陸遜   意地悪な洗礼  

呉 陸遜りくそん



しんが天下統一をして間もなくの頃。

とある宴会で、晋の属僚である盧志ろし

もとの属僚であった陸機りくきに絡んできた。


「なぁなぁ、陸遜りくそん陸抗りくこうは、

 あんたにとってどんな存在だい?」


周囲はビビる。

対面する相手の父、祖父の名を

正面切って言い放つのは、

家門を侮辱するに等しい。


だから、陸機も負けじと返す。


「君にとっての

 盧毓ろいく盧珽ろていみたいなもんだ」


このやり取りを聞いて、

今度は陸機の弟、陸雲りくうんがビビった。

宴席を辞した後、兄に取りすがる。


「あの言い方は

 まずかったのではないですか?

 単に、兄上を呉の人間とだけ

 認識していたのかも

 しれないではないですか」


すると陸機、きっと言い返す。


「祖父上、父上の名は

 天下に知れ渡っている。

 その息子のことを知らない、

 などという事があると思うか?

 あの幽霊の子め、

 わざとやってきたのだ!」


さて、ちょっとした後日談である。


人々は陸機陸雲兄弟のうち、

どちらが優れているのか、

とよく議論していた。

しかし、東晋の謝安しゃあん

この話を知っていたので

陸機の方が上だと思っていた。




盧志於眾坐,問陸士衡:「陸遜、陸抗,是君何物?」答曰:「如卿於盧毓、盧珽。」士龍失色。既出戶,謂兄曰:「何至如此,彼容不相知也?」士衡正色曰:「我父祖名播海內,寧有不知?鬼子敢爾!」議者疑二陸優劣,謝公以此定之。(方正18)


盧志は眾坐にて陸士衡に問うらく:「陸遜、陸抗、是は君の何物たるか?」と。答えて曰く:「卿に於ける盧毓、盧珽が如し」と。士龍は色を失う。既にして戶より出るに、兄に謂うて曰く:「何をか此の如く至らんか、彼は容を相知らざるべきならんか?」と。士衡は色を正して曰く:「我が父祖の名は海內に播く,寧んぞ知らざる事あらんや? 鬼子は敢えて爾れり!」と。議す者は二陸の優劣を疑うるに、謝公は此を以て之を定む。


(方正18)



陸遜・陸抗

呉の地に代々根付いている名族陸氏の御曹司。陸遜は劉備りゅうびを大いに打ち破った軍師として有名だし、息子の陸抗は押し寄せる晋の大軍を防ぐ、呉の最後の砦としての活躍を見せた。


陸機・陸雲

著名な文人兄弟。八王の乱にて退場。陸遜の弟の家系であれば東晋末までその名を残してもいるのだが。呉が誇る名臣の一族と言うことで重んぜられた。はじめ司馬倫しばりんに、次いで司馬穎しばえいに取り立てられる。ババを引きすぎである。ただし文才こそ秀でていたものの将才はなかったため軍を率いれば負けた。無教養者の司馬穎は、取り立てこそしたものの教養の塊のような陸機を疎んじていたようで、敗績の咎として手早く陸機を処刑。合わせて息子らや、弟の陸雲りくうんらも殺した。なお司馬穎のこの動きについての評価は賛否両論真っ二つに分かれており、踏み込んでみると面白い。


盧志

祖父が盧毓で、父が盧珽。

このひとの先祖、盧充ろじゅうは、年若くして亡くなった、とある娘の霊と婚儀を交わし、子をなしたと言われる。はじめその子は忌み嫌われたが、才気煥発であったため栄達。以後その子孫は代々高官についている。もちろん、盧志自身も例外ではない。つまり盧志は、自分が何者であるか知っているか、言ってみれば晋の社交界にどれだけ通暁しているかを試すために、陸機に敢えて無礼な質問を投げつけた、と言うのだ。そして陸機は見事盧志の挑発に対し、適切な返答をした。

と言った話を何のマエフリもなく突っ込んで来る新語さん流石です死ね。いや正直この辺の注釈地獄にハマりたいからやってるようなもんですけど。


謝安

謝安は結構世説新語中でいろんなひとの評価をしている。これは謝安が現役時に吏部尚書、言ってみれば人事部の責任者であったことが絡んでいるのかもしれない。それにしてもここではにゅっと生えすぎである。

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