第24話 土山家の出来の悪かった長男
「碧佐はあんなに優秀なのに」
「碧佐を見習え」
「兄弟での才能の差は残酷だな」
「やめなさいっ。仕えている方ですよ」
「碧佐様に少しでも近づけるように」
「碧佐君とまではいかないけどもう少し何とかならない?」
弟の碧佐が才能を発揮し始めてからいつもそんなことばかり言われていた。
両親から、使用人から、家庭教師から、婚約者から。
何をしても碧佐には及ばないと言われていつの間にか努力はやめて遊びまわることばかりしているようになった。両親はもう俺には何も期待していないと話しかけもしなくなった。金だけはある程度使わせてもらえたので腹いせに使いまわった。効率の良い迷宮とやらにも碧佐は連れて行ってもらえていたのに俺は一度も連れて行ってもらえなかった。
家の名前に惹かれた取り巻きもいたが俺が家から切られたと知るや罵倒して去っていった。Eクラスに下げられた。婚約者は弟の婚約者になった。
『もっと早くこうなりたかった』
俺には何もなくなった。
Eクラスでの出会いがなければ。
その男はじぶんもEクラスだと言いながら明らかにその力は最下位クラスのそれとは違っていた。
自分の持つ転移の力、あるいはコネを使って俺を過酷な修練に連れまわし、死んだことも10度くらいは多分ある。あれは死んだ。ギリギリ死ななかったと言われたが俺はあれが蘇生されたのだと信じている。
その度に自分の体が別のものになっていく感覚がした。
「迷宮からの干渉を受けて魂が練磨されてるんだよ。簡単に言うと人を辞めていっている」
「は?」
「災いをはねのけるには中身の性格が微妙な俺たちはそれくらいしないと駄目だってことさ」
「はっ……そうか」
まあそうかもしれないと思った。俺なんだ。人を辞めるくらい鍛えすぎるくらいでちょうどいい。弟にはそうでもしないと追いつけないだろう。
そうして三か月。だがとても三か月程度だとは思えない地獄のようなしごきを受け続けて、俺は一応一人前の判定をおそらく怪物だろう男から貰った。
治癒術師をベースに魔力を周囲から枯渇させて戦闘能力を失わせる領域支配の探索者へと一応は至った。その辺の探索者よりは強いはず。
弟よりは少しは強いはずだ。
「弟よりか……いや、うん。まあ強いんじゃないか。というより名家育ちだからうん」
何かを言いかけていた師匠に先を促したがそれ以上の言葉は出てこなかった。
まあどうせEクラスに授業なんてないし外で仲間でも見つけて迷宮潜りでもしたらいいんじゃないか?
師匠の下から卒業した俺はその言葉通り学園外の迷宮を潜る日々を送っていた。ただしソロで。パーティなんて組める気がしなかったし組む気も起きなかったからだ。
たまにすれ違う他のパーティから誘われることもあったが自分に社交性は無いからと断った。それでも複数回誘ってくる奴らもいたがそれも断った。
楽しい。迷宮潜りがいつの間にか楽しくなっていた。迷宮は良い。人と殆ど関わらずに生きていける仕事な事がいい。そういえば師匠もそうだったな、と思うと弟子になるべくしてなったのかもしれない。いや師匠の影響を受けただけかもしれない。
『迷宮に謎解きみたいな事あるだろ。まああれは頭の出来で解いてもいいんだがまあ俺みたいに頭の出来が良くなくてどうやっても突破できないなんてことあっても困るからな。ほとんどの迷宮で別の突破の道が用意されていることが大半だ』
『というと?』
『その迷宮で長居しろ。あるいはその迷宮に突破に必要な能力が生えやすいような行動をその迷宮でしろ。大抵は突破が出来るような能力を生やしやすい環境がどこかに用意されている。それを探し出して能力を生やして突破しろ』
なんていう身も蓋もアドバイスもあったが役には立った。
必要な能力は生やせばいい。
今の自分は迷宮のドロップで生計を立てるというよりは能力を生やしにいくついでにその副産物としてドロップ品を売る、というライフスタイルだった。意外に収入は多く家から貰っていた小遣いよりよほど多くの収入になった。探索者の税控除もあるし生活には全然困らなくなった。
不思議なことに金に余裕ができたのに遊びに使うことはなくなったが。
土山家にいた時よりよっぽど充実している生活だった。
『弟と比べてればやる気を出させることができると勘違いしているそいつらが指導者として能がないんだよ』
『お前に期待していないにしてもある程度は育てることはできたはずだ』
『お前の弟なんて知らねえよ。俺が鍛えるのは弟ではなくお前だ。恵まれた環境にいるお前の弟なんぞを教える機会も教えたくなる気もほぼ間違いなくない』
『お前を弟と比べるとかするつもりはねえよ。
だからことあるごとに弟が弟が言ってないでお前自身の成長を見せろ』
生まれた家は外れだったが師匠は当たりだった。言うのは恥ずかしいので師匠自身にはそんなことは口に出しはしないが。
いつの間にか弟の事はあまり思わなくなっていた。どうでもいいと思えるようになったのも成長の証なんだろうか。
そんなことを思うようになった時に俺はあいつらに会った。
「なんでこんなにパーティを組む価値もない奴らばかりなのよ!」
「うるせぇ、そろそろ口閉じろ!」
とある探索者組合支部に入った時、そんな叫び声を聞いた。見ると目立つ場所で喚いている女と多分そのメイドらしき奴。それに対して待合の席に座っている男がうっとおしそうに多分叫んでいたんだろうと思われた。周囲も叫んでいた女をうっとおしそうに見ている。
『俺やお前みたいに中身が駄目そうな残念な奴がいたら少しくらいは助けてやれ』
そんな言葉を思い出したからか。俺は説教というほんの少しの手助け(のつもり)をしようと思って近づいたのだ。
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