい何が起こったのかと問えば、盧充もつぶさに自身の身に起こったことを答えた。
それから四年後の、三月三日。
盧充が川のほとりで遊んでいたところ、川べりで一台の車が川面にて浮き沈みしていた。やがて接岸したのを見、盧充と仲間たちはみなで車に近付く。盧充がその車の後ろの戸を開ければ、崔氏の娘、そして三歳ほどの歳の男児がいた。崔氏はその男の子を盧充に差し出し、合わせて金の碗を差し出した。
再会を喜ぶ間もなく、彼女は戻らねばならないという。別離に際し、崔氏は詩をしたためる。
煌煌靈芝質 光麗何猗猗
華艶當時顯 嘉會表神奇
このきらびやかな霊芝のごとき顔、
なんと活き活きしたことか。
当世まれにみるこの輝かしさ、
斯様な神児に巡り会えた喜びよ。
含英未及秀 中夏罹霜萎
榮耀長幽滅 世路永無施
はてさて、いかなる花とて育たずば
夏を待たずにしぼむもの。
ひとたびほどとて咲き誇らずば
振り返るものもおりますまい。
不悟陰陽運 哲人忽來儀
今時一別後 何得重會時
時宜を得られなんだ哀れな娘のもとに、
それでも賢人がお越し下さった。
このひとときの再会の喜びは
幾度もの逢瀬のそれにも勝りましょう。
會淺別離速 皆由靈與祗
何以贈余親 金碗可頤兒
愛恩從此別 斷絕傷肝脾
なれどこの再会は限られたもの、
神霊の思し召しの賜物なれば。
せめてこの子の親として
金碗を首に提げましょう。
ふたたびの別れはあまりに忍びなく、
断腸の思いは尽きせませぬ。
盧充が赤子と碗、そして詩を受け取り終えると、崔氏の載った車は忽然と消え去った。
盧充は後日、崔少府の家から載ってきた車に載って市をめぐり、金の碗を売ろうと考えたが、その前に一度鑑定に出そうと考えた。するとひとりの婢女がその碗に見覚えがあると言う。彼女は帰宅すると、主人に言う。
「市中で見かけた者が車に乗り、ご主人さまの姪っ子の棺に納めた金碗を売らんとしておりました」
その主人とは、廬充とつがった娘の姉に当たる女性であった。彼女はすぐさま息子を盧充のもとに遣わせる。車に、碗。何もかもが婢女の申し伝えどおりである。そこで車に乗り、自身の姓名を告げた上で盧充に語る。
「昔、我が母方の叔母、すなわち崔少府の娘が嫁に出る前に亡くなってしまいました。家族はみなその夭折を傷み悲しみ、彼女の棺にその金の碗を収めたのです。どうか、その入手までの経緯をお教え願えませんでしょうか」
盧充が自らの身にに起こった出来事を語ると、彼は悲痛な泣き声を上げ、すぐさま帰宅し、自らの母に仔細を告げた。母はもまた慌てて盧充の家に赴いて親子ともどもを自身の家に招いた。
そこには崔氏の親族が勢揃いしていた。赤子の顔には確かに昔に亡くなった崔氏の面影があり、一方で確かに廬充と同じ特徴も見えていた。そして死んだはずの娘に子ができた、その何よりの証拠として碗がある。
母、すなわち崔氏の姉が言う。
「ならば間違いありますまい、この子は我が妹の子、私の甥でありましょう。ならば字は
溫休とは幽婚のことを指す。その子は大きくなると郡守にまで出世し、その子孫も大いに栄え、現在にまで家系がつながっている。
子孫の中でも特に名が知られているのが、かの
漢時有盧充,范陽人。家西三十里,有崔少府墳。充年二十時,先冬至一日,出宅西獵戲。見有一獐,便射之。射已,獐倒而復走起。充步步趁之,不覺遠去。忽見道北一里門,瓦屋四周,有如府舍,不復見獐。到門中,有一鈴下唱:「客前。」復有一人,捉一襥新衣,曰:「府君以此衣,將迎郎君。」充便取著以進見。少府語充曰:「尊府君不以僕門鄙陋,近得書,為君索小女為婚,故相迎耳。」便以書示充。充父亡時,充雖小,然已識父手跡。便即歔欷,無復辭託。崔便敕內:「盧郎已來,可使女郎莊嚴,就東廊。」至黃昏,內白女郎嚴飾畢。崔語充:「君可至東廊。」既至廊,婦已下車,立席頭,即共拜。時為三日,供給飲食。三日畢,崔謂充曰:「君可歸去。若女有相,生男,當以相與;生女,當自留養。」敕外數車送客。充便辭出。崔送之中門,執手涕零。出門,見一獨車,駕青牛;又見本所著衣及弓箭,故在門外。尋遺傳教將一人捉襥衣與充,相問曰:「姻授始爾,別甚悵恨。今致衣一襲,被褥自副。」充便上車去,馳如電逝,須臾至家。母問其故,充悉以狀對。別後四年,三月三日,充臨水戲。忽見傍水有獨車,乍沈乍浮。既而近岸,四坐皆見,而充往開其車後戶,見崔氏女與其三歲男兒共載。女抱兒以還充,又與金碗;別,並贈詩一首曰:「煌煌靈芝質,光麗何猗猗;華當時顯,嘉會表神奇。含英未及秀,中夏罹霜萎;榮耀長幽滅,世路永無施。不悟陰陽運,哲人忽來儀;今時一別後,何得重會時?」充取兒、碗及詩畢,婦車忽然不見。充後乘車詢市賣碗,冀有識者。有一婢識此碗,還白大家曰:「市中見一人,乘車,賣崔女郎棺中金碗。」大家,即是崔氏親姨母也。遣兒視之,果如婢言。乃上車敘其姓名,語充曰:「昔我姨姊,少府女,未出而亡,家親痛之,贈一金碗,著棺中。可說得碗本末。」充以事對,兒亦悲咽,便齎還白母。母即令詣充家,迎兒還。五親悉集。兒有崔氏之狀,又有以充之貌。兒、碗俱驗。姨母曰:「此,我外甥也,即字溫休。」溫休者,是幽婚也。兒大,為郡守;子孫冠蓋,相承至今。其後植,字子幹,有名天下。
(捜神後記6-2)
ながい(挨拶)。
とはいえこれ、
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884883338/episodes/1177354054885035476
にしても、捜神後記の初稿あたりとかでいちばん有名な盧氏、しかもここに書かれている盧植のガチ子孫が盧循なのが面白すぎます。このへんもなんか狙いがあるんでしょかね。
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