第33話 自覚のない怪物 逆倉天視点
始めは桜庭美音に注目していた。
途中でもう一人に目が行くようになり。
最後はその怪物の方に完全に目が向いた。
一層目の頃、魔物を倒すのは桜庭美音の方ばかりだった。
上位探索者。暗黒領域の二つ名を持つ有名探索者の一人だ。敵を闇で塗り潰す、辺り一帯を闇に変え自身の領域とする二つ名通りの戦い方はまだ上位ではない自分たちにとっては異質で上位探索者と中位以下には大きな壁があるといわれる理由を実感した。
連れの岩丘角馬を名乗った男は治癒と復元が得意だといい腕のいいヒーラーか、としか思わなかった。しぶとい自分が前に出て攻撃を受けるといい先に進んでいく姿にはこの迷宮で生存能力に自信がありそうとはいえ度胸のあるやつだ、とくらいには思った。
一層では接近される前に殆どを桜庭美音が討伐し、岩丘は目立った活躍はなかった。ただ、たまに攻撃が遅れて傷を負うことがあってもすぐに回復しなるほど、一応超越者の弟子の一人ではあるわけだ、とは思った。
異質さを感じ始めたのは二層目からだった。
黒い全身鎧をまとった戦士。剣を持ったその魔物は距離が数メートルあったにもかかわらず一度目の攻撃では何もなかったが二度目の攻撃で岩丘を袈裟切りにして斬り裂いた。なのにあいつは動揺した様子もなくすぐに自身の身体を元に戻し
「切断の概念持ちだ!」
と叫び桜庭に注意を促していた。
異様だったのはその後だった。自分から剣を自分に突き刺しに行ったのだ。意図は分かる。剣の動きを止めようとしたのだろう。剣を握りしめたのも同じ意図のはずだ。だがあのレベルの敵ならすぐに中から切り裂いて終わりだろう。つまり中から切り裂かれて終わりのはずだ。
実際そうなった。時間は2秒くらいは稼げただろうか。たった2秒だ。あんな真似をして数秒だ。正直割に合うとは思えなかった。
……すぐに何事もなかったように無傷の岩丘が同じ場所に現れた。
まるで傷ついた姿の立ち絵を無傷の状態の立ち絵に差し替えたようだ。
こいつ人か?
初めてこの男のおかしさに目が向いた。同じように思ったかは分からないが黒の兵士も自分が攻撃を受けているにもかかわらずそちらに視線を数秒くぎ付けにされ、敵自体は桜庭美音が倒した。
俺だけじゃない。いつしか殆どの奴が岩丘の異質さを感じ取っていた。
「思ったよりは何とかなってるな。三の迷宮相当とかいうから俺じゃ厳しいかと思ったけど案外何とかなってるな」
「まあ……私も貴方も生存能力が取り柄ですからね。死ななきゃ案外どうとでもなりますよ」
「いや、姉弟子は攻撃能力も高いだろう。俺は持久戦で魔力を削り取るくらいしか攻撃には取り柄がない。一人で入ったらもっと何倍も進むのに時間がかかっていただろうな」
「そうですかー」
微妙そうな表情で桜庭美音が言う。上位探索者から見ても弟弟子の岩丘には何か思うところがありそうだった。
というより一人でも進むことは出来る、とさらっと言っているがそれもおかしい所だった。知名度に隠れていたが岩丘角馬という男も確実に上位探索者にふさわしい力がある。そう認めるしかなかった。
魔力回復能力があるとは言うがどんだけやられては復元を繰り返してるんだよ。
敵は強かった。だから前にいたあいつは攻撃をどうしたって一度は喰らった。そのたびにあっさり復元しては構わず敵に取りつきに行く。
痛みなんて感じていないようなその姿は、どれだけひどいやられ方をしようがすぐに復元するその姿は、いつものことだとばかりに怖気づく様子すらなく気負った様子もなく先に進むその姿は人には到底見えなかった。
最初は桜庭美音のおまけだと思っていた。だが今は桜庭美音に並ぶ、いやある意味それ以上に異質な怪物にしか見えなかった。
そして恐ろしいことに先に進むごとに岩丘から受ける威圧感が増している。明らかに中間迷宮に入る前より成長、いや変質している。まるでやられて復元するごとに別の何かに置き換わっているようだ、とそう感じた。
俺達も流れ弾で死にそうになった、いやもしかしたら死んでいたかもしれないがその度に治癒、あるいは蘇生をされた。だから死んでいない。だが、その度に口数が減っていた。
この迷宮に恐ろしさを感じたのか味方のはずの男に恐ろしさを感じたのかは俺にはわからなかった。
上位探索者。殆どの中位探索者がなれずにいる上澄みの怪物。
『力が足りないのではなくああなってまで強くなりたくないと思ってしまうから上には行けないんだ』
どこかで見かけたその書き込みを思い出す。
上位探索者になりたいと思っていた。自分ならなれるはずだと思っていた。だけど目の前の怪物たちを見て
自分達はこうなることを目指していたのか? とふと疑問に思った。
……駄目だ。これは弱さにつながる。まるで自分が大したことのない端役になっちまったみたいだ。こんな考えじゃ上には行けない。
弱さを振り払うように頭を左右に強く振った。
「貴方は師匠と似ているかもしれませんねー」
桜庭美音は弟弟子を自分とは違うさらに異質な存在だと判断したようだった。
中間迷宮最深部は近い。だが何となく、この調子で踏破してしまう。そんな確信が何故か湧いた。
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