第6話 悪徳プロデューサ―

 事件は、正直膠着状態であった。

 何といっても、一番の容疑者とされた二人に、二人ともアリバイがあったのだ。何といっても、

「防犯カメラの映像」

 というのは、動かしがたい証拠だといってもいいだろう。

 本来であれば、

「犯罪の抑止」

 として使えてこその、防犯カメラ。

 もし、その役割はないとすれば、そもそも、今の時代の、

「個人情報保護」

 という観点から、防犯カメラに対しては、

「賛否両論」

 というのもあっただろう。

 今では、WEBカメラというものがあり、住所を検索するだけで、庭の様子から、洗濯物、さらには、家から出てくる人間の顔までしっかりと映っている。

 さすがにそれを、SNSなどで公開することは許されないだろうが、もし、そんなことをすれば、犯罪となるのだ。

 また、

「賛否両論」

 という意味で、問題になりそうなことといえば、

「GPS機能」

 というのが、問題であった。

 いわゆる、

「位置情報を確認できる」

 というもので、

「登録している人が、今どこにいるか?」

 というものである。

 一時期、子供や女性関係に対しての、変質者であったり、通り魔事件を防止するということで、親や、彼氏、あるいは、家族、などがその、

「位置情報機能」

 というものを使って、スマホで監視するということがあった。

 それも、だいぶ前の時代であれば、それも許されることであるが、今の時代では、

「親の子供に対しての、さらには、彼氏が彼女に対してのDVなどというものが、問題になっている」

 ではないか。

 親が子供を育児放棄しながら、さらには、

「教育」

 と称して、子供に取り返しのつかないくらいにトラウマを植え付けるような苛めであったり、もっとハッキリといえば、

「虐待」

 である。

 児童相談所と、自治体が本来であればタッグを組んで、対応しなければいけないのに、

「さすが、お役所仕事」

 というべきか、前々から

「危ない」

 と言われていたのに、情報共有に一か月近くも掛かったことで、本来なら、もっと前に訪問しなければいけない状況の数日前に、

「その子供が親から殺される」

 という事件が起こったこともあった。

 これこそ、警察にも言えることであるが、特に警察は、

「何か事件が起こらないと動かない」

 のである。

 つまり、警察しかその権力がないのに、その警察が動かないのだから、

「本末転倒も甚だしい」

 ということになるだろう。

 それを思うと、

「皆、ただの税金泥棒だ」

 と言われても仕方がない。

 捜査が進んでいく中で、今度は、被害者の交友関係を探っていると、その中で、一人が行方不明になっているのが分かった。その人は名前を川久保武蔵と言った。それを聞いた桜井警部が、

「川久保武蔵?」

 といって、大げさに反応したのだった。

 それには、さすがに、門倉刑事もビックリしたのだった。

「どうかされたんですか?」

 というと、

「ああ、嫌、その名前に聞き覚えがあったからね。そいつはどういう人間なんだい?」

 と、聴かれた門倉刑事は、

「この男は、芸能プロダクションの社長で、かなり、ブラックなことをやっているということです。実は、最重要容疑者である松重そらが、最初に所属していた事務所で、そこで、一時期だけタレントとして所属していたようなんですが、よくある、枕営業をさせられそうになって、それが嫌になって辞めたんだそうです。それで、脚を洗わせるのに、今回の事件で被害者となった神崎と、今の彼氏である細川が、協力して辞めさせたということのようでした」

 それを聞いた桜井警部は、

「なるほど、そういうことでの三角関係ということもあったのかな?」

 と聞かれた門倉刑事は、

「それはそのようですね。というのも、当然、二人とも、彼女に対して、恩を売ったという気持ちになっているでしょうから、必ずどちらかは、少なくとも選ばれないということになるわけなので、お互いに、気まずくなるのは、当たり前だというものですね」

