第7話 大団円
行方不明であった男が、実は殺されそうになっていたのだったが、九死に一生を得るという形で、命が助かったのだ。
断崖絶壁から、遺書を残して飛び降り自殺をしたのだが、途中の木に引っかかり、その場面を近くの漁師が発見し、しかも、
「もう少し遅れていると、木が支えられなくなって、下に落ちていた」
ということで、レスキュー隊の人もホッと胸をなでおろしたというわけだった。
しかし、本人は、ショックで記憶を失っていて、しばらく、記憶が戻らなかった。だから、この人がどこの誰なのかまったく分からないという状態だったので、
「誰か分からないといって、公開捜査できるわけはない」
と言われた。
なぜかというと、
「もし、これが自殺に見せかけた殺人事件」
であったとすれば、被害者が生きていると分かると、今度はなりふり構わずに、殺しに来るかも知れない。
それを警察が手助けするようなことができるわけはないということで、患者の記憶が戻るまで待つしかなかった。
ただ、この状態が長く続くのはあまりいいことではない。
本当に自殺なのか、それとも、
「偽装殺人」
になるのかということは大きな問題である。
少なくとも、この人が記憶を失ってる間、もし、これが事件だとすると、犯人は、
「被害者が死んだものとして、何かの計画を暗躍している可能性」
というのがあるからだ。
それは当たり前のことであり、とにかく、身元だけでも分からないとどうしようもなかった。
さて、行方不明の悪徳会社社長の捜索をしている中で、事件は膠着状態になった。
今回の事件で、一番に重要なカギを握っている男が失踪してから、そろそろ、数か月が経とうとしている、下手をすれば、捜査本部も打ち切りということになるだろう。
テレビドラマなどでは、
「捜査本部の方針に従わない場合は、捜査から外れる」
というのが当たり前のようだ。
特に、警察のような階級制度であると、その上下関係というものは、かなりシビアなのかも知れない。
特に、
「キャリア組」
「ノンキャリ組」
の確執、あるいは、
「警察の管轄による、縄張り争い」
などというのは、当たり前のように、昔から今も続いている。
ドラマでは、主人公が正義感を振りかざして、上司に逆らってでも、自分の意見を通そうとしたり、
「自分のやりたいことをするには、偉くなって、自分で動けるようにならないとダメだ」
と言われているが、実際には、
「上に行けば行くほど、その厳しさは増すばかりで、どこまで行けばいいんだ」
とばかりであるが、
「どんなに警察の中で偉くなったとしても、そのトップに行き着いたとしても、今度は政府に監視される」
ということになる。
どこまで行っても、
「このスパイラルから抜けることはできないのだ」
といってもいいだろう。
今回の事件は、この後、急転直下で解決に導かれる。
というのは、記憶喪失の男の記憶が戻ったからだった。
その男はやはり、事件に巻き込まれていたようだ。
ただ、実際に、
「殺されそうになった理由が分からない」
ということであったが、それは、自分を襲った男たちが誰だか分からなかったというのだ、
まるで、ギャングか殺し屋スタイルのような恰好で襲ってきたということで、
「まったくどういうことか分からない」
ということであったが、調べてみると、この男、
「誰から殺されても不思議のないほどの悪党だ」
ということだった、
そう、この男こそ、悪徳会社の川久保だったのだ。
だが、川久保は、本当は殺されるはずだったことで、相手が油断したのか、べらべらと話をしていたという。それが、何やら、
「交換殺人」
ということを言っていたようで、
「実際に交換殺人なんて、リアルでは不可能だと捜査員も思うだろうし、理屈から考えても、これほど危険なことはないのさ。だって、最初に殺しをした方が圧倒的に不利だからな。相手は、こっちが殺してほしい相手を無理をして殺すことはないわけだからな」
と一人がいうと、
「それでもやるとうのは?」
ともう一人が訊ねると、
「それは、もう一人が殺す相手が、どちらも死んでほしいと思っているからさ。普通なら交換殺人ではないとすれば、自分も疑われるだろう? でも、そこに、表には絶対に出てこない動機だったら、あり得るのさ。これほど安全なことはないし、その男は、その相手に死んでもらわないと、もう一人がやけになって、一連托生だといって、警察に駆け込むなどといえば、ビビるだろう」
