諸葛瑾 かの堯王でさえ
呉
赴任先から
使者を派遣することになった。
この時諸葛瑾は使者に
「うちの息子、
なかなか話せる奴です。
ぜひ会ってみなさい」
と勧めた。
さて建鄴に到着した使者。
主人の勧めに従い、
諸葛恪に会いに行こうとした。
が、取り次いでもらえない。
さすがにそりゃねえだろ、
と何回か尋ねるも、やはり門前払い。
そんな中、呉の重鎮である
ちょっとした宴会が開かれた。
ここで使者はようやく諸葛恪と出会う。
散々シカトされまくった使者、
ものすごい剣幕で諸葛恪に迫る。
「おうコラ坊ちゃんよう!」
諸葛恪が、はっ、と鼻で笑う。
「おいおい、豫州ひでえな。
おうコラとか、下品にも程がある」
「は? 諸葛瑾様はすげえし、
属僚の方々もすげえ方ばっかだ。
豫州ひでえなんざ、
ついぞ聞いたことねえぞ」
「上が凄くたって、
下も凄えとは限らねえよ。
あの
いたわけだしな。
なぁ、四凶くん?」
うっかり墓穴を掘った諸葛恪。
にやりと、使者は言い返す。
「堯王か、なるほどな。
そういや確か、その息子にも
えらいドクズがいたよな、
確か
自分から持ち出した堯王のたとえで、
逆に鮮やかにやり込められる諸葛恪。
一堂大爆笑の大喝采である。
諸葛瑾為豫州,遣別駕到臺,語云:「小兒知談,卿可與語。」連往詣恪,恪不與相見。後於張輔吳坐中相遇,別駕喚恪:「咄咄郎君。」恪因嘲之曰:「豫州亂矣,何咄咄之有?」答曰:「君明臣賢,未聞其亂。」恪曰:「昔唐堯在上,四凶在下。」答曰:「非唯四凶,亦有丹朱。」於是一坐大笑。
諸葛瑾の豫州と為るに、別駕を遣りて臺に到らしめんとせば、語りて云えらく:「小兒は談を知る。卿は與に語るべし」と。連ね往きて恪を詣でるも、恪は相い見えず。後に張輔吳の坐中にて相い遇うに、別駕は恪を喚ぶるらく:「咄咄たり郎君」と。恪は因りて之を嘲りて曰く:「豫州は亂れたるか、何ぞ咄咄と有りや?」と。答えて曰く:「君の明にして臣の賢たれば、其の亂れたるを聞かず」と。恪は曰く:「昔には唐堯が上に在れるも、四凶が下に在り」と。答えて曰く:「唯だ四凶のみにてならず、亦た丹朱有り」と。是に於いて一坐は大いに笑う。
(排調1)
別駕
固有名詞ではない。使者のこと。刺史、つまり地方長官とは別の「駕」と言う乗り物に乗ることが許されているから、その比喩的に用いられる。にしたって、こんな面白い切り返しなんだから適当に人名見繕って張り付けてやっても良かろうに。
諸葛恪
諸葛瑾の息子、呉の Dis りキャラ。後日大いに権勢を握り、呉を食い物にするも零落。盛大に呉の国力を傾けたあげく、もと配下に暗殺された。
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883671063
久志木 梓さんのこの物語が、諸葛恪と言うひとを見事に描き出されていて感動します。こういうキャラならこのエピソードも納得だわと理解&爆笑。
張昭
堯・四凶・丹朱
いにしえの聖王の治世は良く治まっていたが、それでも
つまり諸葛恪は、いくら諸葛瑾が素晴らしかろうが、豫州人はやっぱり下品だと笑った。そこに使者が、いくら諸葛瑾が素晴らしかろうが、その息子にどうしようもねえクズが生まれるのもまた止む無い事だよな、と返したわけだ。
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