 という話をした。

「だが、表向きはそんなことはなかったわけだろう」

 という桜井警部に、

「それは、もちおん、そうでしょうね。選ばれたのは、細川の方でしたが、だからといって、神崎が、二人から離れて行くということはなかったようです。まわりは、神崎を称えていましたがね。でも男心というのは、そんなに、一刀両断で考えられるものではないですからね。心の底では、何を考えているのか、分かったものではない」

 ということだったのだ。

 それを聞いて、桜井警部も、顔をしかめていた。

「それで、私がなぜ、川久保を知っているのかというと、私が以前、少年課で部長をしていたことがあったんだが、その時にも、川久保の名前が挙がっていて、「悪徳プロダクションのとんでもない社長だ」ということで、内定を進めていたりもしていたんだよ」

 というのだった。

 さらに、一瞬水を飲んで話を続ける。

「川久保に関しては、とにかく悪いウワサしか聞かない。枕営業くらいのことは平気でするだろうし、バックには、当然やくざもついている。やくざを手玉に取るくらいのことは平気でやるやつで、それは、お金を持っていたからなんだよ。その頃のやくざは、任侠というよりも、金に弱かったからな。特に我々警察が、ある事件がきっかけで、世間が騒いだことがあったんだが、警察も、知らぬ存ぜぬでは、通用しなくなってきたので、警察としても、本気で捜査をしないといけなくなったわけさ。しかも、その時、警察と、やくざの癒着というのもあり、それが明るみに出たことで、世間も警察を攻撃するので、最初は、

やってますアピールで茶を濁せばいいと思っていたのだろうが、そうもいかなくなった。だから、やくざも、悪徳会社も、一斉に謙虚だよ。裏で暗躍していた連中も捕まって、しかも、その中には警察が、絡んでいるということもあって、警察は一度隠ぺいを図ったのだが、それが、また明るみに出て、警察の面目は丸つぶれになったうえに、やくざから金も入ってこないばかりか、犯罪者として、二度と警察の仕事ができなくなったというわけだよ」

 というので、

「そもそも、そんな連中が警察内部にいたなんて。しかも、その時の大規模な事件の首領が、今回の事件に関わっているかどうか分からないが、行方不明になっているということは、何か胡散臭いものを感じますね」

 と門倉刑事はいった。

「そうなんだよ。まさか、やつが絡んでいるということになると、マスコミの中には、当然、この名前を憶えている人も多いだろうから、騒ぐ前に、緘口令を敷かないといけなくなるんじゃないかな?」

 と桜井警部はいった。

 何と言っても、今回の事件と、この大物悪徳プロダクション社長が、いかに関わっているかということが大きな問題なのである。

 そんな男が行方不明になっていることが、この事件にどう関係しているのか?

 ということになるのだが、

「実は、この川久保という男の捜索願を出していたのは、今回の被害者である神崎だったんですよ」

 というではないか?

「それはどういうことなんだ? そもそも、捜索願を出したということは、行方不明になられては困るということで、二人を結び付けているのは、どうも、三角関係にあった女性の、松重そらが共通点となっているだろうから、この事件のカギを握っているのは、やはり、この松重そらということになるのだろうか?」

 と、桜井警部はそういった。

「その、川久保という男は、そんなにひどかったんですか?」

 と門倉刑事が聴くが、

「そうだね、本当に殺されても仕方がないと思えるほどで、やつを恨んでいた人は数知れないかも知れない。そういう意味で、やつが死んでいたとすれば、その犯罪捜査は、よほど分かりやすい事件でもない限りは、犯人逮捕は難しいかも知れないな」

 と桜井警部が言った。

「それはどういう意味でですか?」

 門倉刑事が聴くと、

「やつは、結構、法律の網をくぐるということがうまかったんだ。ただ、それは、やつが頭がいいというよりも、その裏にフィクサーのような存在があると言われているんだ」

 と桜井警部がいう。

「影の存在ということですか?」

 と聞く、門倉刑事に対して。

「そうだね、決して表には出てこないが、そんな男の存在があるということは、内偵を進めていると分かったんだ。だけど、正規の捜査というわけではないので、公式に捜査ができないので、それが誰だか分からなかったんだ」