ということであった。
「そんなものかな?」
「そうさ、だから、後の殺人を、事故か、自殺に見せかければ、逆にこの男を犯人として仕立てることもできる。この男さえ死んでしまえば、何も問題ないのさ。だから、確実に、断崖絶壁から落とすんじゃないか:」
ということであった。
川久保には、そのあたりまでは分からなかったが、この証言をもとに、合同捜査として、身元が分かったことで、門倉刑事たちが捜査をして、この交換殺人のカラクリに気付き、
「結局は、当事者皆。被害者以外はグルだったということなんですね?」
と、三浦刑事は言ったが、門倉刑事は、
「そういうことだ」
と言ったのだ。
「しょせん、策を弄すれば、そこに、必ず矛盾が生じる、それは仕方のないことで、それをいかに最小限にしようとするかということを考えられるかということで、それを強引に、完璧にしようとすると、一か所がほころびると、すべてが水の泡になる。今度の事件は、そういう事件だということになるんだよ」
と、門倉刑事はいった。
「今度の事件は、動機というと、やっぱり、悪徳社長への復讐ということになるんでしょうかね?」
と、どうしても、勧善懲悪にこだわりたい三浦刑事は、そういうのだった。
「そこが引き金になっているというのもあるだろうね。ただ、そこにやくざというか、闇の団体が絡んでいたんだよ。だから、監禁されていた時に、下っ端の連中が実行犯として暗躍していたわけで、まさか上の方も、やつらが、そんなことを口走っているなどと思いもしないだろうから、そこが、甘かったともいえるんだろうね。何と言っても、確実に殺したはずの相手が生きていたことで、事件の骨格が分かってしまい、さらに、殺すことができなくて、死んだということがハッキリしないことで、やつらも次の一手が打てなかった。その間に、記憶喪失が治ってきたわけだが、犯人グループとしては、電光石火で事件を表に出して、事件を一気に中途半端なところまで進めておいて、その中で、どうすることもできない状態まで警察が右往左往している間に、雲隠れすれば、うまく交換殺人というものを煙に巻くことができると思ったんだろうな」
というのだった。
「なるほど、じゃあ、死ななかったことも、記憶喪失に陥ったということも、偶然の産物うだったということですか?」
と三浦刑事が聴くと、
「そんなことはないさ。彼が記憶喪失になったのは、本当は落とされた時のショックではないのさ、これから自分が殺されるという恐怖と、今までの自分の罪の呵責などが入り混じって、記憶をうしなったのさ。それだけ、あの男は小心者だったということで、事件解決に一役買ったということさ」
「じゃあ、生き残って得をしたということですか?」
と聞かれた門倉刑事は、
「この事件で得をする人間なんかいないさ。最初からマイナスに向かっての犯罪で、その残りが出てきただけさ。つまりは、本人たちが望む望まないに関係なく、まるでテストのようなひねった犯罪は、とても成功にはおぼつかないということさ。今回、記憶喪失になったということが、時間的には犯人たちの命取りになったわけだろう? 絶対に、すべての無限に近いパターンを網羅など、できるはずはないということさ。今回の事件には、きっともう一人の自分の存在が必要だったのかな?」
「どういうことですか?」
「やっぱり、どんなことをしても、実際に交換殺人など無理だということだよ。交換殺人が成立するには、きっともう一人の自分のような人間が暗躍する必要があるというか、いわゆる、ドッペルゲンガーだね。ただ結果的に、やつは生き残ったことで、よかったわけではない。後から思えば、あの時に死んでおけばよかったというような裁判が、やつには残っているんだからね」
と門倉刑事はいった。
後味の悪い結果の事件ではあったが、この悪徳社長は、門倉刑事のいうように、裁判に掛けられ、有罪判決を受け、ハッキリ言って。
「死ぬよりも苦しい人生」
を歩んでいくことを、誰よりも本人が、今感じているということだったのだ……。
( 完 )
可能を不可能にする犯罪 森本 晃次 @kakku
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