 と桜井警部はいう。

「そんなひどいやつがいたんですね? 今度の捜索願が出ていることで、少しやつのことを捜査できるかも知れないので、少し探りを入れてみましょう」

 と、門倉刑事がいうと、

「ああ、そうしてもらおう」

 と、桜井刑事は、この悪徳会社の社長捜索も、捜査の中に含めることにした。

 そこで早速、門倉刑事は、この悪徳企業に赴いてみるのだった。

 会社は、

「芸能プロダクション」

 ということだったので、当然、俳優やアイドル、その他の有名な人が所属している、それなりのところだろうと想像していたが、まったくその期待(?)を裏切られたのであった。

「名前は、川久保プロダクション」

 ということで、格好はいいのだが、どうも、事務所に行っただけで、胡散臭さ満載のところであった。

 まず、ビックリさせられたのが、事務所が入っているビルだった。

 芸能プロダクションが入っているビルにしては、あまりにもお粗末だ。

 入り口の集団ポストは、マンションのそれという感じよりも、戦後の住宅事情が悪かった頃に作られた、

「公団」

 という、いわゆる、

「団地」

 のそれに近いものだった。

「まるで汚いな。蜘蛛の巣が張っていそうじゃないか」

 と感じた。

 しかもプロダクションのポストからは、郵便物が溢れんばかりにポストに突っ込まれていた。

 ただ、それは、よく見ると郵便物ではなく、お店や、会員募集というチラシのようなもので、ポスティングによるものが、

「これでもか」

 と言わんばかりに、ポストに突っ込まれているのだった、

「一体どういうことだ?」

 と半分、嫌な予感を覚えたが、ビルのエレベーターの前に行ってみると、企業の看板が見えた。

 金融会社であったり、怪しげな探偵事務所のようなものであったりと、本当に胡散臭そうな名前が並んでいる。

 それは、

「このビルが、もっときれいなビルであっても、いや、綺麗なビルであった方が余計に、胡散臭さを感じるというものだ」

 と門倉刑事は思った。

「こんな胡散臭い連中が入るなら、こんなビル」

 という意味では、

「これほどふさわしい場所はない」

 ということであり、だんだん、嫌な予感が的中してくるのを感じた。

 その嫌な予感というのは、二つあった。

 一つは、中に入るや否や。明らかに警察というものを毛嫌いし、まったくといっていいほどの、

「警察には、非協力的な連中ではないか?」

 ということであった。

 そして、もう一つは、

「幽霊会社なんじゃないか?」

 ということであった。

 これだけのひどいビルであれば、家賃も安いだろうし、何かの目的をもって幽霊会社とするのであれば、

「そこに、何か詐欺のようなものが潜んでいるのではないか?」

 と感じたのだ。

 その詐欺というのは、家賃を払ってでも利益が出るのだろうから、それなりに、

「危ない橋なのかも知れない」

 というものであった。

 その危ない橋というものに関して、今の時点で想像もつかなかったのだ。

 門倉刑事はエレベーターで目的に階に着き、表に出ると、案の定、通路は暗かった。電気がついていないということは、

「嫌な予感が当たったか?」

 と思うが、そのどちらも嫌ではあったが、

「避けて通れない」

 ということに間違いはなかったのだ。

 門倉刑事が、そのまま通路を進むと、ゾッとする気持ちが、悪寒に変わり、捜査でなければ、気持ち悪くて帰りたくなることだろう。

「刑事の俺たちまで気持ち悪いと思うんだから、普通に訊ねてくる人が本当にいるんだろうか?」

 ということであった。

 となると、ますます、嫌な予感が絞られてくるようで、行ってみると、

「これは、どうしようもないな」

 と入り口から見える扉についた、すりガラスからは、光が漏れていなかった。

 実際に、呼び鈴を押してみたが、中から誰かが出てくる気配がしない。

「やっぱりな」

 と門倉刑事は、少しそこに佇んで、誰かの反応がないかを待ってみたが、誰も出てくる気配もない。

「幽霊会社なんだろうな」

 と、最初に感じた思いの、

「悪い方の嫌な予感」

 というものが的中してしまったことに、失望を隠せなかった。

 しかし、分かっていたことではあった。

 そもそも、社長が失踪して、その捜索願を出すのは、本当なら、会社の人なのだろうが、それもされていない。

「となると、幽霊会社なのか?」

 と思うべきだろうが、そうなると、疑問が山ほど出てくる。

「じゃあ、いつから幽霊会社なんだ?」

 ということだ。

 この会社がいつから、会社として機能していて、少なくとも、松重そらが所属していた時は、その実態があったというのは、十分にありえる。

 しかし、そのくせ、

「枕営業」

 という、それこそ、

「胡散臭いことをしている」

 ということなので、その仕事内容は、どうしようもないということであり、その胡散臭いことになったことで、坂道を転がり落ちるというようなことになったと考えられるのではないだろうか?

「ということは、社長の失踪というのは、

「会社が傾きかけたから」

 というよりも、会社の問題ではなく、個人の問題なのではないかと感じたのだが、それは、松重そらが、枕営業をさせられて辞めたという時期から、結構経っているからではないだろうか?

 いったん、傾きかけると、潰れることになるまでは、結構、坂道を転がり落ちるというたとえのように、どんどん加速していき、最後には、影も形もないほどに、粉砕されるということになるのではないだろうか?

 それを考えると、

「この会社、ずっと昔から、幽霊だったのではないか?」

 と感じた。

 門倉刑事は、早速、その場を離れると、彼が、内偵に使っている男に連絡を取り、その男に、この会社のことについて探らせてみた。

 すると、案外早くそのことは分かったようで、

「旦那、あの会社、かなり前から、幽霊会社になっているようですぜ」

 という。

 分かっていたこととはいえ、

「それは、どういうことで、なくなってしまったんだい?」

 と聞くと、

「あの会社は、方々にいい顔をして、それで何とか資金を調達していて、それを運営として回すだけの会社だったんですよ」

 という。

「それじゃあ、あっせんだけの会社で、実際に、会社でアイドルを抱えていたというわけではないと?」

 門倉刑事が聴くと、

「ええ、ただあくまでも、所属はプロダクションになっていたんですが、何か悪いことをやろうとすると、その間に、変な会社が挟まってくるのは当たり前ということで、その隠れ蓑のような会社として運営したのが、このプロダクションというわけです。だから、ここの取締役になっている連中は皆、幽霊のようなもので、会社組織を作るだけのために、存在してただけなんですよ。そういう意味で、ここの社長も本当に胡散臭く、ある意味名前だけを貸していたようなもののようですね」

 というと、

「でも、この事務所に所属していて枕営業を強制された女の子が辞める時に、面会しているはずだが」

 と聞くと、

「だけど、本人だったかどうか。誰も分からないでしょう? きっとやくざまがいの探偵や、表に出られないような悪徳な弁護士などが、やっていたんでしょうね。もっとも、弁護士という商売は、そもそも、そんなうさんくらい連中が多いということになるのだろうから、そうであっても、別に不思議には思いませんけどね」

 というのだった。

 なるほど、弁護士というのは、

「勧善懲悪」

 なわけではなく、彼らの本質は、

「あくまでも、依頼人の利益を守る」

 ということであった。

 依頼人がいくら悪徳な人間であっても同じことで、

「依頼人を裏切ると、この世界は終わりだ」

 という悪徳探偵と同じレベルで、

「表向きなのか。あくまでも、裏の存在なのか?」

 というだけの違いではないか?

 そんなことを考えると、

「だからたまに、刑事をやっていて、どうしようもなく、虚しい気分にさせられることがあるんだよな」

 と、自分に言い聞かせるように、門倉刑事は呟いた。

「俺って、刑事に向いてないのかな?」

 と感じる瞬間だった。

 本当であれば、嫌な気持ちにさせられるが、本当にこんな気持ちになるのは、無理もないことなのだが、しょうがないと思うことも少なくなかったのだ。


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